道明寺華蓮一番くじ(期間限定)
散歩ルート上にあるコンビニでビールを買って帰るのが日課になっている俺は、今日も青いコンビニに入り黒い星のビールを手にとってレジに並ぼうとしたその時、ソレが目に飛び込んできた。
道明寺華蓮一番くじ(期間限定) 1回¥650(税10%込み)
わたくしが世界を平和にいたしますわ!
なんだこれは。一番くじは有名なアニメやゲームの限定グッズをコンビニで買えるというものだが、これはアイドル……?
いや、違うようだ。スマホで道明寺華蓮と検索しても何も出てこない。
グッズを見てみると、どれも高飛車そうなお嬢様が映る写真から作っているようだ。ラストワン賞は道明寺華蓮さんと思わしき人物のチビキャラ化した人形だった。そもそも全部捌けるのかよこれは……。
そんでもって期間限定:11月20日~11月22日までってマジかよ。
もう少しくらい長めにやっていなかったか一番くじ?
駄目だ、気になりすぎる。
思わず¥650と書かれたくじの一枚を手に取り、ビールと一緒に店員に渡す。
「何回引きますかー?」
「1回で」
「はーいどうぞー」
こんな怪しいくじ。引くことすらあり得ないだろう普通は。
しかしどうしても1回だけ引きたくなってしまった。
これほど特に当たれと願わないくじも他には無かろう。
「B賞ですね。おめでとうございますー」
「あの、ちなみに道明寺華蓮って店員さん知ってますか?」
「知らない人ですねー」
だろうな。
そしてB賞は道明寺華蓮エコバッグだった。なかなかの当たりじゃないか。
家路につく途中も、俺の脳内は道明寺華蓮で支配された。
一体こいつは誰なんだ? なんでグッズになっている? こんな売れなさそうな一番くじを導入するあの青いコンビニは大丈夫なのか?
何よりも、検索しても出てこないこのストレスは他に代えられるものでもなかった。せめてツイッターアカウントとかでくじ発売の告知とかしておいて欲しい。
翌日も俺は同じルートで青いコンビニへと入って行った。
驚いたことにA賞とD賞の景品が無くなっていた。俺はもしかしたら物凄いものを当てたのかもしれない。特に感動は無いが。
俺は流れるように黒い星のビールと道明寺華蓮一番くじをレジに持っていく。
「いらっしゃいませー」
「3回」
何をやっているんだ俺は。何故引く。
「どうぞー」
ゴソゴソと箱の中から適当に3枚引き、店員に渡す。
「C賞2つとE賞ですねー。おめでとうございますー」
「これ引く人いるんですね」
「意外?と人気なんですよねー。皆さんどこで道明寺華蓮を知るんでしょうかねー?」
俺が知りたいんだ。それは。
ちなみにC賞は道明寺華蓮ハンカチ、E賞は道明寺華蓮ラバーストラップだった。昨日より少し喜びを感じた。
俺は景品とビールを道明寺華蓮エコバッグにしまい込むと店を後にした。
改めて見返してみると顔立ちは整っており、身にまとっているドレスは非常に彼女に合っている。よく服に着られているという表現があるが、彼女の場合は確りと着こなしていた。
「どこかのお嬢様……なのか?」
とても個人で出せるとは思えない。何かの組織がこの個人を売り出したいのか、それとも道明寺華蓮が主導となってこの一番くじ企画を持ち込んだのか。検索でかからないキャラクターの一番くじなど考えられない。
「まぁいいか」
謎は謎のまま置いておく方が楽しいこともある。
俺たち人間はどうしても空白を埋めたがる癖に支配されている。
だから有名な漫画やゲームには考察が付き物だし気になることがあればすぐに検索に頼ってしまう。
たまには正体不明なまま済ませるものがあってもいいのさ。
翌日。
道明寺華蓮一番くじ販売最終日だ。
何故3日しかやっていないのか理解に苦しむ。この短期間で一気に金を遣うのは厳しい。
「いらっしゃいませー」
「5回引く」
「あと3枚しか無いんですよー」
「なら全部だ」
「ありがとうございまーす」
どうやら道明寺華蓮の不思議な魅力に取り憑かれたのは俺だけではなかったらしい。
景品はB賞のエコバッグ(別カットバージョン)、E賞のラバーストラップ2つだった。そして――
「ラストワン賞ですねーおめでとうございますー」
「ありがとう」
俺はチビキャラ道明寺華蓮ぬいぐるみを手にする。なんだこの謎の達成感は。しかも誰なのか分からず終いという。
道明寺華蓮グッズを身にまといながら散歩をしていると不思議と気分が高揚する。別にそんな効果は無いのだろうが、お嬢様オーラに影響されているのだろうか。
こうして3日間に及ぶ謎の期間は幕を閉じた。
あれからも道明寺華蓮については謎のままである。
「あ、それ……」
ある日散歩をしていると女子大生風の方に声をかけられた。俺、というよりは明らかに道明寺華蓮を指さしている。
「これですか?」
「私も道明寺華蓮ファンなんです! ラバスト持ってますか!?」
すごい剣幕でまくし立てられた。この世に道明寺華蓮ファンがいたとは。
「いくつかは……。これだけど」
エコバッグに付けた当てたラバーストラップを示す。
「ああ良いなぁ。私このパイプを吸う華蓮様が欲しかったんです」
「あ、これ被ってるからあげるよ」
「え! 良いんですか!?」
とても嬉しそうだ。俺は俺で道明寺華蓮ファンに会えたことが大変嬉しかった。
「ところで君、道明寺華蓮って誰か知ってる?」
「知らないです!」
だよね。
でも良いのだ。
道明寺華蓮という一つのコンテンツから生み出されるコミュニケーション。
確かに道明寺華蓮は世界を少しだけ平和にしていた。
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