【小さなお話】春売り
薄衣をかぶった少女が
ひとつの春を売っていました
春いかがですか
おひとつ春はいかがですか
きれいな春いかがですか
どうぞおひとつ
昨日開いたばかりの春です
すみれ色の声で
少女は道行く人に呼びかけます
そこへ
青い瞳の少年が通りかかって
春売る少女へ手を差し出しました
春、ください
少女は
優しく笑って
そっと春を差し出します
それは一等きれいな春でした
どうぞ
とてもきれいな春ですよ
少年は
差し出された春を受けとって
少女にたずねます
何番目の春が好きだった?
少女は柔らかく微笑んで答えます
もちろんこの春よ
だって最後の春だもの
それはこの100年の間で
一番最後に開いた春でした
そして
それは約束の春でもありました
100年後に
美しい春が開く
そうしたらきっと
僕はここへ春を買いに戻って来る
きっと君の売る春を
買いに来るから
それまで春を売って
待っていて欲しい
最後の春が開くまで
あの日の少年の声が
春売りの少女の耳に優しく響いていました
最後の春が
春風に誘われて
二人の間でそっとひとひら
散ってゆきます
優しい春が
揺れていました
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