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届ける
「オーダー入りました!」
ズン、と響き渡るような振動を俺たちは確かに感じ取った。それこそが間違いなく注文が入った合図だった。
先の声が聞こえるか否かというタイミングで、全部署の全人員で空缶を設備に取り付ける。『ガチャリ』と音を立てて、ジェットコースターの頂点であるかのような発射台に巨大な缶を横向きにセットした。
「今は俺たちが勝つ時だぞ! 絶対に美味い物を作れ!」
俺は部下たちに声を荒げる。ややあってから応という響きが返ってきたことに満足しつつ、横のメーターを見る。
「少し高いな」
「今日は平年より摂氏1度高いので、温度調整は合わせておきました」
「それなら良かろう」
必死に温かいお茶を転げ落ちないように押さえている横の部署を見ると思わず笑えてくる。
「彼奴らは昨日と同じ温度で提供しようとしているようだが?」
「あれ相手に負けるほど、俺たちは落ちぶれちゃいませんよ」
「きっと美味い珈琲を作ってくれよ」
結論から言えば、俺の心配は杞憂であった。
予定通り客は"俺たちの"珈琲を発注した。空缶を押して所定の位置に立たせると、焙煎と抽出を終え、且つ芳醇な香りを放つ液体をこれでもかと空缶に流し込む。
流し終えたと思った瞬間に封をして溶接場に運ばれる。
中の珈琲の雑味を出さないよう厳密に留意しつつ、複数箇所溶接を完了すると、ようやくそれは客の元へと届けられるのだ。
ガコン
「うまっ! なんやこれ」
新発売と書かれた缶コーヒーは、開けた瞬間に美味しい香りで空間を包み込み、一口触れた瞬間にボクの琴線に触れた。
たかが缶コーヒーに心揺さぶられるとは。
「ええやん、また買おか」
そう呟くと飲んだばかりの缶コーヒーの写真を撮り、Xに投稿する。
『美味ぃ』
客が飲んだ瞬間の表情の緩み方は、何度見ても見慣れないものだ。
「...良かったっすね」
「きっとあのお客様はまた買ってくださるだろう。次のオーダーに備えるぞ!」
俺の声に、再び応という響きが返ってくる。珈琲豆の在庫を確認しに倉庫へ向かいつつ、俺は次に来るであろう客の笑顔を夢想しているのであった。