「転生聖女は現世で何を診るか」第一話
第一話 転生聖女は現世で何を診るか
現世とは異なる世界。魔法という概念が存在し、それにより人々が文明を築いている世界ラスティリア。多少のいざこざはあれど女神信仰のもとに概ね平和に人々が暮らしている世界。
前触れもなく出現した魔族は一切の交渉を拒絶し、そうすることが当然の権利であるかのように人類に対して侵略を開始した。
魔族は身体能力、魔力、寿命、あらゆる面で人類を上回り、開戦後1年で人類は領地の半分を失う。
窮地に陥った人類を憂えた女神は一部の人々に力を授けた。
彼らは英雄と呼ばれ、人類を一つにまとめあげ、かろうじて魔族との間に均衡を保つことに成功した。
そう、あくまでも均衡を保てているだけだった。
ここはその最前線。人の命が物のごとく消費され、補充される場所。
「聖女様! こっちにも怪我人が!」
「こちらの治療が終わり次第すぐに行きます! なんとか頑張って!」
魔法の光が飛び交い、炸裂し、自然の摂理を歪める。
それらをものともせずに剣が振るわれ、その剣閃もまた地を裂き、炎を吐く。
不用意に飛び出した者に光や剣閃が集中し、跡形もなく消滅する。
手足を失い這いずる者がいて、その頭に斧が叩きつけられ、二度と動かない肉塊と化す。
致命傷を避け、かろうじて味方の元に逃げおおせた者も救われたわけではない。
体中から血が失われる寒さに凍え、回らない頭でせめてと手近な布を傷口に当てがい、同胞の亡骸の横で自身の幸運を神に祈るのだ。
そのような場所にあって彼女の存在は場違いであった。
時折放たれる魔法光以外はくすんだ色しかない戦場にあって、真っ白な衣装はただただ目立った。
そしてそれを着る人物は服装以上にこの場から浮いていた。大人たちは彼女の顔を見て、自責の念に駆られる。何故彼女をこんな地獄に連れてきてしまったのかと。
彼女はカタリナ・アレクサンドリア。若干15歳にして並ぶ者のない治癒魔法の使い手。神託を受けた英雄の一人。
「遅くなりました! 傷病者は!?」
「こっちだ!! 早く来てくれ!!」
身を屈めて負傷者の元へと急ぐ。
悪目立ちする白い修道服を辞めるように促されたことはある。
それでも彼女は辞めなかった。怪我をした者が自分を見つけやすいようにと願ったのだ。
実際彼女の姿を見た兵士たちの戦意は高揚した。
故郷の家族や恋人を思い、この戦禍に巻き込んではならぬと決意を新たにするのであった。
託宣など関係ない。彼女の生き様を見て人は彼女を聖女と呼んだ。
「どうだ? 助かりそうか!?」
「これは……。」
その怪我人はもはや誰の目から見ても救うことは不可能だった。
左の脇腹がえぐられ、浅い呼吸を繰り返し、指一本動かすことすら痛みを伴う。
何故このような状況にありながら一思いに命を奪わないのか。
神の悪意すら疑いたくなる光景に思わず目をそらしそうになる。
それを必死に堪える。
「聖女様……俺は……助からないんだろ?」
腹が削り取られているにも関わらず。生命の維持に必要な器官が外気にさらされているにも関わらず。彼は話すことができた。
即死していてもおかしくない怪我だというのに。肺も心臓ももはやどう動いているかわからないというのに、意識は残っていた。
「……はい。ごめんなさい。」
「おい、嘘だろ!? まだ喋る力が残っているじゃないか!」
「いいんだ。はっきり言ってくれてありがとう聖女様。お前は死ぬなよ友よ。」
戦地において彼女は身分に関わらずすべての兵士に寄り添い治療を続けた。劣勢の状況であろうと、最前線であろうと、怪我を追った者がいれば絶対に見捨てない。励まし、痛みを共有し、そして治療する。もちろんすべての人間が救われた訳では無い。間に合わなかったもの、力及ばなかったもの、たくさんの人間の死を見届けてきた。
故に彼女は自らにルールを課した。
「おい、汚れちまうぞ。」
