映画監督オススメリスト―欧州映画版

 映画はフランスから生まれた。1895年にリュミエール兄弟がシネマトグラフ(映像を撮影できるカメラとスクリーンに映し出す映写機を兼ね備えた機械のこと)を開発したのが始まりである。一方、ほぼ同じ時期にアメリカでトーマス・エジソンも撮影機械(キネトグラフ)と映写機(キネトスコープ)を開発した。しかしエジソンの場合、撮影した映像はスコープの穴をのぞき込む形で見るのに対し、リュミエール兄弟が開発したシネマトグラフは撮影した映像をスクリーンにそのまま映し出すという現在の映画とほぼ同じ映写システムだったことから、映画を発明したのは一般的にリュミエール兄弟であるとされる(だが、映画館で映画を見る人間が減り、代わりにDVDやスマホなどで映画を見る人間が増えたことから、映画の起源はエジソンのキネトスコープに置く映画研究者もいる。これをエジソン的回帰という。いずれにせよ、映画は19世紀末に生まれたことは覚えておく必要がある)。
 フランスで初めて発明された映画はその後世界中に波及し、様々な国が独自の映像表現で映画を作り始める。下記では主にフランス、ドイツ、ロシア(あるいは旧ソ連)、そしてイタリアの映画監督をリストアップした。この四か国が映画史の中では特に重要な国々としてたびたび映画の教科書などで取り上げられる。フランスではシュルレアリスム運動と結びつき、下記には挙げなかったがフェルナン・レジェの『バレエ・メカニック』やジェルメーヌ・デュラック『貝殻と僧侶』などの前衛映画が生まれる。ドイツではドイツ表現主義と呼ばれるジャンルが開拓され、心理的恐怖や不安をパースが歪んだセットによって表現する『カリガリ博士』や明暗(光と影)の効果を利用した『吸血鬼ノスフェラトゥ』や『M』などが代表的な作品である(しかし1930年代になるとナチス政権が台頭し、人々に悪影響を与える退廃芸術と呼ばれ始め急速に衰退することになる)。一方、旧ソ連ではレフ・クレショフが認知心理学の実験として、編集で映像を複数に分割し、ショットの前後が変化することによって生じる意味や解釈の変化を研究した。後にクレショフ効果と呼ばれることとなるこの技法は映画がひとつの映像(つまりワンショット)だけで表現するジャンルから、複数の違う映像によって意味や物語を表現する芸術媒体になりうることを示唆した。その後エイゼンシュテインによって、全く意味が異なる二つのショットを連鎖させ第三の新しい意味を提示させるモンタージュ効果という技法が発明される。代表的な作品として『戦艦ポチョムキン』が挙げられる。しかしほぼ同時期にアメリカではD・W・グリフィスによって上記のようなモンタージュ効果ではなく、意味を排除し物語を自然にそして効率よく語るためにショットを連鎖させる技法が生まれる。両者を区別するために前者をエイゼンシュテイン・モンタージュ、後者をグリフィス・モンタージュと呼ばれることもある。その後の映画史を見れば、エイゼンシュテイのモンタージュ効果は一定の成果は収めたものの、映画製作としては一般化はされず、グリフィス流のモンタージュが支配的になる。
 そしてイタリアでは、第二次世界大戦後にネオレアリスモ運動が起こり、ドキュメンタリー的で即興的な演技を多用する映画が作られ始める。代表的な映画監督は、ロベルト・ロッセリーニ、ヴィットリオ・デ・シーカである。特にロッセリーニの映画はその後の映画に多大な影響を与え、フランスでは1950年代後半から巻き起こるヌーヴェルヴァーグ運動を生んだ。ヌーヴェルヴァーグとは、フランス語で新しい波という意味で、それまで常識だった映画製作を抜本的に変えた。屋外でのロケーション撮影、大胆な編集技法、同時録音、即興演出を多用した映画が作られ始める。代表的な映画監督にフランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダール、ジャック・リヴェットなど。しかし彼らに一番影響を与えたのはアメリカ映画であった。彼らは映画監督になる前は映画批評家として活躍しており、主にフランス映画を批判し、ハワード・ホークスやアルフレッド・ヒッチコックなどのハリウッド映画を擁護した。当時、ハリウッド映画は一部のエリート階層にとっては商業主義的且つ悪趣味なものと見られており、芸術とは認めなかった。だが、彼らにとってハワード・ホークスやアルフレッド・ヒッチコックこそ映画のみが実現できる表現を開拓した監督として、(やや反芸術であるというハリウッド映画に対する批判への対抗の意味を込めて)作家に値すると主張したのである。ゴダールの処女長編作『勝手にしやがれ』はハワード・ホークスの犯罪活劇をパロディにした作品であるし、トリュフォーはヒッチコックにインタビューした『映画術 ヒッチコック・トリュフォー』を出版した。この『映画術 ヒッチコック・トリュフォー』は映画とは何か、映画製作の基本が書かれており、現在も映画の教科書として広く世界中で読まれている。必読書である。
 話がやや脱線したが、以上の映画史の流れを大まかに理解したうえで映画を見ることで映画という芸術を深く理解することができる。
