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数値化の罠:部下だって数値化を武器にして自分を守る

数値化教信者は、ありとあらゆる場所にはびこっています。

そして、数値化されることが当たり前になった職場では、数値化教信者を納得させるために数値をいかに作り出すかということが目的となり、手段と目的が逆転していきます。そして、意味のない仕事が量産されてしまうのです。
今も多くの人が毎日の残業に追われ、忙しく過ごしています。しかし、その仕事の中には、本質的に無意味だけれども社内事情で発生してしるような仕事が数多くあります。社内向けに説明する「数値」を作り出すために、現場が不毛な作業に追われてしまっていることも多いのではないでしょうか。

部下が処世術のために数字を作り出す

一例として、マーケティングの現場を見てみましょう。

<悪い例>   女性向けの販促戦略

上司:うちの新商品のボトルマグ。男性には売れているようなんだけど、女性向けに伸びてないのよね。POSデータを見ても、男性の若年層から40代くらいまでには売れているのに、女性の若年層がとても低くなってる。
なので、女性をターゲットとした販促戦略を立ててくれるかなあ。

部下:このボトルマグはアウトドア向けなので、ソロキャンプ人気も含めて男性顧客に売れていますね。でも、最近では女性のソロキャンパーも増えていますし、女性への訴求力もある商品だと思います。いろいろ、考えてみますね。

~ 上司がいなくなってから ~

部下:そんなこと言ってもなあ。あんな、金属製で無骨なデザイン。男性にはウケるけど、女性にはウケないんだよなあ。

同僚:え。あのボトルマグを女性向けに売れって。いつもながら無茶言うなあ。

部下:ま、とりあえず女性向けの媒体に広告でも出しとけばいいよ。なんか、適当に考えるさ。

同僚:でも、あれだよ。広告を打つと、その成果がどうだったのかって絶対聞かれるよ。どんな広告売っても、あの商品は女性に売れないだろ。

部下:確かに。広告の使い方が下手だって怒られるだけだな。なんか、いい方法ないかなあ。

同僚:短期的に成果を上げる施策じゃなくて、長期的な施策を打つというのはどうかなあ。商品単品の広告でなく、ブランドのイメージ戦略で。とりあえず、女性向けのWebメディアにイメージ広告打って、・・・。

部下:で、インプレッション数(広告が表示された回数)とか、クリック率(広告が表示された際にクリックされる割合)とか、手っ取り早く入手できる指標を使って女性ターゲットにリーチできていると説明すると。
それなら、事後的にもちゃんと説明できそうだな。サンキュー!

どうでしょうか。
ここでは、部下たちが、自分たちの仕事の成果が数値化されることを見越して、極力、自分たちにとって不利にならないように、インプレッション数やクリック率等の便利な数値を選び出しています

無骨な金属製のボトルマグの商品広告を出しても、きっと女性顧客の購買にはつながりません。特定商品のみを宣伝する広告であれば、その商品が女性に売れたかどうかというダイレクトな数値が出てしまいます。これは、部下たちにとって都合の悪いことです。

そこで、部下たちは、自分たちが非難されない方法を見つけ出します。特定の商品ではなく、ブランド自体を広く認知させるためのイメージ戦略を打つことにしたのです。こうすれば、ボトルマグの女性売上が短期的に上がらなくても、言い訳をしやすくなります。
「まだ商品購買にまではつながっていませんが、インプレッション数やクリック率に現れているよういに、若年女性のブランド認知度が上がっています」、などと報告するのです。

もちろん、短期的にはこのように言い訳できたとしても、長期的には厳然とした結果を突き付けられるでしょう。いかにイメージ戦略を打っても、売れる素質がない商品が売れるはずはないのです。
しかし、長期的な指標については、いくらでも言い訳ができるのです。

<言い訳の例>

  • 冷夏なのでキャンプブームが一段落してしまった。

  • 競合他社が画期的な新製品を出したので、そのあおりを受けた。

  • 自社のSNSが炎上してしまったことの余波を受けて、ブランドイメージが傷ついた。

このように、外部環境の変化、内部環境の変化などを材料として、様々なパターンの言い訳を作り出すことができます。

結局、「女性顧客によるボトルマグの購買数」という1つのファクトには、ありとあらゆる様々な影響因子があり、Webメディアにイメージ広告を打つというのも1つの因子に過ぎません。

自分たちは役に立つ正しい仕事をしたけども、それ以外の原因で結果が出なかったと説明することは容易なのです。

些末な数値化が自己増殖し続ける

この作戦は、組織を生き延びる部下たちにとっては必要な処世術です。

商品が実際に売れるかどうかよりも、自分たちが役に立つ仕事をしていると「説明できる」ことこそが大事だからです。人事評価においても、誰が売上に貢献したのかを見定めることは難しく、往々にして口達者で客観的説明が上手な人が出世するのです。

そして、売上への直接貢献といった本質的に重要な部分が数値化されないのに、些末な部分のみが数値化されて、その数値に基づいて意思決定や人事評価が行われてしまうのです。インプレッション数やクリック率という数字は、商品の売上に直接つながるものではなく、間接的に影響がある因子の1つに過ぎません。ですが、部下たちの会話にあるように、こういった数字を使って理路整然と説明すると、さぞかし立派に仕事をしたかのように振る舞うことができるのです。

