高齢者の囲い込み(大きな社会問題になりつつある高齢者問題)Vol.1
自己紹介
私は、横浜市で弁護士活動を行っている者です。もともと、社会保険労務士から弁護士になったために、当初の専門分野は主に労働問題でしたが、弁護士になってからは、神奈川県弁護士会の高齢者・障害者の権利に関する委員会に加入して活動するうちに、高齢者虐待や成年後見、そして高齢者の方が亡くなった後の相続問題などが業務の中心になってきました。
現在、力を入れて取り組んでいる問題は、「高齢者の囲い込み」という、比較的新しい問題です。
それでは、「高齢者の囲い込み」とはどのような問題なのかを、ご紹介していきましょう。
「高齢者の囲い込み」とは
「高齢者の囲い込み」の典型例と問題点
最近、「高齢者の囲い込み」という問題が多くなり、社会問題化しています。インターネットで、「高齢者の囲い込み」で検索して頂くと多くのサイトがヒットします。
高齢者の囲い込みの典型的な例は、以下のようなものです。
高齢の親がいて、子供が数人いる場合において、子供のうちの1人、あるいは一部の数名の兄弟姉妹が結託して、高齢の親と同居したり、あるいは高齢者施設に入れたりした上で、他の兄弟姉妹との面会を拒否するという問題です。
このような高齢者の囲い込みがなされている場合、高齢の親に対する経済虐待を伴っていることが多いと言えます。
高齢者、特に認知症などによって判断能力が低下した高齢者の場合、自分の息子や娘から何かを求められた場合、それに安易に応じてしまう傾向があります。
例えば、金銭等の贈与を求められたり、不動産等を安く売却することを求められたり、あるいは、特定の息子や娘に有利な遺言書の作成を求められたりした場合、安易にそれに応じてしまいがちです。
そして、そのようなことをしている子供にとっては、他の兄弟姉妹と親が面会すると、自分(たち)が、親の財団を食い物にしていることが他の兄弟姉妹に分かってしまう可能性があるので、何かと理由をつけて、高齢の親と他の兄弟姉妹が会うことを妨害しようとします。
「そんなことをしても、そのような贈与や遺言などは無効になるのではないか。」とお思いの方もいらっしゃると思いますが、簡単には無効にはなりません。例えば、認知症に罹患していても、認知症の程度がさほど重くなければ、その人が行う贈与や遺言は有効として取り扱われます。贈与や遺言が無効となるのは、認知症などがかなり重い場合に限られます。また、訴訟などで贈与や遺言の無効を主張する場合には、主張する側に立証責任がありますが、これを立証することはかなりの困難を伴います。無効の立証のためには、医師の診断書等が有力な証拠となりますが、このような囲い込みをする子供(たち)は、無効の証拠となるような診断書を作成されないように、精神科などでの受診はできるだけさせないようにするのが通常です。
高齢者虐待との関係~行政はあてにならない~
ところで、高齢者虐待防止法(正式名はもっと長い)という法律があります。その法律では、子供などが親の認知症などに乗じて財産的利益を受ける行為に就いて、「経済(的)虐待」として、行政などが高齢者の権利擁護のために、高齢者を支援すべきことを行政に義務づけています。
しかし、高齢者虐待の事案は多く、現在も増加傾向にあることや、高齢者虐待は家族の間で行われる事案であることなどから、行政が支援できる案件数には自ずと限界があります。
そこで、行政が介入すべき事案かどうかを判断する基準として、「緊急性の有無」が重視される傾向にあります。
経済虐待について言えば、貯蓄があまりなく年金暮らしの親と一緒に住んでいる子どもにも収入がなく、親の年金を自分のために使ってしまっている、というような事案では、高齢の親に介護サービスを受けさせるために必要な費用などを子供が使ってしまうと、その親は介護サービスが請けられなくなり、その高齢の親の生存さえも危うくなるおそれがあるような事案では、緊急性が高いと言えますので、行政も積極的に介入することが多いです。
これに対して、貯蓄が充分にあり、年金収入も高い高齢者の場合には、数百万円(場合によっては数千万円)程度のお金を子供が自分のものにしてしまったとしても、その高齢者は介護サービス費等を充分に支払えるため、緊急性が低いと判断されて、行政の介入が期待できません。
そして、そのような高齢者の場合、経済虐待が表に出るのは、親が亡くなった後です。親が亡くなった後、他の子供たちが親の銀行口座の取引履歴を見てみると、高齢で自宅もあるために、毎月の生活費はさほどかからないと思われるのに、毎月、多額の現金が口座から引き出されているということがあります。そのような場合の多くは、囲い込みをしている子供が親のキャッシュカードを使ってお金を下ろして自分のために使っているという事案です。
とにかく会いたいという願い
高齢者の囲い込みは、相続の問題と深い関係があるのですが、それについて説明する前に、高齢の親を持つ者としての一般的な思い、つまり、高齢の親がどうしているか心配で、会いたいのに兄弟姉妹などがじゃまをして会わせてくれないという問題について説明しましょう。
親が実家に住んでいれば、会いに行けばいいとお考えの人は多いかと思いますが、実際には、兄弟姉妹が実家で親と一緒に住んで、会いに行っても会わせてくれない、という事案が少なからずあります。
また、親が施設に入っている場合には、兄弟姉妹が身元保証人や連帯保証人、身元引受人などになっていて、その兄弟姉妹の同意がない限り、親本人が「会う」「会いたい」と言っても、会わせてくれない施設が、かなり多くあります。そのような施設の施設長や担当者がよく使う言葉は、「身元保証人はキーパーソンだから、キーパーソンの同意がない限り会わせることはできない。」という主旨の言葉です。
しかし、このような施設は、「キーパーソン」の意味を間違って捉えています。「キーパーソン」とは、鍵となる人です。そして、何の鍵となるのかと言えば、高齢者の権利擁護のために鍵となるという意味です。しかし、それを忘れてしまって、「施設費用を払ってくれている人がキーパーソンであり、そのキーパーソンの意思に反して、他の兄弟と面会させることはできない。」と考えているケアマネや施設管理者が、驚くほど多いのです。
(続く)