「構いません。こうすると決めているんです。」
どうしても助からないと判断した者に限りある魔力を使うことはできない。
だからせめて時間を使う。手を握り、少しでも安らかに逝けるようにと。
「……。」
1分か2分か。手から圧が消える。どうやら息を引き取ったらしい。
「……亡くなりました。」
「ありがとうございます……。」
まぶたを閉じ、一人の人生が終わったことを告げる。
だが、干渉に浸っている暇はない。
ここは命が消費される場所。死神が隣人のごとくそこかしこをうろついている場所。
負傷者など、数えるより早く増える。
「助けてくれ!! 大量の怪我人が!!」
「すぐ行きます!!」
助けを求められ、駆ける。
何度も何度も、もはや無意識で足が動く。
条件反射で魔力を練り、大脳を介さずして治癒魔法を行使する。
余韻に浸る暇も心を動かす余裕もない。
走って助けて走って助けて走って助けて……。
ちらりと故郷の憧憬が浮かんだ。自分が何をしたかったのか。この戦争がなければ何をしていたのか。
そんな考えを頭から振り払い駆ける。白い修道服が泥と血で汚れていく。
「一気に走ります! ついてきてください!」
「はい!」
先導役の兵士に続いて物陰から飛び出す。
もうちょっとで隠れる場所に入るというところで上空で巨大な爆発が生じた。
「広域魔法が空中で炸裂した!!」
「衝撃波が来るぞ!! 全員伏せろ!!」
次の瞬間、衝撃が少女の意識を刈り取った。
◇
「XXXX!! XXXX!!」
何やら周囲が騒がしい。
ぼんやりとした視界に白い服をきた男性が映る。
ああ、私が倒れたから別の治癒魔法使いが派遣されてきたんだろう。
けれど大丈夫。少し頭が思いがどこも痛くない。私は平気。
「おい、大丈夫か!? 吐き気は無いか!? めまいは!?」
「私は大丈夫……です。」
「は……?」
肩を叩く手をゆっくり押しのけ、自分が健常であることをアピールする。
何やら驚いている様子ではあるが慣れたものだ。
自分の場違いさは十分自覚している。そして今はそれにかまっている場合じゃない。
痛む頭を抑えながら立ち上がる。
眼の前に簡易的なベッドに乗せられた負傷者がいる。
先程の爆発の負傷者の一人だろう。これから搬送しようというところか。
酷い傷だ。腕の裂創、打撲痕、熱傷もところどころ。内臓にも損傷があるかもしれない。
あれだけの爆発に巻き込まれればそうもなろう。
けれど重症者独特の呼吸の浅さが無い。これくらいなら十分助けられる。
一息ついた後、手をかざして、魔力を込める。
「何を……?」
私の動作の意図がわかりかねると言った様子で男性が詰め寄る……が無視する。
集中したいのだ。気力を振り絞って集中しているのだ。少しの間でいいから静かにしてほしい。
適切な形へと魔力を流し、魔法陣を展開する。
空中に紡がれた陣が淡く光り、治癒魔法が発動する。
「治癒(ヒール)。」
負傷者が光に包まれ、傷口がゆっくりと塞がっていく。
大丈夫。この人は助かる。
手応えを感じながら更にいっそう魔力を込める。
「おい!! 何をしている!!」
「あっ。」
かざした手が叩き落され、魔法陣が雲散霧消する。
なんてことをするのだ。あともうちょっとで治療が終わるところだったというのに。
邪魔をした男性に文句を言おうとしたが、口を開く前に思いっきり壁に叩きつけられた。
「ひぐっ!?」
「お前……誰だ!?」
胸元を掴んている男性が声を荒げる。
理解ができない。今の一連の動作の何が不満だったのか。
わけも分からず涙がにじむ。
「先生!! 落ち着いてください!! 今は患者を!!」
近くにいた女性が男性の手を止める。
その声にハッとなった男性が力を緩め、私はずり落ちた。
「ごほっ、ごほっ!!」
痛む喉で必死に息を吸う。
怖い。こんなに直接的な敵意を向けられたのは初めてだ。
