あまぎりさん
こんなハッシュタグがトレンドに入っており、興味本位でタップすると1分20秒ほどのYouTube動画が出てきた。
「あ〜まぎ〜りさん! あ〜まぎ〜りさん!
ぼく〜のな〜まえ〜はあ〜まぎ〜りさん!」
ダンススタジオのような場所で、男女が混じったような合成音声でこれを繰り返し唱え踊る奇妙な着ぐるみ。見た目はてるてる坊主のようで、くびれの上にはニコニコマークの顔のようなものが描かれている。手はなく、脚が3本生えていた。
どうやって動かしているのか、器用にそれぞれをクネクネと動かしている。
なんで流行ってんだこんなもんが......。
子供受けはするかもしれないが、いい歳した大人がトレンドに入れる程のものではないだろう。
かわいい、面白い、シュールwww、あまぎりさん好き!
多種多様なツイートが動画に紐付けられている。
おいおい、ツイッターのレベルもどこまで下がっていくんだ。
馬鹿らしい。
そう思ってツイッターを閉じた。
翌朝、また新たなあまぎりさん動画がアップされていた。
わざわざ見たいものでも無かったが、トレンドに入っているからかタイムラインにもしっかり流れてくる。
「あまぎりさんね、みんなとお友達になりたい」
「だからね、もっと大きくなりたいんだ」
脚の数が4本に増えていた。器用な真似をするもんだな。
『一昨日から昨夜未明までに届け出られた捜索願が30件を超し、警察では集団自殺の呼び掛けが無かったか捜査しています』
ふとスマホから目を離すと、テレビからは物騒なニュースが流れてくる。
厭な時代になったもんだ。溜息をつくと俺は鞄を持ち、職場へと向かった。
「山田さぁ、あまぎりさんって知ってる?」
同僚の山本から朝イチで掛けられた雑談はまさかのあまぎりさんだった。やや辟易しながら答える。
「知ってるよ。ツイッターの変な着ぐるみだろ?」
「あーそこまでしか知らないかぁ......」
何やら残念そうに俯く山本に何かを感じ取る。
「どういう意味だよ?」
「......いや、良いや。悪いな、朝から」
「別に良いけど......。なんかあったの?」
「......お袋が行方不明でさ。部屋に何かヒント無いかって探してたら、こいつが怪しいんだよな」
しばらく間を置いてから山本は答える。スマホに表示した画面にはあまぎりさんが映っていた。
「なんでだよ」
「んー、なんて言うか宗教っぽいんだよな。まぁ今は警察に任せるしかないわ。何か分かったら教えてな」
「お、おう......。見つかると良いな、お袋さん」
「ありがと」
短く礼を言うと山本は少し肩を落として去って行った。
俺にはどうもあまぎりさんと行方不明の関連が思い付かなかった。
俺は仕事から帰ると、初めてあまぎりさんの動画をYouTubeで開く。
最初の踊りはあまぎり音頭というらしい。再生回数104万、チャンネル開設わずか4日で登録者数51万。サクラじゃなきゃありえない数字だった。
あまぎり音頭の何とも言えない声を聞きながらコメント欄を開いてみる。
『あまぎり様、お助け下さい』
『娘の難病をお治め下さい』
『私はあなたに全てを捧げます』
『サッカー日本代表をベスト8にしてください』
『こちら少額ですがお納めください ¥5,000』
『おはこんハロチャオ! ¥800』
『人類の救世主となるべく降臨なされた。あまぎり様に最大限の感謝を』
そこには夥しい量の感謝と願いと崇拝が羅列されている。ネタで神格化されたものには見えなかった。
気が付けば肌が粟立っていた。
本当に、山本の母親は......。
そしてこのままだと、こいつらもヤバいんじゃ......?
YouTubeホームに戻ると、ちょうどあまぎりさんの動画が更新されていた。
震える指で動画を開く。
「わーい。みんなありがとう。おかげで、大きく、なれたよ」
椅子に座るあまぎりさんは6本に増えた脚を2本ずつ組みながら左右に揺れる。
投稿されたばかりの動画に5000を超える高評価が押されており、ゾッとする。
「まだ友達になってない君も、ぼくと1つに、なってくれる?」
「ありがとう。ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう」
「あ〜まぎ〜りさん! あ〜まぎ〜りさん!
ぼく〜のな〜まえ〜はあ〜まぎ〜りさん!」
俺は慌てて低評価と通報ボタンを押して動画を閉じた。
よく眠ることが出来なかった。気が付けば頭の中であまぎり音頭が鳴り響いている。
もうやめてくれ。
そこから世界は分かりやすく色を変えた。
『今日のあまぎりさんです』
あれだけ連日で報道されていた行方不明のニュースはピタリと止み、代わりにYouTubeに投稿されたあまぎりさん動画をスタジオの奴らが感想を投げるという、とんでもないコーナーが設けられる。
有名アイドルグループがあまぎり音頭をカバーして100万ダウンロードを突破する。
あまぎりさんが日本のYouTuber史上3人目のチャンネル登録者1000万人を突破する。
自然発生的にあまぎりさん崇拝の教会が日本各地に建てられ、右肩下がりの日本人口の約5人に1人はあまぎり信者となる。
「万バズって、いいね。もっとバズって。もっと見て。もっとぼくを、愛して」
あまぎりさんの発言は全て切り取られ、あらゆるメディアで二次報道される。アクセス数がアクセス数を呼び、最早全てはあまぎりさんが支配していた。
そんな日々が続いていた中、休止のお知らせというタイトルの動画が投稿された。
体調不良を理由に会社を休んでいた俺は、久々にあまぎりさんの動画を開いた。このままネットから、社会から消えてくれと願いながら。
「みんなありがとう。おかげで、とても大きく、なれたよ」
あまぎりさんの脚は数えられないほどになっていた。ウネウネと動く脚は一本一本が生きているようで吐き気を催す。
「ぼくと1つになってくれたから、応援してくれるみんながいなくなっちゃった」
「エンゲージメントで分かるんだー。すごいでしょ」
「日本人だけを、減らすわけにはいかないからね。次は海外でデビューするよ」
「それじゃあみんな、バイバイ」
思わず天を仰ぐ。あまぎりさんはいなくならない。それどころかより成長してこれまでより多くの人間と「友達」になるだろう。
俺はツイッターを開き、#あまぎりさんを付けてツイートする。
『あまぎりさんを広めるな Don't spread Amagiri-san』
だが、そのツイートはあまぎりさん休止に対する悲鳴と狂乱で一瞬にして埋もれてしまった。
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