見出し画像

釜山生活日記(16)自分で決めていいの

こんにちは。先週ソウル旅行に行ってきました。

まさかのー7度…外に5分いるのも耐えきれないくらいの寒さに、
まんまと風邪をひきました..完全防寒でもだめだったソウルの寒さ。おそるべし。

もう帰国まであと2週間ということでこのワーホリの終わりに想うことをまとめようと想う。


自分で決めていい

私は留学を終え、単純にもっと釜山にいたいという理由で
ワーホリを開始させてしまった。釜山にいたい以外の理由なしに。

それでワーホリビザを持って、釜山に帰ってきて壁にぶつかりました。”何したらいいの?”

ワーキングホリデーではバイトして、外国人の友達作って、語学学校に通って。そんなイメージ…?一般的な過ごし方?があるが、根本的にワーキングホリデービザっていうのは、”1年間外国で住む”権利だ。ただそれだけなんだ。

はて…?韓国語勉強も一旦やりきった感があるし、燃え尽きた感じもあるし、何するの?どうしよう?あ、とりあえず、仕事しなきゃ。

私は韓国のワーホリを始めた時は、留学を終えたばかりで
かなり仕事は減っていたものの、一応フリーランスのオンラインでできる仕事があった。

心の本音は、"フリラーンスでやりたい…..オンラインで自分の仕事を好きなようにやりた..い….."だった。

だけれどそれと同時に、”ワーホリで現地でバイトしなかったらもったいないかな?もっと積極的に韓国の社会にはいったほうがいいなか?”みたいに一般的なワーホリでやるべきみたいなことに後ろ髪引かれる気持ち。

この二つの気持ちをいったり来たりしては、悩んだ。

悩んで、面接を受けてバイトも少しやったけれど、すぐ辞めた。結果、先行き見えなさすぎて、体調崩して、失恋もして宮城に帰りました…..笑 なので私のワーホリ生活は2ヶ月は宮城です。

宮城に帰ってからもずーっとこの”ワーホリの使い方”を自分の中で決めきれず、家族の前で泣いたり、うじうじしたりしながら過ごした。

でも傷を少しずつ癒していく中で最後に湧き上がってくるのは”釜山が好き””韓国語が好き”という気持ちだったんだよな〜家族に泣きながら相談して、背中を押してもらって、もう一回釜山でやってみようと思いまた釜山に戻って来た。

その時は、最初のワーホリに来た時みたいにあっけらかんじゃなくて
”私はフリーランスの仕事を続ける”
”(韓国語にこだわらず)異文化の中に身を置きたい”と決めて来たんだ。(数ヶ月たったけど、あの時の痛い気持ちとか怖いけど帰らずにはいられない気持ちとかありりと覚えている。)

それで、帰ってきた4月から現在に至る。結果としては、バイトはせずに自分はオンラインだけで働き通した!!!!外国で不安定なフリーランスで働くことは
”ヒヤヒヤ” ”ドキドキ” ”モヤモヤ” ”真っ暗”は日常茶飯事だったけれど、その中で泳いで来たら今はそれも人生の面白さじゃん:)生きてるって感じ〜〜!!!に思えるようになってきた。

私は、私が”自分の心に素直に作りあげた”釜山での生活が大好き。

自分のお家でオンライン授業して
ビーチを眺めてぼーっとして
カフェで事務作業して
恋人と一緒に暮らして
友人と遊んで
本読んだり、書き物したり、コーヒー飲んだり

私がこのワーホリという自由期間で思ったのは、
”全部自分で決めていいんだ”ということ。やっぱり人間だから
外から聞こえてくる一般常識、こうであるべきというものに
心が翻弄されるけれども。結局一般的な〜〜するのが当たり前みたいなものに合わせにいったところで、自分の本心と合致していないから、長くは続かないということ。一般的にはバイトするよな〜と思ってやってみたけど、私、1人で自分の能力生かして稼ぎたい!ってなったし。

一般概念を一切気にしないのは無理だとしても試行錯誤の最後には、自分の心が欲しい!こうしたい!と思っている欲求に素直に生きていこうと思った。(自分の信念を貫くには生意気精神、反骨精神も時には必要。0

今回結果として、自分の心に素直になって、ちゃんとその通りに動いて結果として今とっても幸せだし。なにより自分を誇りに思えるから^__^❤︎

ソウル旅行ギャラリー

ソウル旅行でも感じたけれど大好きな韓国語を勉強して、楽しめること、世界、文化、考えかたがぐわーっと広がった!あ〜幸せ。
またなんかの言語に興味を強く持てる日がきたらいいな。

明洞で食べた、ストリートフード。
極寒の中、カフェ。
可愛い。
ホテル、ベッドふかふか。
ブルーベリーのパン。


Minami


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?