ローラースケートの登場する映画とドラマ③ 人生はビギナーズ
先日、クリストファー・プラマーが亡くなってしまった。あのサウンド・オブ・ミュージックのお父さん、トラップ大佐役の俳優だ。私は中学生の頃、学校で音楽の時間にサウンド・オブ・ミュージックの曲をさんざん歌わされて、学期末にはピアノに合わせて一人で歌う試験なんてものまであったので、数十年経った今でもほとんどの曲の英語の歌詞を覚えている。映画も何回見ただろう。子どもの頃にも何度も見たし、大人になってからも、今度は自分の子どもたちと一緒によく見た。だからクリストファー・プラマーは、なんというか、世の中に存在しているのが当たり前の人という感じがしていた。水道をひねったら水が出るのと同じように、何も深く考えなくても俳優として映画に出ているのが当たり前の人、というか。そんな彼が亡くなってしまって、本当に本当に寂しい。
若い頃は端正な顔立ちで、いかにも二枚目俳優という感じだった。でも、晩年はほどよく男くささが抜けて、人間としての深みが増してきて、なんともいえない存在感をかもしだす個性派俳優になっていったと思う。「12モンキーズ(1995)」や「ビューティフル・マインド(2001)」、ディズニーのアニメ「カールじいさんの空飛ぶ家(Up, 2009)」にも出ていたし、ケビン・スペイシーのセクハラ降板で慌てて撮り直した代役とは思えない「ゲティ家の身代金(All the Money in the World, 2017)」でも凄い迫力を見せていたけど、やっぱり一番印象に残っているのは、「人生はビギナーズ(Beginners, 2010)」だ。この作品でアカデミー助演女優賞を受賞した彼は、82歳での受賞ということで、チャップリンの名誉を称えた特別賞を除けば最高齢での受賞となり、かなり話題になった。
↑ クリストファー・プラマーのアカデミー賞スピーチ映像も登場する、エレン・ディジェネレスのトーク番組。オスカー像を手にして「2歳年上なだけのくせに、今までの人生、ずっとどこにいたんだい?」なんて言っているけど、こんな名優が82歳まで何のアカデミー賞も貰ってなかったっていうのが、本当に驚き。
↑ 「人生はビギナーズ」の予告
※ここからネタバレあり
「Beginners」は、ちょっとフランス映画みたいな、美しくて静かな悲しい映画だった。
映像もとっても綺麗だし、ノスタルジックな音楽もいいけど、この映画の一番の魅力は役者さんたちの表情だと思う。何もしゃべらず、じっと相手を見ている時の表情が、みんなものすごく良い。まず、主役のオリバーを演じるユアン・マクレガーの、いつも瞳の奥に不安と悲しみをたたえた仔犬みたいな表情がたまらない。相手役の女性がオリバーの顔を触れるシーンが何回か出てくるのだが、その度に、私も触りたいと思ってしまう(いやほんと、すみません)。その相手役アナを演じるフランス人女優メラニー・ロランも、いかにもフランス女の奔放さとキュートさ、物憂げさを兼ね備えた魅力を持っていて、じっと見つめられると瞳に吸い込まれそうになる。
そしてオリバーの父親、ハルを演じるクリストファー・プラマーですよ。印象的だったのは、ゲイだったんだ、って息子にまっすぐに告白する時の顔。母親と結婚を決めた時のことを息子に聞かれて、ゲイは精神病とされたあの時代に「(ゲイなのは)知ってる。私が治すわ」ってプロポーズされたから結婚したと説明した後で「治るならどんなことでもしたかったんだ」って息子に言った時の顔。訪問看護の若いイケメン看護師さんに髪にムースをつけてもらった後の、ちょっとはにかんで嬉しそうにこちらを見たあの顔。そりゃあアカデミー賞も獲るわ、と素直に思える素晴らしい演技だった。抑えた表情の中に、クリストファー・プラマーにしか表現できない人物が確かにそこに存在している、という感じだった。
重いテーマの映画だし、悲しみに溢れているのだけれど、映画自体はどちらかというと軽やかに進んでいく。特に、オリバーとアナのデートのシーンはキュートで楽しい。ローラースケートのシーンは、ビジュアル的にもとても良かった。
ローラースケート・リンクに出かけるも、犬連れのために追い出されて、そのままローラースケートでホテル住まいのアナの部屋へ向かう2人。ピカピカの床にシャンデリアという高級ホテルの荘厳な雰囲気にミスマッチした、2人の下手くそなローラースケートのシーンが、すごく良いコントラストになっていた。でも、あれ?これどこかで見たような……先日も書いた、ドラマ「クラウン」のS4のローラースケートのシーンに、すごく似ている手法のような?もしかして、あのクラウンのローラースケートのシーンの撮り方って、12年前に公開された「Beginners」のこのシーンにヒントを得てるのかもね。
ちょこまか動く犬や、オリバーのイラストなどの使い方も、シーンの繋ぎに軽やかに登場していて良い。
とはいえこの映画は、やはり悲しいのに泣けないような淡々とした悲しさがかなりずーっと続いて、苦しい。でも後半になると、それまでたまっていたぶん堰を切ったように泣けてしまう。最初からお父さんが亡くなる映画だと分かっているのに、やっぱりハルが亡くなるシーンでは号泣してしまった。お父さんが亡くなったよ、って知らせにくる看護師の声のかけ方がまた、さりげなく優しくて、そこだけ思い出しても今でも泣けてくる。この看護師役の人、出てくるシーンは少ないのに本当に良かった。オリバーがお父さんの恋人、アンディと最後に心を通わすハグのシーンも泣けた。
そして最後は主人公たち「beginners」が手にした小さくて未熟な希望に、温かい気持ちになる。
夜中にふと1人で見てみるのにぴったりの映画だと思う。
ツイッターでもつぶやいています。
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