廃墟で本当に怖いのは人間
実家の近くにある旅館の館主が数年前亡くなったらしい。
とはいえ自分の実家は田舎の老人が集まる、よく限界集落にならなかったと感心するようなところなので、正直老人が亡くなるという話は珍しいことではない。
しかしそれでも自分が驚いているのはその旅館の特異性で、なんというか生きた昭和バブルの頃の旅館そのものだったのだ。
通常、そのような旅館は廃業をしたり、あるいはうまくいけば建て替えたり、なんらかの時間的作用が働きもう残っていないものだが、そこには確かに「昭和」があった。
現代とは残酷なもので、その生きた昭和旅館は容赦ない客により「クチコミ」という言葉のナイフを投げられ「レビュー」という形になり半永久的に残り続ける。
その形は「車中泊してしまいました。内装が酷すぎる。カビにゴキブリ。」「逆におすすめ」「ホラーを感じたいならぜひ」など、旅館にとっては不本意であろう付加価値がある意味つけられたものとなっていた。
これは自分の推測だが、おそらくほぼこの旅館を自分の寝床にしていたのだろう。年金で自分で暮らす分には問題がないが、大きな改装は見込めない。客がいないのだから。
田舎の電気屋や駄菓子屋が潰れない理由と同じだ。そもそも稼ぐ必要がないのだ。生きているついでに臨時収入を得ることができればいいのだ。
しかし突然その訃報はやってくる。
オーナーが旅館で亡くなっていたのだ。
病死だったらしい。詳しい経緯はわかっていない、なんせ、自分も3年後に聞かされた話だ。
問題はここからで、その旅館は当然ながら営業を廃止することとなった。実質廃墟化したのだ。
よく旅館を注視すると窓が一つ割られていて、中に侵入できるようになっている。
どう肯定的に捉えても侵入した形跡だろう。その隣の窓にはこんな張り紙があった。
「建物に侵入するのは犯罪です。絶対にやめてください。最近、ネットではこの場所が心霊スポットとして取り上げられていますが、とても迷惑です。」
ある意味ここは心霊スポットだろう。怖い場所だ。しかしそれは、そこの館主が亡くなった事故物件だからという理由ではない。人間の好奇心という度がすぎた怨霊が跋扈しうるその状況を作り出す場所、引いてはその人間たちが恐ろしいのだ。
少なくとも事故物件に不法侵入、それも夜中にするような人間はまともではない。そのような人間が安易に出入りする場所ができてしまったというだけでも、自分は恐怖を覚える。
早く建て壊される日が来ることを切に願うが、やはり建築物はよほど限界が来ないと建て壊しは難しそうだ。