「敗れざる者たち」でタイムスリップ感覚。
長嶋茂雄の名前は知っているけど、リアルタイムの活躍は知らない。ものまねで何度もこすられて、息子さんが、あのなんとも言えない感じで高嶋ちさ子とトークバラエティをしている。過去の人。監督。現役ではない人。それが僕にとってのナガシマだ。
沢木耕太郎「敗れざる者たち」を読んだら、長嶋茂雄らのいる世界にポン!と飛ばされるタイムスリップ感覚を味わった。
ボクシング、野球、競馬。
才能がありつつも歴史に名を遺せなかった者たちにスポットライトをあてたノンフィクションだ。
才能にあふれ、金と名誉を手にして後々まで語られるはずだったプロ野球選手がいる。
だが、たまたま巨人軍で長嶋茂雄とポジション争いをすることになった。才能が生かしきれず、忘れ去られて飲食店のオーナーになったのを人づてに足跡をたどって話を聞こうとする。スポーツは栄光があるから絶望もすぐ隣にある。
この本が書かれたころ、少年たちはみんな野球が好きで、巨人が好きで長嶋茂雄に憧れて、でもなれないことを大人になるにつれて知っていく。
「長嶋茂雄」がモノマネでネタにされて老いていく前の、今だと大谷翔平の位置にいる「真の英雄」なのが、わかっているけど新鮮。
過去を振り返って書いた本なら
「当時のナガシマと巨人の人気はすこごくて…」と説明が入るけど、リアルタイムだから、みんな長嶋さんが大好きなことに説明はいらない。
臨場感あふれる文章で、最初の東京オリンピックで自殺したマラソン選手の過去に胸がぎゅっとなる。
若き日の沢木先生が馬房を取材して早起きに苦労したり、馬の前にいて怒鳴られたりする姿もいい。
いちばん好きなのは韓国と日本の選手がぶつかる前のボクシングの描写。相手側陣営で計量をする場面の埃っぽさ。輪島選手のぶっきらぼうだが嘘のない態度。減量中を取材させてもらうんだけど、食べたものを一品づつ書くことでくっきり想像できるのは、40年以上あとに書かれることになる最新作と変わらない。