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今年寄稿した文章


 今年、下記のサイト様に二つの文章を寄稿しました。
・net stones様 『アニメにおける素材の美学概論』

・週末批評様 『素材の手触り──新海誠作品の唯物論的構造分析』

 アニメの画面の肌触りというかその触覚体験を記述しただけで、それ自体主観的な体験に過ぎず客観性とは程遠いわけだが、現に映っている物体を明らかにしてその存在が作品全体に波及させる意味内容だったりあるいはその変容過程そのものだったりを唯物論的に掬い上げればある程度の説得性は出るだろうと思った。
 セルや背景美術という物体(オブジェクト)は所詮虚構に過ぎないとしても、瞳の網膜を刺激する実在感がある。一つの画面、あるいはその連鎖の中でその物体はそのほかの物体同士関係を構築し物語という風土を築き上げフィクションを提示する。その関係を紐解くだけでは単なる作品の解体作業に過ぎないので、紐解いたあとで初めて見えてきた素材が作品の物語構造の中でどのように輝いているのかの言語化を一応志向しているつもりである。
 一旦フィクションは捨象して見えた(あるいは見えてしまった)ものを掬い上げそれ自体に価値を見出すこと。例えば、アニメにおいて風は存在しないフィクションそのものである。アニメの画面には統御された絵しか映っておらず、大気の状態など映りようがないし、自然界の事象や法則から隔離された平面空間が広がっているのみである。では画面には何が映っているのか。なびきという動きである。ここにプロセスの逆転現象がある。風が吹いているからなびきがあると思うのは視線の抑圧が働いている。そうではなくなびきがあるから風が吹いていると感じるのである。この抑圧に自覚しつつアニメを見ること。そうすることで初めてアニメに触れたと思うのである。
 そんなことを思いつつ書いた文章が先の二つである。


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