この場から離れないと。そう思いあたりを見渡して気がつく。
材質のよくわからない壁、土とは全く異なる白い床。
特殊な形状の細長いライト。
複雑な形をした車輪付きのベッド。
そして、見たこともない服装に包まれた男女と、それと同様の服に通った私の腕。
何やら金属質な扉の付いたドアの向こうに鏡が見える。
そこには驚愕の表情を浮かべた女性が映っていた。
「な……な……。」
考えも言葉もまとまらない。私の意識はそこで再び途切れた。
◇
「お前さぁ、理性ってもんが無いわけ?」
「すまん。気が動転していた。」
「女の子の胸ぐらを掴んで、失神するまで締め上げるとかDV野郎の典型じゃね? 引くわー。」
「……反省している。」
誰かの会話で目が覚める。
最悪の気分だ。
体中が鈍く痛み、頭は割れるように痛い。
「おっ、起きた? おはよー氷見。体調はどうかな?」
明るい雰囲気の男性が声をかけてくる。
もう一人、気を失う前に詰問してきた寡黙な印象の男性は少し離れた場所から様子を伺っている。
バツが悪そうな顔をしているので気を使ってのことらしい。
「……私は氷見という名前では……。」
「あー、自己紹介の前に症状を聞いていいかな。頭部CTまで取って出血が無いことを確認したんだけど小さい出血なら見落としている可能性があるからさ。」
「……頭と体中がすごく痛いですけど。それ以外は。」
「よしOK。ロキソニンあるけど飲む?」
「ロキソ……?」
聞いたことのない名前だ。
お茶の名前かなにかだろうか?
「解熱鎮痛薬の一種ね。」
「げねつ?」
「うん。熱を下げて、痛みを抑える薬。まあとりあえず飲んどきなよ。大丈夫。毒を盛るならこんな回りくどいことしないって。」
「……ありがとうございます。」
手渡されたのは白い粒。これが薬?
粉薬じゃなくて?
どうやって飲めばいいのだろう?
「ほらほら、ぐいっと。一気に飲み込んで。」
「は、はい。」
これを飲み込むのか……。
覚悟を決め目をつぶって水と共に流し込む。
なるほど粉薬を固めたものか。確かに苦味が少なく飲みやすい。
「うんうん。さてさて……。マジかこれ。示し合わせて騙してるんじゃないよな?」
「俺がそんな面倒なことをわざわざするわけがないだろう。看護師の鈴木さんも巻き込んでか?」
「まぁそうなんだよねー。」
明るい男性と寡黙な男性が何やら相談する。
そして鈴木さん? 名前なのだろうが随分独特だ。
「……えっと。私何か粗相をしてしまいましたか?」
「いんや。でも君がどういう存在なのかは今ので大体分かった。」
「……。」
嫌な汗がでる。無用心だった。
どうやらずっと観察されていたらしい。
「とりあえず名前を聞こうかな。僕は安藤。こっちのガタイのいい無口は栗栖。君は?」
「……カタリナです。」
けれど今は情報収集が先決だ。
私の予想が正しければ……これは個人の力でどうこうなる事態ではない。
「なるほど。はじめましてカタリナ。さて、今の時点で僕らが分かっていることを共有しよう。ここは西暦20XX年の日本という国の病院。おそらく君は聞いたことが無い地名と年号だ。そうだね?」
「はい。初めて聞きました。」
「そして君は僕らが氷見と呼ぶ人物……だった。ここまでで君は大体状況を把握したはずだ。」
やはりというべきか。
鏡に映った見知らぬ女性。見慣れぬ服をきた私。
全く聞いたこともない世界。
ありえないことではあるが、そうとしか説明のしようがない。
「……日本という国の氷見さんという方の身体に私の精神が入り込んでしまった……と。」
「頭の回転が速いね。思考能力はどちらがベースなのかな? 氷見かカタリナさんか。脳電図でも取ってみれば面白いかもしれない。そして僕らもそれが記憶喪失や妄想ではなく真実なのだと考えている。」
「どうしてですか?」
この短時間で? 一体何を見て取ったのだろうか?
