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アカミミガメの計画。

家の近くを流れる小さな川に、カメが何匹か棲んでいる。
およそ珍しくもない「アカミミガメ」という外来種で、天気が良いと彼らはどこからともなく集まってきて、川原のコンクリートブロックの上にボテっと落ち着く。そして皆で同じ方角に短い首を伸ばし、ただひたすらにじーーーーっとしているのだ。

僕は毎朝、その川沿いの道を通って自転車で通学している。ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら。ほらほらいたぞ、のん気な亀たちめ。今日は2匹だけか。しかしあいつら気楽で良いよな、こっちは昨日動画見ながら寝落ちして、そのままテストを迎える最悪な朝だってのに。亀ってあんなに一日中ボーッとしていったい何考えてんだ、いや何も考えてないんだろな、羨ましいぜくっそー。

無性にイライラしてきて、ペダルを漕ぐ足に力を込めイヤホンの音量を上げる。すると、「ジジッ」と雑音がして、音楽がブチブチ切れ始めた。何だよ、せめて音楽くらい気分良く聴かせてくれよと心の中で毒づいていたら、イヤホンから聞き慣れない声がしてきた。

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「な、俺が言った通りになっただろ?長官の判断は正しかったんだ。」

「まぁ確かにそうかもな。しかしまさかこれほど早く成果が出るとは思ってなかったよ。世の中すっかり様変わりで、人間どもにやっと伝わった実感がある。」

「長官、こないだの演説で言ってたよ。『少々粗治療だったかもしれないし、それなりの犠牲が出てしまっていることは大変申し訳ないと感じている。しかし長い目で見れば、いつかは人間も我々の計画が間違っていなかったことを認め、感謝する時が来るだろう。』って。まぁこの計画が俺たちによるものだと判明することはまずないだろうから、感謝される日はかなり先だろうだけど。」

「アカミミに内蔵された通信機の存在にすら気付いてないからな、人間ども。今回の騒動でも、最初に市場の哺乳類が元凶だと仕向けたらまんまと信じたし。哺乳類には濡れ衣を着せてしまったけど、それも我が種との取り決めに基づいた合意の上でのことだし、哺乳類たちもこの計画で人間どもが変わるのなら、あの程度の名誉毀損などたいしたことはないんだろうな。」

「しかし今回は時間かけてじっくりやったよな。鳥類や魚類とも丁寧に交渉を重ねて『ある程度の生態系への影響は厭わない、計画を進めてくれ。』って意向を引き出したときには、長官さすがだなって思ったわ。外来種だ侵略者だと人間にひどい文句を言われながら、着実に世界に拠点を増やしてきたし。」

「侵略者はある意味正解だけど(笑)」

「まぁそうだな・・・。今や150ヵ国の要人に俺たちのアンドロイドが忍びこんでるんだろ?皆耳の後ろが赤いだろうに、それすら気づかないなんて人間も鈍いもんだ。」

「これまで我々も微妙な政策も多かったし、一層慎重に立ち回ってるからバレないんだろ。ほら、昔話では脇役で終わって何のメッセージも残せなかったし、芸能事務所と連携して仲間の種が泣きながら産卵する動画を拡散させた時も、一部の愛護団体が騒いだだけで、広がらなかったしな。」

「それでメジャー路線に舵を切ろうと4人組の戦隊アニメ作ったものの、ストーリーが人間の価値観に寄り過ぎて、根本的なことは何も変わらなかった。作品はやたらヒットしたけど。」

「でもさ、人間は愚かだけどいい奴もたくさんいるわけで。飼われてる調査員たちからも、愛情かけてもらってるって報告がたくさん上がってくるだろ?兵器の威力を検討する時も、そういう報告データや親人間派の署名が兵器強度の決定に影響したらしいぜ。絶滅させることもできるけど、『人類に猶予を与える』って絶妙なパラメータで設定された。」

「結果、2年もの間自由を奪われた人間は、それはそれは考えた。本当に大事なことは何なのか、時間とは、お金とは、場所とは何なのか、大切な人は誰なのか。そして成長や開発を急いできた代償を知り、おざなりにされてきた本質や未来を直視するようになった。やっとのことで我々の・・・」

「お、長官から世界同時通信が入ったぞ。」

『親愛なる一族の者たちよ、我が種族が進めてきた計画も、想定通りに人類へのマインドコントロール期である第2フェーズに入っている。よってこれよりアンドロイドの大規模な増産を行い、行動変革期である第3フェーズの準備に入る。人類の生活の隅々までアンドロイドを配備し、時間の感覚を緩め、よく休み、自然と同志を愛するよう、思想統制と行動促進を水面下で進める。この計画が完結する頃には、人類は限りなく我々に近い生物となり、1000年ののちには我々と見分けもつかなくなるだろう。しかしそれは退化ではない。彼らの価値観にはまだない幸せの形を、共生と思考のユートピアを、我々の慈悲によって彼らにも与えるのだ。今に人類は我々を「ボーっしていて何も考えていない生き物」とは言わなくなる。ひっくり返ってジタバタしていても笑わずに尊敬と憧れの眼差しをもって手を貸すようになるだろう。

ああ諸君よ。我々の時代はもうすぐそこまで来ているのだ。』

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