
数量限定
しりとり式にテーマの言葉を連鎖させていく掌編小説。
テーマは、留守(るす) に続き 数量限定(すうりょうげんてい) です。
「こちら数量限定商品! 50個限定、しっとり濃厚チーズケーキですー!」
東京駅のきらびやかな地下街。
SNSで評判を見かけたこのチーズケーキをぜひとも食べてみたいと思い、早起きして開店前から並びに来た。
昨日の朝、出張で東京に来た。
日帰りでもよかったのだが、東京でしか買えないチーズケーキのことを思い出して、わざわざ一泊したのである。
甘いものはあまり食べないが、チーズケーキだけは特別だ。
日本に上陸したばかりでここでしか買えないとなれば、ぜひ食べてみたかった。
8時になり、列の前方から整理券が配られ始める。
列がくねくねと曲がっていて人数は数えづらいが、少なくとも前に40人はいるように見えた。
開店前から並べば確実だろうと思っていたが、東京には土曜日の朝からこんなにも人がいるのか。
店員が近づいてくる。
手にした整理券の枚数がかなり減っているのが見える。
ギリギリのところかもしれない。
嫌な予感がした。
「大変ありがとうございます、こちらで本日分の限定チーズケーキの販売整理券は終了となります!
これより後ろの皆様は、大変恐縮ですが明日以降再度ご来店いただくか、
チーズケーキ以外の商品もございますので、そちらをご検討いただければ幸いです」
店員はすぐ後方の僕たちに向かって丁寧に告げた。
嗚呼、やっぱり。
どんなにおいしかったのだろうな、あのチーズケーキは。
新幹線に乗り込み、先ほどの店で買ったマドレーヌを口に入れる。
これだって美味しい。
でも、僕が本当に食べたかったのはこれじゃない。
人生このかた、欲しいものはいつも手に入らない。
早起きして並んで、これなら大丈夫と思っても、自分の目の前で整理券はなくなる。
皆が難なく手に入れているものでも、自分だけはつまづく。
小学校のとき、夏休みにクラス全員が育てた朝顔は、僕のものだけ芽が出なかった。
きちんと世話をしても元々芽が出るようにできてない種が、ごく稀にあるのよ、と先生は言った。
大学時代、同じ学科に密かに思いを寄せていた女の子がいたが、
やっと二人で出かける約束を取り付けたその日に、学科の別の男の子が皆の前で告白してしまった。
皆がちやほやして僕と出かけるどころではなく、約束はうやむやになった。
生活は悪くない。
でも常に、あともう一歩のところで手が届かない。
高望みしているつもりはないというのに。
ずっと、50人限定の列に並ぶ51人目になる人生なのだろうか。
小さな希望が、ひとつずつ丁寧につぶされる道のり。あくまでも、絶望ではない。
小さな希望を小さく失うだけで。
新幹線を降りてローカル線に乗り換える途中で後ろから、あの、と声を掛けられた。
中学生くらいの女の子だ。肩で息をしている。
「これ、落としましたよ」そう言って手袋の片方を手渡してくれた。
「あっ、どうもありがとう。助かりました」
いえいえ、と女の子は走ってホームに戻っていく。
電車に乗る途中にわざわざ追いかけてきてくれたんだ。
住んでいるマンションに帰ると、郵便受けの下の床にチラシが散らばっていた。
落ちたけど1枚くらいいいか、と多数の住人が判断した結果、床はチラシだらけになったのだろう。
僕は膨らんだ鞄を背負い直し、1枚ずつ全て拾って、脇のゴミ箱に入れた。
どんな人生でもいいや、と思う。
限定チーズケーキは諦めよう。
できることから、やっていけばいい。
次回は
数量限定(すうりょうげんてい) → 「インフルエンザ」です。
友人の、なしころもサクサク(@jupiter_00270)が担当します。
いいなと思ったら応援しよう!