これこそが、組織における数値化の大きな弊害です。部下たち1人1人にとっては、自分が出世するために必要な知恵です。しかし、組織としては何の付加価値も生んでいないのです。

もともと売れるはずのない商品に対して不必要な広告費用を使ってしまうという、広告宣伝費の無駄

そして、部下たちの労働時間という有限の資源を、上司の指示に無難に対応するという非生産的な作業に充ててしまったという、人件費の無駄

前者以上に後者の無駄が致命的なのですが、このような無駄が積み重なることで仕事の量はどんどん増大し、現場の社員は疲弊していきます。

上司も、本当の「正解」は分からない

では、上司の立場で見てみましょう。
この上司は、部下たちが特定商品の広告ではなくイメージ広告を採ると分かったときに、何をすべきでしょうか。この案を止めさせるように指導すべきでしょうか?

たとえ上司自身が、金属製のボトルマグを女性にアピールするためにもっと有効な方法があると思っていたとしても、部下に任せている仕事を全否定するというのは難しいでしょう。そのようなマイクロマネジメントをしていると、部下から嫌われますし、自発的な仕事をしてくれなくなります。

そもそも、この施策が良いか悪いか、そんな単純に判断できる話ではないのです。マーケティング戦略に100%の正解はないので、イメージ戦略を採ることが結果的に正しいという場合もあり得るからです。

この事例では、保身を優先した部下が適当に考えた案ではありますが、もしかしたら百戦錬磨のプロが徹底的に考え抜いた上での施策も、同じ案になる可能性はあります。
部下が適当に考えた案も、プロが熟慮した案も、見た目では区別がつきにくいのです。

もちろん、部下を問い詰めたとしても、「手抜きをして、成果が出やすい施策を安易に選択した」なんて、本音を話してくれることはないでしょう。「ありとあらゆる可能性を考えた上で導出した案である」とか、建前で抗弁するに決まっています。

数値化の弊害が生まれた原因

もともとの話に戻りましょう。
上司は、このボトルマグの女性顧客を拡大したいと思っていたのに、結果的に不毛な仕事を増やすだけになってしまいました。
なんで、こんなことになってしまったのでしょうか?
歯車がかみ合わなかった原因は、どこにあるのでしょうか?

この上司がすべきことは、上司と部下の認識ギャップを埋めることです。
無骨な金属製のボトルマグですが、上司は若年女性にも売れると信じています。一方で、部下たちは若年女性に売れるなどと、全く思っていません。

ここでの問題は、まず上司自身がそのギャップに気づいていないことです。部下は面従腹背で、上司が言うことに適当に相槌を打っていますが、部下同士の会話では本音を語っています。上司が部下とフランクに本音でしゃべれていない、部下から警戒されているということこそ、本質的な問題なのです。

上司と部下の良い関係が築けていれば、例えばこのような会話になったのかもしれません。

<良い例>   女性向けの販促戦略

上司:うちの新商品のボトルマグ。男性には売れているようなんだけど、女性向けに伸びてないのよね。POSデータを見ても、男性の若年層から40代くらいまでには売れているのに、女性の若年層がとても低くなってる。
なので、女性をターゲットとした販促戦略を立ててくれるかなあ。

部下:えー。このボトルマグですか? 金属製だし、無骨なデザインだし、これは完全に男性ターゲットなのかと思ってました。これって、女性に売れます??

上司:そんなことないと思うよ。最近、女子高生が主人公のキャンプのアニメがあるけど、そこでも安価で実用的な金属製品がいろいろ使われているし。女性YouTuberで、ソロキャンプの様子を配信している人も、結構こういうグッズを使ってるよ。

部下:へー、そうなんですね。知りませんでした。ちょっと、アニメとかYouTubeとか、見てみますね。

こんな感じです。
上司に対して、気軽に反論できるかどうか、それこそがポイントです。

「えー。このボトルマグですか?」

ですます調でしゃべっているとはいえ、内容的には友達同士の会話のような雰囲気です。しかし、これこそが非常に重要なポイントです。部下が、このようにフランクな感じで上司にしゃべっているかどうか、それこそが組織の命運を分ける分水嶺なのです。

上司の依頼に対して、部下が本音では納得できていないと良い仕事はできません。上司の依頼に納得できていない場合に、それをストレートに表現できることが必要なのです。
部下が質問してくれれば、上司はいろいろと説明して、部下との認識ギャップを埋めることができます。この会話例では、部下がアニメやYouTubeでの流行を知らなかったので、そのポイントを押さえた上で、今後の販促戦略を考えることができるようになりました。
前段の例と比べて、雲泥の差です。

心理的安全性と数値化は反比例

心理的安全性が確保されていない環境では、数値化がどんどん些末になるということです。そして、それは多くの場合において部下の責任ではなく、上司の責任です。上司が普段の行動の中で、部下とフランクに接して、細かなことであってもすぐに反論したり疑問を呈したいりすることができるように、関係をつくっていかないといけないのです。

この点について、私たちは強く意識して行動する必要があります。



上記文章は、著書「数値化の罠:低成長の真犯人」からの一部抜粋です。


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