生肉とツナ&たまごサンド
昨晩のこと。コンビニに繋がれた犬を撫でたら涼しい手触りで、夜はまだ寒いなという、ちょっとしたエピソードを思い出した。血統証付きのような中型犬で、でも雑種だったかもしれない。撫でようと手を伸ばしても避けたりはせずに、けれど驚いた顔でわたしを見上げていた。尻尾を振ったりもせずに、ただただ驚いた顔で。
今朝も肌寒かった。コンビニ前のベンチに座る女の子は、涼しそうなセーラー服で、世間話をするくらいの顔見知りで、右目が空洞で、顔にブラックジャックのような傷跡があって、たぶんもう心臓は動いていない。膝の上にパック入りの生肉を置いていた。豚の肩ロース切り落とし二百グラム。朝ご飯だろうか。
コンビニに入ってわたしも朝ご飯を買い、出てから半秒ほど迷ったあと、彼女の前を通り過ぎ、彼女の右隣に座った。生肉をむぐむぐする彼女の横で、ツナ&たまごサンドを開ける。彼女はちらりとわたしのほうに空洞と左目を向け、うっすらと微笑んでからまた自分の朝ごはんに戻った。むぐむぐ。
ツナ&たまごサンドを一口齧ってから、「食べる?」と差し出すと、彼女も「食べる?」と指先で摘まんだ生肉を目の高さに持ち上げた。肩ロースの向こうに薄暗い空洞が見えて、首筋や背筋がむずむずした。計算してやっているんだろうか。そうだとしてもそんな彼女が好ましくも思うので複雑なことだった。
「まだ寒いね」
「そう、みたいだね」
生きる死体は生肉を飲み込みながらそう応える。話題の振り方が悪かった気がする。死体はきっと寒暖を感じにくいだろう。世間話にはまず天気の話。彼女に対してそんな常識は通じなかった。それはともかくこのあとどう繋げよう、いや別にただ朝ご飯食べてるだけでいいかな、さてと迷っていると、「でも」と彼女のほうが話を続けた。
「寒いと腐らなくていいよね」
「……生肉が?」
「身体が」
「肩ロースが?」
「ゾンビ少女が」
夏にゾンビ少女はあまり見かけなかった。どこにいるのかというと、自宅の冷蔵庫の中だったり、駅ビルの冷凍施設だったり。以前、ちらっとその冷凍施設内を撮った映像を観たことがあった。youtubeで。白い霜に覆われたセーラー服やブレザーに身を包んだ少女たちが、雑魚寝のように広い施設の床に転がっていた。その様は見るからに冷凍マグロのようで、ああ、心底混ざりたい、と思うくらいには心ときめく光景だった。
夏でもたまに青白い顔をした、首や太ももに縫い跡をつけたセーラー服姿の少女を外で見かけることもある。そういう子からは独特の香りがする。悪いにおいじゃなくて柑橘系の爽やかな香り。防腐剤入りのスキンケア用品は、最近はコンビニでも買える。ゾンビ少女とゾンビ少女萌えの人に優しい世界だ。素敵なのか何かが終わっているのか。
「そっか」
「夏は嫌いじゃないけど、腐らないのは重要ですな」
落語家か。米朝師匠の顔が浮かんだ。
「まあ、そうですなあ」
「食べる?」
生肉と、それを摘まむ指。血の気のない真っ白な指と、違う種類の白が混ざった綺麗なピンク色の肉。
「食べませんな」
そう答えながら、わたしは彼女のほうに手を伸ばした。そっと髪に触れて、犬にそうしたように撫でてみる。やわらかく指を絡めてくしゃりとする。死体の髪は昨日撫でた中型犬よりも涼しかった。彼女は一瞬驚いた顔をしたものの、くすぐったそうに右目の空洞を細めた。