 追記:1920年代から1950年代頃まで活躍した主にドイツ(オーストリア)出身の映画監督の中では一部、アメリカで映画を撮る者もいる。理由は様々であるが、単にハリウッドの映画会社による誘いや、ナチス政権の台頭により自由な映画製作が困難になったことなどが挙げられる。代表的な人物として、F・W・ムルナウやフリッツ・ラングである。特にフリッツ・ラングのフィルモグラフィーの後半部分は主にアメリカで撮影した作品で占められており、ハリウッド映画監督として扱うこともできるが、あくまで出自はオーストリアであることと、ドイツ時代に数々の傑作を撮っていることから、ドイツ映画の巨匠として扱われるのが普通である。

1    F・W・ムルナウ(『サンライズ』『吸血鬼ノスフェラトゥ』『タブウ』)
2    フリッツ・ラング(『ドクトル・マブゼ』『メトロポリス』『死刑執行人もまた死す』)
3    エルンスト・ルビッチ(『ニノチカ』『結婚哲学』『生きるべきか死ぬべきか』)
4    レニ・リーフェンシュタール(『信念の勝利』『意志の勝利』『オリンピア』)
5    カール・グルーネ(『蠱惑の町』)
6    マルセル・カルネ(『天井桟敷の人々』『』)
7    カール・テオドア・ドライヤー(『サタンの書の数頁』『裁かるるジャンヌ』『ゲアトルーズ』)
8    ジャン・ルノワール(『素晴らしき放浪者』『ピクニック』『ゲームの規則』)
9    ジャン・エプスタイン(『アッシャー家の人々』)
10    サッシャ・ギトリ(『夢を見ましょう』『デジレ』『カドリーユ』)
11    ゲオルク・ヴィルヘルム・パプスト(『パンドラの箱』)
12    ルイス・ブニュエル(『アンダルシアの犬』『忘れられた人々』『昼顔』)
13    ロバート・フラハティ(『極北のナヌーク』『モアナ』)
14    レフ・クレショフ(『ボリシェヴィキの国におけるウェスト氏の異常な冒険』)
15    ジガ・ヴェルトフ(『カメラを持った男』)
16    セルゲイ・エイゼンシュテイン(『戦艦ポチョムキン』『十月』『イワン雷帝』)
17    ボリス・バルネット(『帽子箱を持った少女』『国境の町』『青い青い海』)
18    ロベルト・ロッセリーニ(『ドイツ零年』『イタリア旅行』『ロベレ将軍』)
19    ロベール・ブレッソン(『スリ』『ジャンヌ・ダルク裁判』『やさしい女』)
20    ジャック・タチ(『ぼくの伯父さんの休暇』『ぼくの伯父さん』『プレイタイム』)
21    ルネ・クレマン(『禁じられた遊び』『太陽がいっぱい』)
22    ジャック・ベッケル(『現金に手を出すな』『モンパルナスの灯』『穴』)
23    クロード・シャブロル(『いとこ同志』『肉屋』『主婦マリーがしたこと』)
24    フランソワ・トリュフォー(『大人は判ってくれない』『アントワーヌとコレット/二十歳の恋』『トリュフォーの思春期』)
25    ジャン・リュック・ゴダール(『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』『ウィークエンド』)
26    ルイ・マル(『死刑台のエレベーター』『地下鉄のザジ』)
27    アラン・レネ(『夜と霧』『二十四時間の情事』『去年マリエンバートで』)
28    ジャック・リヴェット(『北の橋』『修道女』『恋ごころ』)
29    エリック・ロメール(『獅子座』『O侯爵夫人』『緑の光線』)
30    ジャン・ユスターシュ(『サンタクロースの眼は青い』『ママと娼婦』『ぼくの小さな恋人たち』)
31    ストローブ=ユイレ(『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』『歴史の授業』『アメリカ』)
32    ルキノ・ヴィスコンティ(『山猫』『ベニスに死す』『ルートヴィヒ』)
33    マルコ・ベロッキオ(『ポケットの中の握り拳』『肉体の悪魔』)
34    レオス・カラックス(『ボーイ・ミーツ・ガール』『ポンヌフの恋人』『ポーラX』)
35    ベルナルド・ベルトルッチ(『殺し』『暗殺のオペラ』『革命前夜』)
36    ミケランジェロ・アントニオーニ(『欲望』『赤い砂漠』)
37    セルジオ・レオーネ(『続夕陽のガンマン』『ウェスタン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』)
38    ヴィム・ヴェンダース(『さすらい』『ことの次第』『パリ、テキサス』)
39    マノエル・ド・オリヴェイラ(『春の劇』『神曲』『アブラハム渓谷』)
40    ヴィクトル・エリセ(『ミツバチのささやき』『エル・スール』)
41    アレクセイ・ゲルマン(『戦争のない20日間』『フルスタリョフ、車を!』『神々のたそがれ』)
42    ヴィターリー・カネフスキー(『動くな、死ね、甦れ!』『ひとりで生きる』)
43    アレクサンドル・ソクーロフ(『エルミタージュ幻想』『ファウスト』『太陽』)
44    テオ・アンゲロプロス(『旅芸人の記録』『アレクサンダー大王』『霧の中の風景』)
45    グザヴィエ・ドラン(『マミー』『トム・アット・ザ・ファーム』)
46    ダルデンヌ兄弟(『息子のまなざし』『ある子供』『少年と自転車』)
47    ペドロ・コスタ(『ヴァンダの部屋』)
48    ミゲル・ゴメス(『熱波』)