蝉の音
彼女は縁側に腰かけて、友人宅の広い庭を眺めている。夕方の陽射しが庭を淡い橙色に染めている。彼女の右隣には食べかけのカキ氷がある。涼しげなガラスの器。銀色のスプーン。にごりのない赤のシロップ。たぶん舌は赤く染まっているだろう、と彼女は自分の唇に指を置いた。
左隣にはその友人がいる。頭を彼女のほうに向けて寝転んでいる。夏だからとばっさり短くした髪が、手を伸ばせば届くところにある。友人は制服ブラウスのボタンを上から三つ目まで開けて、スカートから裾をだらしなく出し、鎖骨の浮いた細い肩や、平らなお腹、お臍の小さな窪みを覗かせていた。
友人の横にあるガラスの器はもう空になっていた。彼女は自分の器を持って、とけかけた薄赤いカキ氷をスプーンで一掬いし、友人の口元に持っていく。友人は遅れて気づいて、寝転んだまま小さく口を開けた。
下唇にくっつけたスプーンをゆっくりと傾ける。薄まった赤い冷水とシャラッと刻まれた氷が友人の口の中に消える。ぺろりと唇を舐め、喉を鳴らしたあと、友人は舌を出してスプーンを舐める。シロップで赤く染まった舌。その舌に促されるように彼女はスプーンの先を友人の唇の隙間に埋めた。
蝉の音が似合いそう、と彼女は思う。今は聴こえない。朝方の暑苦しい合唱を思い出す。
彼女は友人の唇からスプーンを抜き出し、またとけかけのカキ氷を一掬いする。ちらりと見やった友人は変わらずだらしなく、彼女の目は、友人のお腹の小さな窪みでとまった。
スプーンで掬ったカキ氷は淡く赤い。彼女は人の血を思う。隣でだらしなく寝転ぶ友人の血。淡く赤い。甘い赤。お臍の窪みに。
でもお臍まで手を伸ばすのは遠く感じたので、彼女は友人の右肩の上でスプーンを傾けた。血とは程遠い、淡く赤い液体がぱたぱたと肌を叩き、次いで刻まれた氷が肩の窪みに落ちた。
「ひゃっ」
友人の短い悲鳴を聞き流し、彼女はゆっくり急いで手にしていたガラスの器とスプーンを床に置くと、座る位置をずらしながら身体を傾ける。友人のほうに。左手で友人の短い髪を触る。右手は友人のわき腹の横に置き、友人の顔の横に自分の顔を近づけていく。
肩の窪みに、そっと唇が触れた。甘くて冷たい。友人が何かを言う。彼女は友人の発した言葉の意味をまったく考えず、ただ、「こぼれた」とだけ応えた。
蝉の音が似合いそう。でも今は聴こえない。ああ、でも、どっちでもいいなあ、と彼女は思う。