夜の美術館
真夜中の美術館には人が少ない。けれど、全くいないわけでもない。守衛の人と絵描きの彼女がいる。
彼女は守衛の人にもらったコーヒーゼリーを食べていた。北海道産の生クリームを使用したクリーミーソースと褐色のゼリーを混ぜて、透明の小さなスプーンで口に運ぶ。むぐむぐする。むぐむぐしながら適当な壁に背中を預け、ずり落ちるように床に座った。コーヒーゼリーを半分ほど減らしてから、斜めがけにしていた鞄を漁り、絵筆を一本取り出す。
ところでコーヒーゼリーと混ざったクリーミーソースはカフェオレ色で、茶色がかった灰色で、おいしそうだった。
彼女はコーヒーゼリーのカップを慎重に傾けて、クリーミーソースを滴と線にして、つーっと絵筆の先へ垂らした。絵筆の先をおいしそうにして、満足そうに頷くと、宙に向けてそれを滑らせる。描く絵は気分や気まぐれのもの。宙にカフェオレ色のエイが生まれ、イルカが生まれ、クラゲが生まれた。ふわふわと漂ったり、泳いだりしている。今日は海の生き物を描いていくつもりのようだった。ヤドカリ、カメ、シャケノキリミ、トビウオ、リュウグウノツカイ、チョウチンアンコウ、シャチ、少し悩んでからタツノオトシゴを描き、サザエのつぼ焼きを描いてからお腹を鳴らした。
彼女はコーヒーゼリーを二口食べてから欠伸する。守衛の人が腕時計に目を落とした。もう明け方近くになっていて、人によっては起き出して、眠気を身体に残しながらも活動を始める時間だった。守衛の人がころあいを見て、カフェオレ色の魚たちを誘導し、美術館の外へと連れ出した。みなそれぞれ、思い思いの場所へと泳いでいく。
彼女は欠伸をしたり、目をこすったり、首をかくんとさせたり。そのうちに、こてんと床に身体を横たえ、寝息を立て始めた。守衛の人の誘導に負けず、一匹だけ残ったちいさなエイが、彼女の周りでふよふよと泳いでいた。寝息をもらすために細く開けた彼女の口に近づくと、エイはするりとその中に入り込んだ。
彼女の寝息は一瞬だけ途切れ、けれどまたすぐにその小さく安らかな音が響き始める。ふふっと鼻を鳴らすような笑みの音で、もう一度寝息が途切れた。宙を泳ぐエイの夢でも見たのかもしれない。