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良い肉祭り2022

11月29日。
語呂合わせでいい肉の日と称されるこの日は色んなスーパーでお肉の特売セールが開催される。
僕はワクワクしながら開店前のスーパーに並びに行った。
鮮度が高くて良いお肉はもらった。

列を見てみると僕と同じ目論見の奥様方か、或いは買い物を命じられたであろう男性達が同じように並んでいたが、どうやら様子がおかしい。

ゴリラのドラミングのように胸部を叩き、明らかに周囲を威嚇する者。
一定間隔で四股を踏み、舌を出しながら肘を叩いて絶叫する者。あれは確かハカだったと思う。
黒いフードを被り、何やら呪いの言葉を紡ぎ続ける者。
何故か路上で正座しながら包丁を研ぐ者。

特筆するようなイベントでもないはずなのに、あまりにも多種多様な人種が集ってきていた。

「間も無く開店時間となります」

店員が出てきて拡声器を使って待ち客に声を掛ける。先程までのざわざわとした喧騒が嘘のようにピタリと空気が止まった。

なんだなんだ。僕はただ良い肉を買いに来ただけだぞ。

「ここから先、身の安全の保証は出来ません。各自怪我には充分注意してください」

は? 今なんて──

「それでは......良い肉の日を」

店員が自動扉から入っていくと同時に法螺貝の音が鳴り響く。
うおおおおお、と怒号が自然発生し、全員が店内に殺到する。僕は後ろから押されるがままに店内に進入していった。
おさない、はしらない、しゃべらないの三原則は完全に無視され、パニックとはまた別の現象が起きている。

店の中は一面見渡す限り肉しか置いていなかった。野菜、鮮魚、乾麺の棚に至るまで様々な肉が置いてあった。だが、悠長に見て回る余裕などない。

僕はカゴを持つことすら許されず、先頭集団から外れて近場の元野菜コーナーへ避難した。

「カゴ......! まずはカゴだ......」

それまで人の流れにしか乗れていなかった体勢を整える。入り口からは続々と新規客が流れ込んできていた。
僕は体を低くして重心を下げ、逆行する人の流れの圧が最も低いサイドを狙った。
ギリギリのところでカゴに手が届き、無事肉を入れる算段が整う。

ひと息つき、再び店内を見回してみると異様な光景が広がっていた。

目の色どころか人格すら変えて肉を奪い合う人間たち。信じ難いことに主婦らしき二人による決闘も始まっていた。

『肉だ! 肉祭りだ! 本能を呼び醒ませ肉食動物共!! 他人の飯など知らなくて良い! まずはてめぇの飯を確保しろ!!』

更にそれを煽るかのようにスピーカーからは倫理的にアウトと思われる音声も聞こえてくる。

「早く、生きてここを出ないと......!」

生存を優先。しかし何のためにここに来たのかと言えば美味しい肉にありつく為だった。
結局は自分も、この肉祭りにふさわしい一肉食動物だったということだろう。

極力直接的な戦闘は避けつつ、それでも棚や冷蔵コーナーは隈なくチェックしていく。
豚バラと鶏もも肉、変わり種として熊肉の缶詰をカゴに入れたが、あまりいい肉の日っぽくない。

やはり、牛か......。
その時法螺貝が鳴る。

『さぁ本日の目玉商品、黒毛和牛ステーキ1枚1000円!今から追加ぁ! これを買わなきゃ帰れない! お前ら覚悟はいいかぁ!!』

一段と客のボルテージが上がり、中央冷蔵コーナーと思われるスペースに特大な人の塊が出来ている。あそこが激戦区のようだった。

仕方がない。怪我を恐れていては良い肉は手に入らない。

「うおおおおお!」

気合を入れ、雄叫びを上げながらその集団に後ろからタックルし、参戦を表明した。

すぐに後ろからも参戦され、揉みくちゃになる。
肉を確保した人間をすぐに捕まえて肉を奪い取る。
或いは端から肉ではなく肉に集る人間への攻撃が目的の者もおり、混沌さはいや増していた。

僕はひたすらに黒毛和牛ステーキだけを目的に前へ前へと突き進む。
最前列。ようやく一つ掴む。それはすぐに奪い取られて後ろで奪い合いが始まる。

まだまだ数があった為、複数のステーキを手に取ると後ろに向かって放り投げた。これで少し戦力がばらけるというもの。

「頭良いな兄ちゃん」

ふと横を見ると目の上にアザを作り、血を流している男がこちらを見て笑う。
僕は咄嗟にこの男と共闘することを決めた。

「これを確保したら、すぐにここを出よう」
「レジまで持って行きゃこいつらは諦める。問題はどうやってゴールまで持って行くか、ってことだ」
「考えがある」

僕は男と簡単かつ入念な打合せをし、レジまでの直線通路に立った。
男と僕の獲物をカゴに入れて同時ゴールを狙うというものだった。
レジ行きを妨害しようと肉を探し求める客たち。まるで生きる人間の肉を狙うゾンビのようだった。

「行くぞ!」

男の掛け声と同時に、男と僕は並走を開始する。男は真っ直ぐ前から突っ込んでくる客をマルセイユターンで躱し、カゴを僕に放って寄越す。

男よりやや小柄な僕はカゴを前方高く投げて客の股をスライディングで避けて再度カゴをキャッチする。そしてまた真横で走っている男にカゴをパスする。
前後左右に揺さぶられた妨害者たちは次々と諦めていったが、レジまであと少しというところで最後に男の足首を掴み、倒す。

「そんな......!」
「俺は良い! お前だけで先に行け」
「でも!」
「良い肉、喰えよ......」

僕にそう微笑んだかと思うと、次の瞬間には血相を変えて掴んできた客と揉み合い始めた。

「この野郎! あと少しのところで肉を......!」

僕は意を決して振り返り、一直線にレジに入った。


「4980円になります。またどうぞ」

そんなに安くは無いんだなぁ。あと、きっともう二度と来ないよ。

げっそりと疲れ果てて僕はレジ袋を持って出口専用からスーパーを後にする。
これ程までに入り口専用と出口専用が必要な日もあるまい。

しばらくスーパーの近くで休憩していると、続々と客たちが出てくる。レジ袋を手にした者もいれば何も持たずに出てくる者もいた。だが一様にニコニコしていた。

「いやぁやっぱりいい肉の日は良いなぁ! おぉ、兄ちゃん買えたのかい! やるじゃないかあんまり見ない顔なのに」

僕に声を掛けてくる者もいれば。

「これ全治何ヶ月だよ......。ま、良いかいい肉の日だし」
「来年こそはあの光り輝く黒毛和牛を!」
「俺は鹿肉のタタキが欲しかったなぁ。また来年か」

反省会の声も聞こえてきた。

全員が全員、大変楽しそうだった。そして──

「おぉ、無事か!」

先程の男も現れた。僕はレジ袋から黒毛和牛ステーキを取り出し、一つ渡す。

「僕とあんたのだ」
「それは兄ちゃんのだよ。......一緒にゴール出来なかったからな」

男は寂しそうに笑うが、僕は強引に肉を押し付けた。

「買った物をどうするかは僕の自由だろ? それに──」

僕はまたスーパーから出てきたばかりの多種多様な人種を見て笑う。

「試合後はノーサイドだ」



黒毛和牛ステーキは大層美味だった。
味付けなど何もなくとも食べられるほどの絶品だったが、少しだけ塩胡椒、そして味変にバターをつけて頂いた。

あんな思いは二度としたく無い。が、是非また来年も参加したい。

今日は本当にいい肉の日だった。

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