夢から醒めて #ぐるぐる話
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▼前回のお話▼
温泉宿の一角、一階の応接広間で、泣きじゃくる杏は木綿子を責め立てていた。
「木綿子さんが、うっ……一緒に、いて……なんでよっ……」
木綿子には返す言葉が無い。ただ、大粒の涙をこぼしながら自分の胸を叩く孫娘の背中を抱いてやることしかできなかった。
「ごめんね、本当にごめん……杏の言うとおり、あんな危ない真似あたしが止めてやるべきだったのよ……」
その様子を、仲居と女将が柱の陰から見守っていることに、木綿子は気づいていた。木綿子は大丈夫だからと固辞したが、気が動転している杏に何かあってはまずいからだろう、水やオシボリを差し入れる体で、彼らは何度か顔を出していた。
応急処置を施してくれた親子は、随分前に部屋に戻った。あの母親が心肺蘇生法を学んでいたおかげで、救急隊にうまく引き継ぐことができた。だが……
「すぐ、電話くるって……大丈夫って、連絡くる、って……言ったのに……いつまでも来ないじゃないっ……電話……」
柚が救急搬送されてから、既に数時間が経っていた。彼女の容態を知らせる、麻子からの連絡はまだ、無い。
「もう……ダメなのかな……柚に会えないの?」
「バカおっしゃい!また元気に会えるわよ」
口でそうは言っても、内心は後悔でいっぱいだった。どんなに悔やんでも悔やみきれない。
もし岩風呂に浸からなければ、もし露天風呂に行かなければ、もし温泉宿に来ていなければ、もし柚が麻子を説得してと言わなければ、もし麻子がすんなり柚にスマホを買い与えていたら……何百何千もの「もし」が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
だが、木綿子自身も不思議でならないのだが、いま目の前で起きていることは、何者かに導かれている運命のような気もするのだ。
自分には抗いようのない、外宇宙からの大きな力……
神とでも呼べばいいのか、誰かが執った筆の跡を、自分たちは歩かされている。そんな気がしていた。
「すみません、お電話が鳴っています」
ハッと我に返った。仲居のすみれが、申し訳無さそうに木綿子のスマホを差し出していた。電話の主は……
「麻子!」「お母さん!」
ーーーー
病院の待合室で、椅子にもたれかかった麻子は、大きくフゥーッとため息をついた。
たった今、木綿子に電話して、柚の無事を伝えたところだ。夫にも、幼馴染のヒロシにも、電話は繋がらなかったが、ショートメールで同じことを伝えた。男性陣は、鬼のような着信履歴を見て、どんな顔をするだろうか。
"肝心な時"に限って、いつも独りだ――麻子はそう思う。
奇跡的な確率で、柚は息を吹き返した。医師の説明を聞いた時は心底絶望したが、本当に本当に助かって良かったと思う。
安堵した反面、気がかりなこともある。
木綿子達には伝えなかったが、集中治療室でうっすら目を開けた柚は、うわ言のように何度も同じ言葉を繰り返しているのだ。
「ワットアルンの月光姫が……」
「スターピープル……」
「地球に来て良かった……」
まさかとは思うが……麻子は一抹の不安を感じていた。
ーーーー
つづく▶
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