その疑問に安藤が指を立てながら説明をしてくれた。
「錠剤の飲み方を知らないこと。にも関わらず薬という概念は理解できたこと。記憶喪失や妄想でそんな中途半端な状況はありえない。君は正真正銘カタリナという人物で、氷見の中に精神だけが入り込んでしまったと考えたほうが辻褄が合う。医学的にはありえないことだけど。」
「は、はぁ。」
「であれば栗栖の話にも信憑性がでてくるわけだ。」
何やら納得した安藤はおもむろに小さな刃物を取り出した。
思わず身構える私に一瞥もくれず、彼は自らの腕に小さく傷をつけた。
「君。回復魔法が使えるんだって? 見せてもらえる?」
「えっと……分かりました。」
「意外とあっさり了承したね。」
「必要だと判断しました。」
ためらいはしたが大人しく見せることにする。このくらいなら大した消耗にもならない。
なにより、自分が使える人間であることを示しておいたほうが優遇されることもあるだろう。
手をかざし、魔力を込め、魔法陣を展開し、魔法を発動する。
「マジか……。」
「……。」
男性二人が驚きの表情を浮かべる。
いささか驚きすぎな印象もあるが、もしかして……。
「もしかして、この世界では魔法が使える人は希少なんですか?」
「希少ってか皆無だよね。」
「皆無?」
魔法がない世界?
「使えると自称する連中は9割が詐欺師で1割は狂人だ。」
「えっと、じゃあ怪我をしたらどうやって治療を……。」
バタンと音がして女性が入ってくる。
活発そうな私とは間逆な印象だ。
「あー、あんたら私が買い出しに行っている間に何してくれてるのよ!!」
「普通の会話をしていただけだよ橘。無言で待っているわけにも行かないでしょ?」
「大丈夫? こいつらに変なことされてない?」
「え、はい。大丈夫です。」
橘と呼ばれた女性が目を見開き、私を指差す。
驚愕した表情で安藤に視線を送り、その視線に答えて安藤が肯定の頷きを返す。
今度はなんだろうか。もうそろそろ勘弁してほしい。
「え、あなた名前は?」
「カタリナです。」
「氷見じゃなくて?」
「はい、すみません……。」
「えっ、可愛くない!? 氷見ってこんな可愛かったの!?」
「まぁいつもよりだいぶ丸くなっているからねえ。」
なんだろうこれは。
一体どういう反応?
「やっば。氷見には悪いけどしばらくこのままでいいんじゃない?」
「一番ひどいこと言ってるのが自分だって自覚はある?」
見知らぬ人間だが同性がいるのは安心する。
それに栗栖を含めて敵意を向けてくる人間はいないらしい。
「それで、魔法は使えたの?」
「使えた。とりあえず一息ついて状況を整理しよう。結構ややこしいことになってきた。」
◇
妙な容器の蓋を開け、ジュースを飲む。
柑橘系のオレンジという果物らしい。故郷にあった果物にそっくりだ。
何故なんだろう……?
「まとめると。カタリナさんは治癒師として戦地で働いていて、そこで爆発に巻き込まれて、こちらの世界に意識だけ飛ばされてきたと。ちょうど患者を搬送中に頭をぶつけた氷見と入れ替わってしまったわけだ。」
「多分そういうことなんじゃないかと……。」
「氷見の意識はそっちの世界に飛ばされたと考えるのがしっくり来るが……。確認する方法がないな。」
そうか。この人たちにしてみれば同僚の安否も気になるのは当然だ。
しかも向こうの世界は戦争中。大丈夫だろうか……。
「考えても仕方がないでしょ。それでこれからどうするわけ?」
「雑なパスが来たなー。まずは目標を設定しよう。目標は元の世界にカタリナさんを還すこと。そして氷見をこちらの世界に戻すことでいいかな。」
「そうね。異論は無いわ。」
どうやら私が元の世界に帰れるように協力してくれるらしい。
それが氷見という同僚のためにもなるのだから当然か。
「妥当だな。国に任せるのが筋だが……。」
「僕が偉い人だったら行方不明扱いにして実験室送りにするかな。」
にこやかになんでも無いことのように安藤が言う。
実験室が何を刺す言葉かは不明だが、そこはかとなく嫌な予感がする。
ため息を付きつつ橘があとを続ける。
「こいつと同じことを考える人間なんていくらでもいるっていうのがホラーよね。まずは隠す。そして打開策を探す。」
「本人は病欠扱いにして休んでもらうか?」
