「より良く生きる」とは?を探求するための場所として/ワコールスタディホール京都
京都駅八条口から西に歩いて行くと見えてくる「ワコール新京都ビル」。
壁面の大きなピンクのリボンが印象的で,毎年10月のピンクリボン月間の時期にはビル全体がピンク色にライトアップされるなど,乳がんにかかわる活動(ワコールブレストケア)の一環として「ピンクリボン活動」にも積極的に取り組まれています。
今回は,ワコールがこの建物の1,2階で運営するワコールスタディホール京都の取組についてお話を伺い,地域と企業のつながりから新たな価値観を生み出していくためのヒントを探りました。
はじまりは,40年前の事業構想から
ワコールスタディホール京都は,社内公募から採用された文化事業で「スクール」「ライブラリ-・コワーキングスペース」「ギャラリー」の3つの機能を持ち,多角的な学びを通じて自分がより良く生きていくために考えるための場として,2016年10月に開設されました。
現在のエリアは約40年前からワコールが取得していた土地で,カルチャーセンターのような施設の構想があったとのこと。そのときには実現に至らなかった構想を,現代に蘇らせた形となったのがワコールスタディホール京都だそうです。
創業者である塚本幸一さんはKCI(京都服飾文化研究財団)を立ち上げたり,東京都港区の青山にスパイラルという複合文化施設を設立したりと,「文化の事業化」に取り組んでおり,創業の地・京都でも,それまでの伝統的なこととは違う新しい文化的なものの発信ができたらという想いを持っていたそうです。そのDNAを受け継いで,こちらの新京都ビルをつくるにあたって1,2階で「ワコールの文化的な場所」をお客様と作っていく場としてワコールスタディホール京都を開設したとのことでした。
美を学ぶとは,より良く生きることを考えること
施設としては「美を学ぶ」というコンセプトを立てているので,姿形の美になりがちだけれど,実際には「良いこと」という捉え方をしているそう。「完全なる美(全的美)は,中も外も,人とのつながりも美しい姿ということ全部が美しいということであり,自分がより良く生きていくために考え続ける,学び続けることが大切だと思っている。そのことから,『身体の美,感性の美,社会の美』という3つの美をテーマとして活動しています。」と三宅さんは紹介くださいました。
また,学ぶという言葉には教えてもらう場としてだけでなく,自ら学ぶ場という考え方も大切にしていて「より良く生きていくために」というテーマで,自分が住まう地域のことを考えたり,社会のことを考える場もつくっているそうです。
さらに,より良く生きていくためのヒントを得られるように,ライブラリーには11の美にまつわるカテゴリーを準備しているとのこと。健康もあれば,姿形の美しさや芸術にまつわるもの,まちづくりや地域のことを考える本もある。ここでは,これまでになかった視点に出会ってもらったり,関心を持った分野を深掘りするための学びの場所を提供しているとのことでした。
スクールでは様々な学びや出会いが
コロナ禍以前はスクール講座を中心に,年間130本ほどの講座を運営。講師を招いた解説型の授業から,演習や創作を伴うワークショップやフィールドワークなど,これまでに様々なスタイルでの学びの場を提案されてきたとのことでした。その中では音楽のライブイベントなども行っていたそうです。
ワコールスタディホール京都は一般のお客様だけでなく,社員が使える場所でもあり,社員たち自ら企画する講座なども実施されています。過去には,京都市南区役所が主催したまちづくりカフェ「みなみなみなみ」の会場として利用させていただいたこともあります。
コワーキングやギャラリーでは予期せぬ出会いも
コワーキングスペースを利用される方は,クリエイターやデザイナーの方もいらっしゃるとのこと。併設されるライブラリースペースが静かな空間であり,様々な書籍があることで利用してもらっているそうです。
現在は,テレワークで利用する人も増えていたり,自身の趣味をするために利用される方も増えてきており,自宅ではなかなかできないことを,こういったスペースで集中してやることに向いているのだとか。また,本を読みに来る方も増えてきているそうで,今後もいろんな方に訪れていただき,様々な出会いや発見が生まれたら嬉しいと話されていました。
