【小説】豆つまみ競争
僕は会社内の広報に目を奪われた。
そこには『豆つまみ競争』と銘打たれていたからだった。
僕は幼少期から特段、生まれ持った才能など無かった。
勉強や運動はもちろんダメで、自分と同じだと思っていたその子にも実は音楽の才があり、話したことはなかったけどずっと一緒のクラスのあの子は、卒業と同時に噺の世界に踏み入れた。
ただ、豆つまみにおいて、僕の右に出る者はいなかった。
「やるかね?」
決勝戦の場で握手した時とは大きく異なり、目を細める壮年の男性は左手に箸を持つ。
僕は逆手で取り、相手と目を合わせた。
「闘りましょう」
開始と同時に僕は、指を回転させることで豆との摩擦を生み出し、箸を経過させ豆を回転させながら右から左への皿へと豆を移していく。
一方で対戦相手の紳士は直立不動で何も動いてはいなかった。
僕はそれを横目に見ながら、微かに動揺する。
いや、なにをしている。
手に動きを覚えさせた自覚を持った後に、明確に横を見ると彼はそのままの姿勢で“豆だけを移動させていた”。
完全に集中が切れる。箸が落ちるカランカランという音を耳が拾う。
紳士は僕を見て、ほくそ笑む。
「“これ”もできないとは、まだまだ青いな」
「うわああああああ!!!」
絶対的に、勝てない何か。
それに抗う方策は無い。
拾った箸一本を皿の端に当てて左の皿に飛ばすという、自身もやったことがない技を成功させても、尚紳士に敵うことはなかった。
「そこまで」
冷徹に、しかし公平な声が響き渡る。
「ありがとうございまし」
僕が握手をしようとした時に
「次はいつ“闘れる”のかね?」
紳士は涼しい顔で言う。
「この後でも、全然やりましょうよ!」
僕の口からは自然とそれが零れ出ていた。
こんな会社なんてどうでもいい。僕はただ、豆つまみで世界を取りたいんだ。其の為にはこの人を倒さないといけないんだ。僕は絶対、絶対に成し遂げ──
「すまない。この後は取締役会があってな」
「えっ……」
「君には素質がある。また近いうち、相見えることを楽しみにしているよ」
紳士は、役員であった。
「僕も、楽しみにしてます!!」
黄金色に輝く大豆が、二人だけの世界を祝福しているようであった。