ChatGPTは嶋津輝『襷がけの二人』を理解できるのか?
嶋津輝さん『襷がけの二人』が第170回直木賞候補に入りました。
というわけで木曜日なのに興奮して久しぶりにnoteなど書いているのですが、ともあれ、これをきっかけに嶋津ワールドに飛ぶ仲間が増えるのだと思うとどうしてもニコニコしてしまいます。たぶん嶋津ワールドに飛んだことのある方はみんなニコニコしているのだと思います。
彼女が『襷がけの二人』を執筆している期間はとても長かったので、私たち友人は彼女がどういう話を書いているか、断片的に聞いてはじりじりとその完成を待ち望んでいたのでした。
「花電車の資料を読み込んでいる」
などと聞いたときは、さすがに(どこへ連れて行く小説なの……)と思いましたが。
下半身の話はにんげんですもの、人間を書く小説であれば当然含まれていてもおかしくない。そしてそれが嶋津輝の筆にかかると下品にならない。大人の視点。むしろなぜか胸がすく。その筆致は、ぜひその目で確認してもらえればと思います。
さかのぼって七カ月前のゴールデンウイーク、共通の友人の踊りを観にいった帰りに嶋津さんを誘って飲んでいるとき、出版は今年の秋ごろ、と待ち望んでいた吉報がもたらされました。この出版不況の折になんとすばらしい!! その時点ですでに私はじんわり目頭が熱くなっています。
「でも、タイトルが決まらない」
と彼女は言います。
あらためてどんな小説になったんだっけと確認すると彼女は、
「女性二人の物語。立場的には奥様と女中なんだけれど、最後には立場が入れ替わっている。」
と言います。
「時代は、戦前から戦後のあたりだっけ」
「うん。編集さんと打ち合わせして、ゴールデンウイーク明けには決めなきゃいけないんだけど『二人でお茶を(正確にはどう言っていたのか失念)』みたいなのしか思いつかない」
嶋津輝作品がそんな、二人でほっこりお茶を的な話だけでおさまるはずがないのです。どうせぴったりなタイトルを本人や担当編集者さんが思いつくんだろうけど、少しでもヒントになればと私はますます前のめりになりました。
そのとき飲んでいたのは冨田書店というビストロで、おあつらえ向きに目の前には本がたくさん並んでいます。それらの本を見渡しながら私は言いました。
「いや、話聞いてるとさ、もっと大きい……広がりがある話じゃない? そんなほっこりエッセイみたいなタイトルは違う気がする」
「そうかな」
「作品のテーマにつながるような、よく出て来るシーンやアイテムからひっぱってくるのは? 花とか、盛り上がるシーンは星降る夜とか、なんかあるでしょ?」
「家の、縁側とか、台所で料理をしているようなシーンが多いかな……」
「じゃあタイトルに台所とか、調理器具を入れるのは? おなべ、おたま、しゃもじ、さいばし、エプロン、割烹着……あ、さいばしをからめたタイトルがいいんじゃない? ちょうど片方は妻なんだよね?」
と言うと、彼女は疑念に満ちた目を私に向けます。
「え……妻<さい>の話だから妻ばし。ちょうど二本一組でいいかなって……ヘン?」
「……さいばしのさいは、お菜の菜だよ?」
「うっそ。生まれてから今までずっと<妻ばし>だと思ってた!!!!」
と私の常識のなさがぱああぁっと明るみに出つつ、お酒とブレインストーミングはすすみます。
そこで、ストラスブルッグソーセージのトマト煮込みの大半を一人で食べてしまっていた私の連れ合い(踊りに連れてきた流れでいっしょに飲んでいた)が急に「ChatGPTに訊いてみたらいいんじゃない?」と言い出しました。いままで話に加われなかったのがよっぽど悔しかったのでしょう。彼はいそいそとスマホを取り出します。
「でも出版前のものだからさ、内容を上げるわけにはいかないよ」
「ちょっとだけ。概要だけちょろっと話して、どんな案出してくるか見てみようよ」
そう、そして以下が、ChatGPTさんの出した案です。
「二人三脚」「彩りの絆」「めぐりあう二人」「姉妹」……
その他にもこちらから少しづつ情報を与え、案だけはたくさん出してもらったのだけど、嶋津さんが黙りこくってしまうような案しか出てきませんでした。
ChatGPTより使えます。たぶん。私たち。今のところ。
あれだよ、ChatGPTくんはまだ子どもだからさ、大人の小説のよさなんてきっとわかんないんだねー? うんうん。
(もし全文読ませたらどういうタイトル案を出してきたのか、とはちょっと考えますけれども……)
翌日、「NHK朝の連ドラみたいなタイトルはどう? なつぞら、とか、らんまん、みたいなさ」とこりずに嶋津さんに投げかけたところ、「でかすぎるしばくぜんとしすぎていてダメ(大意)」と編集さんに却下されたとのことでした。
紆余曲折あっても、気づけばやっぱりぴったりなタイトル『襷がけの二人』に嶋津さん&編集さんはたどりついていたのでした。ふん、心配するまでもなかったわい(ジブリのおばあさんキャラの声で)。
嶋津さんとは根本昌夫先生の小説教室(新宿の朝日カルチャー講座、火曜日開催のものには恐れ多くも「プロをめざす実践小説教室」と掲げられているのですが)で出会いました。
私が東京で根本教室に通い始めた、たぶん2014年ごろ、嶋津さんが『カシさん』を教室に出していて、
「めっちゃいい短篇……なにこの人。指導受けるまでもなくない?」
と興奮し、終わったあと住友三角ビルから飲み会の会場ライオンまでの長い長い新宿の地下道を歩いているときに背後からそっと近づいて、
「なんでこんなにシュッとした作品が書けるんですか?」
みたいな感じで話しかけたのがたぶん最初だから、もしかしてもうすぐ十年が経つのかもしれない。十年。十年か。
みんなは、これから嶋津輝の作品に出合うのかな。
嶋津ワールドで遊ぶ仲間がきっと増える。嬉しいね。
嬉しいな。