【小説】温泉めぐり
温泉街に旅行にやってきた。柳の木と川のせせらぎからは湯上がりの涼しさを感じられる。
既にそんなワクワクを胸にバス降り場から最も近場の湯に入ろうとしていた。
『箪笥にぶつけた小指の治癒に効能があります』
些か変わった効能だったが、温泉自体はやや熱めの温度で入浴後は肌もツルツルになり、冷えた牛乳がよく合っていた。
気分を上げる為に浴衣もレンタルし、次の湯へ向かう。
『小浴場から見られる100万ドル(2023年現在)の景色』
タイトルに惹かれるまま入ると、湯船に浸かった途端目の前にニューヨークのタイムズスクエアの景色が広がった。室内だけど実質露天風呂だ。
2023年現在とは何か考えていたところ、景色の端にいた浮浪者が手を振ってアピールしていた。
なるほどな。僕たちが知ってるアメリカは終わったんだ。
上がるとただの小浴場と洗い場があった。どんなカラクリなんだろう。
次は『薬湯:次亜塩素酸系漂白剤が隠部にかかってしまった人用』だったのでスルーした。行列が出来ていた。
『YouTubeの見過ぎで眼精疲労のあなたに』
うってつけだった。
迷わず450円を払い中に入る。
ややぬるめの温泉に半身を浸けると、従業員らしき人が後ろからついて来て入った私をシートベルトのようなもので固定し始めた。流石に慌てる。
「効能の一環ですので」
ぶっきらぼうに言い放つ従業員に反論する気になれず、そのままにしていると肩から首、頭部にかけて凝りがほぐれていくような感覚に陥った。
「30分強制半身浴ドッキリ〜〜〜!!」
突如拍手と同時に何人かの従業員に囲まれると、ぬるいのにタオルを回され、水分補給もされ、絶対無駄なのに塩を肩に揉み込まれた。
視界が忙しいので目を閉じていると、いつの間にか終わっており眼の疲労はすっかり取れていた。
すごい。
『1度きりご利用ください:ビールがより美味くなる温泉』
『対鉄砲玉専用湯:左半身の風穴湯治』
『1/1024の確率で古代ローマ人に会えるお湯』
『玉子育成用温泉:ご利用になれますが、温泉玉子と同じになります』
まだまだ沢山ありそうだったが、もうのぼせてしまった。
コーヒー牛乳を飲みながら色んな暖簾を見て回るだけで楽しい。しばらく休んで次はどこに行こう。
川と柳の木は空まで続くように延々と続いていた。