併設しているギャラリーでは,主に自主企画として現代美術を中心とした展示を行っており,アート活動にも取り組んでいるとのこと。地域の大学などとコラボレーションを行っていて,取材時(2021年12月)は瓜生山学園京都芸術大学とのプロジェクトによる「新・用の美」展を開催中でした。施設の入り口でもあるので,ここで新しい気づきや発見を得てもらえるような空間にしていきたいという想いをもっているとのことでした。
検索したら知れる時代,知らないことに出会えない
「スクール」「ライブラリ-・コワーキングスペース」「ギャラリー」を通じて,調べ物をする場所としての図書館のような空間ではなく,創造力を引き出せるように普段手に取らないものに触れたり,出会える場を意識しているとのこと。
その背景には,ワコールが歩んできた歴史があります。創業から70年以上が経ち,多くの人たちにとって「下着」が当たり前の時代ですが,創業時は洋装の下着文化が無かった時代でした。
創業者は生活の質や生活のあり方そのものを変えていくためのインナーウェア=「文化の事業化」という捉え方をしてビジネスを始めました。そういう背景から,ワコールは「新しい生活」自体に働きかけるものであることを大事にしてきていて,ただ便利や綺麗なだけではなく「新しい価値」が出てほしいという想いがあるとのことでした。
個人が良くなるには,周りが良くなるべき
伝記に創業者の言葉が書かれており,太平洋戦争で南方から九死に一生を得て帰国し,終戦後,平和のことを考えた際に「女性がオシャレをして笑顔でいられる世の中」が大切と気づき,女性が笑顔になれるような仕事に取り掛かろうとアクセサリーの行商を始めたのが事業のきっかけだったそうです。
「お金儲けや事業の成功ではなく『より良くなる』という目標であれば,社会そのものがより良くなると考えています。会社のために社員やお客様がいるわけではないし,個人がより良くなろうという人たちが集まり,集合体になったときに,より良い会社や地域が生まれていく。そのときに選んでもらえる会社でありたいと考えています」と三宅さんが語ってくれました。
コロナ禍を経て,取り組んでいきたいこと
地域の方々との関係性づくりやコミュニティづくりの必要性も感じているとのこと。コロナで自宅にいることが多くなり,自分の居場所への意識が高まってきていることや,コミュニティのあり方を地域や行政とも一緒に考えていけたらと考えているそうです。
その背景には,コロナ禍で自社の出社率は7割程度となり,社員が自分の住んでいる地域にどのように関わっていくか,また企業としても近隣のことを考えていく必要があると感じるようになったことがあります。そのためにも,まずはワコールスタディホール京都を気軽に訪れてみる場にしていきたいとのこと。具体的には,地域の方が気軽に利用できる新しい取組を南区と一緒に企画してみたいとのことでした。
また,京都市立芸大の移転を契機に京都駅周辺にアートやカルチャーに関する取組が増えてくると考えていて,アート関係のプロデュースなどお手伝いをすることができたらとも考えているそう。そのためにも,地域の方と話をしていきたいと話されていました。
最後に,三宅さんから「今日お話ししたことの根本には,社是である『相互信頼』があるんです」と教えていただきました。
ワコールグループ経営理念
https://www.wacoalholdings.jp/group/vision/
改めてお話を伺ってみて,「下着メーカー」という認識から「美を学ぶ場」であり「私たちがより良く生きることを考える場」へと変わっていきました。そして,これから一緒にこの場を通じて私たちの住まう地域の暮らしについて考えてみたいと思いました。まずは,一度みなさんも訪れてみてください!
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南区情報ステーション「みなみなみなみオンライン」
取材/文 まちとしごと総合研究所
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