フランス人の不思議な頭の中 現代フランス社会
夕刊フジを経て産経新聞社に入社、21年もの間パリ支局長を務めた著者が実際に体験した出来事や当時の時事からフランスの政治・教育・文化について語る。
フランスの歴史は戦いに継ぐ戦いで成り立っている。
ヨーロッパ大陸の中心で大国に囲まれ、侵略し防衛し協力し反乱し、自由を勝ち取ってきた。オリンピック大会でも「勝利」へのこだわりは他の国の比ではない。
それは特に英米独に対して顕著である。近代オリンピックの父であるピエール・ド・クーベルタン男爵の「参加することに意義がある」という名言もフランスでは聞かない。
ワールドカップもオリンピックも「勝利」するためのイベントなのである。
フランス国歌「La Marseillaise」からして好戦的である。
元々がフランス流血革命中に生まれた軍歌であり、「武器を取れ!進め!進め!」など歌詞においても多くの大会で選手を鼓舞するのに役立っている。
この歌が簡単に否定されないのは、フランス共和国の存在理由に端を発する。
憲法の全文では「フランス国民は1946年の憲法典前文によって確認され、かつ補充された1789年の宣言によって定義されるような人の権利及び国民主権の原則への愛着を厳粛に宣言する」と明記されている。
つまり、「La Marseillaise」はフランス革命を中心とした理念と歴史に密接に結びついているのである。
フランスでは軍人は決して悪いイメージではない。
ナポレオンやシャルル・ドゴールは日本では侵略者、独裁者との評判もあるが、フランスでは確固たる英雄である。
戦死した兵士の葬儀は必ず大統領の主催でナポレオンの遺体が安置されているアンヴァリッドで粛々と行われる。
官民のテレビがこぞって実況放送し、フランスの名誉のために戦死した兵士を讃える。
ヨーロッパの真ん中で「大国フランス」の地位を堅持してきた国民にとっては、国防無くして「国家の独立」はありえないと考え、軍隊を重視しているからに他ならない。
フランスは勝ち組「ヴォルテール」が牛耳っている。
フランスの高級官僚養成所・国立行政学院(ENA)のクラス名であるが、オランド大統領をはじめとしその出身者(エナルク)が国政の重要ポストを占めている。
オランド政権に見られたように、「エリート養成所出身なのだから」という理由で自分の級友を国政に登用することが広く受け入れらている。
ENAを出て直接私企業に勤務することは禁じられており、規則を破ると違約金を支払うことになる。そういう例は稀で、実際は天下りが簡単なこともあり官僚として豊富な人脈を気付いてから私企業へ行くことが多い。
こういうエナルク支配のフランスに嫌気がさした若者や、才能のある若い人が、フランスに見切りをつけて海外で働く例が、最近では増えている。
フランスの夏の風物詩「BAC(大学入学資格試験=バカロレア)」は、エリートの道を歩む第一歩を担う。
1808年にナポレオンによって制度化されたが、その歴史は12世紀のパリ大学創設時まで遡る。
エリート教育での男女平等が比較的早かったのは「国家のためのエリートを育成する必要がある」との考えの他にも教養豊かな女性によるサロン文化の隆盛という背景があったからである。
フランスの場合、「BAC」合格者であれば大学に進学しなくても「バシュリエ」という肩書きが一生通用し大成功する者も多い。
しかしながら、シェフのジョエル・ロブションや文豪エミール・ゾラ、俳優アラン・ドロンなど「BAC」なし組で成功している者もいる。
フランスの人種問題は根深い。
民主主義の発祥の地を自任するフランス人にとって、「人種差別主義者(ラシスト)」は糾弾の言葉であり、侮辱でもある。
憲法の第一章にはフランスの標語が「自由・平等・博愛」と明記してあり、「フランスは出身、人種、または宗教の区別なしに全ての市民の法の前の平等を保障する」と宣言している。
刑法225条でも「出身、性別、民族、人種、宗教によって人と人とを区別する行為」を禁止し、「個人の尊厳への抵触」で明確な犯罪と規定している。
しかしながら昨今反ユダヤ主義、反イスラム主義の動きも見られ、国情を複雑にしている。