「短期間で解決するならそれでいいけど、最悪元の世界に帰れないことも覚悟した方がいいんじゃないかな。一人で生きる術を身に着けてもらわないと。僕一生この子の面倒見るとかやだよ。」
「ならウチの親戚に頼んでみよっか? 一人くらいなら雇ってくれると思うけど。」
「君ね。就職難のこの時代にそういう世間からズレているどころかねじれて一生交わらない発言はしないの。」
「あんたに言われたくは無いわよ。」
「僕は自覚症状あり。君は無自覚。発見が遅れるのはどっち?」
「おい。話がそれているぞ。」
何やら私を置いてけぼりで盛り上がっている。
魚を与えるのではなく魚の取り方を教えようとしてくれるのは本当に私のことを考えてくれている証拠だ。ありがたい。
でも、私は……
「あの、私はこの世界の治療を知りたいです。ここで働くというのはだめですか?」
勇気を振り絞って意見を言うが、3人の反応は芳しくなかった。
3人共が渋い顔で黙り込む。
「氷見が戻ってきたときのためには、そうするのがベストではあるが……。」
「本人のやる気があれば……。」
「ものすごく苦労するのは確実だろうけど。」
「どんな苦労だって受け入れます! お願いします!」
更に考え込んだ後、橘と栗栖が答えた。
「あのね。私達は6年間の医学教育を受けて、ここで働いているの。もっと言うならその前に12年間の学習期間を経て上位10%に入っている。難しいどころか想像もつかないほど大変よ。」
「もちろん魔法を使うのも無しだ。治癒魔法だか回復魔法だかしらないがそんなものを気軽に使われていてはそのうちボロが出る。そうなれば庇いきれない。今回の一件も家族に説明するのは骨が折れたんだぞ。」
「……。」
難しいのか。それならせめて……。
「あ、じゃあどこか他にたくさん怪我をしている人が集まる場所はありませんか? そこで働きたいです。」
「いや、待って。おかしい。なんか色々おかしい気がする。」
「そうですか?」
「参考までに聞きたいんだけど。君は元の世界では何をしていたの?」
「えっと。前線病院で怪我をした兵士の皆さんに治癒魔法をかけていました。」
「それはさっき聞いた。それ以外は?」
「え? 普通ですけど?」
「普通?」
「ご飯を食べて寝ていました。」
3人が黙り込む。
なにか非常にまずい発言をしてしまったらしい。
けれど嘘をつかなければならない内容でもないし……。
「あっ、もちろん掃除とか洗濯をしたり自分の事は自分でしていましたよ。生活能力が無いと思われるのは心外です。」
「しゃらっぷ! ちょっと静かにしていて。相談するから。」
「は、はい!」
3人が小声で相談を始める。
「ちょっと。この子なんかヤバいわよ。」
「児童労働かな。それも相当ブラックな。なんか極地を見たよね。」
「いきなり医療と無関係のところに入れるのはまずいんじゃないか? それに俺らの目が届く範囲に置いておいたほうが……。」
天井を見上げ、頭を抱え、額を揉み。
それぞれのやり方で考えを巡らせる。
ほんの一時ではあるがやたらと長く感じる時間が過ぎたあと。
口火を切ったのは安藤だった。
「……うーん、まぁなんとかなるかな。」
「本気か?」
「ほら、メッセージアプリとかPHSですぐに質問とかできるようにしてさ。電子カルテだからすぐに患者の情報は共有できるし。」
「確かに…。」
患者の情報が共有できる?
そんな手段があればどれだけ人が救えることか。
「1週間くらい病欠扱いにして医療知識を教えたほうがいいんじゃない? この世界の常識も含めて。」
「診断書は先輩に頼めばなんとかなるか。頭部打撲で逆行性健忘と書いてもらえれば人格が変わっていても納得してもらえるだろう。」
「俄然なんとかなる気がしてきたわね。」
会話から重苦しい空気が払拭されていく。
私には分からないが彼らの中ではある程度の結論が出たようだ。
「決まりだ。よろしくカタリナ。もとい氷見。君がこの世界で医学を修めることができるように僕らは協力する。それでいいか?」
「はい!! よろしくお願いします!!」
こうしてこの世界のことを全く知らないまま私は研修医となった。
どこか危なっかしいが、私のことを考えて協力してくれるよい同僚たちにも恵まれた。
私は幸運だ。そしてとても幸福だ。
だって、たとえ世界が変わっても、私は人を治すことができるのだから。