見出し画像

第六話 一人称が迷子になる

to: 氷見明煇(ひみひろき)
from: 鈴木深鈴(すずきみすず)
subject:
― ― ― ― ―
おはよう(^-^)/
今日、大学に来る?
ちょっと遊びに行きたいなあと思って


to: 鈴木深鈴
from: 氷見明煇
subject: RE
― ― ― ― ―
おはよう(^o^)/
今日は前話した、白河(しらかわ)先生に呼ばれていてちょうど行く予定だったから問題なく、遊びに行けるよ。
多分、14:00くらいには終わると思うけど、深鈴は何時くらいから空く?

to: 氷見明煇
from: 鈴木深鈴
subject: RE
― ― ― ― ―
わーいV(^_^)V
じゃあ、14:15くらいにバス停前に集合で、久しぶりにカラオケに行きたいなあ(^_^)

to: 鈴木深鈴
from: 氷見明煇
subject: RE
― ― ― ― ―
今日は元気そうだね(笑)
何か良いことあったの?
とりあえず、時間は了解した。

to: 氷見明煇
from: 鈴木深鈴
subject: RE
― ― ― ― ―
良いこと?
うん、あった(^_^)
今日明煇とデートに行けること


to: 鈴木深鈴
from: 氷見明煇
subject: RE
― ― ― ― ―
それは良かった。
それじゃあ、その期待に応えられるようにしておくわ。
それじゃあ、また後で。


機嫌が良い深鈴は相当にかわいらしい振る舞いをする。いつでも同じような態度をしてくれたら嬉しいのだが。
そんなことを思いながらバス停に着く。構内を歩いていると、留学生とさっきまで会話していた男が俺に話しかけてきた。
「うっす! 氷見!」
「やあ、大河内(おおこうち)か。久しぶり。元気にしていたか?」
「ああ、まあとはいえ、今忙しいとこなんだよね。」
「そういえば、もうすぐロシアに行くんだったんだね。」
「ああ、しばらくいないけど、よろしく。」
「まあ、1年間だから、来年には会えるでしょ。それに、野上(のがみ)も行くから、野上の行った期間は久しぶりに日本の知人と話せるわけだし。」
「まあなあ。」
「相変わらず、反応が薄いやつだなあ。」
「そういうなよ。ロシアで口を開けてしゃべったら肺が凍るぞ。」
「いやいや、それイルクーツクとかでしょ?お前が行くのはモスクワだからそこまでじゃないはずだ。」
「予防さw」
「まあ、感想を楽しみにしているよ。」
「ああ、ところでだけど、氷見はどうして大学に来たんだ?集中とかもないのに。」
「ああ、白河さんに呼ばれたんだ。」
「そっか、白河さんのお気に入りだからなあ、お前は。」
「野上と同じこと言うなよ。」
「いや、その話を野上から聞いていたんだ。この前、たまたま会って飲みに行ってね。」
「通りで、テンプレかと思うほど、第1話を思い出させるような友人との遭遇場面になるわけか。」
「そういうメタ的な発言は良くないぞ。」
「はて、何のことか(笑)とにかく、留学ファイト!」
「おう!またなあ。」

大河内恭介(おおこうちきょうすけ)は、野上と俺と同じ文学部に所属する日本語教育を専門とする学生だ。ちなみに、この3人でつるんでいることが多いのが特徴と言える。彼は彫りが深く、適度に筋肉のある均整のとれた身体付きで、顔が濃い人が好きなら間違いなくど真中となるような見た目ナイスガイのやつだ。しかも、頭の回転の仕方が独特で、その鋭敏さという点では3人の中でも突出している。ただ一方でお堅い感じも1番なので、ある意味クラス会議の議長にはうってつけだったのかもしれない。そんな大河内は1年間モスクワに行き、ロシアでの日本語教育の実態を実際に教壇に立つ中で学びに行くのである。
あいつもなかなか面白いやつだから、たまに話をしたいのだが、1年間はお預けか。
白河さんの研究室に着いた。

コンコン
「失礼します。」
ガチャ
「あれ、空いていない?」
よく見ると、中は暗く明かりが点いていない。
「なるほど、まだ会議が終わっていないと見えるなあ。」


to: 白河直子(しらかわなおこ)
from: 氷見明煇
subject: 資格制度について
― ― ― ― ―
白河先生

いつもお世話になっております、文学部3年の氷見です。
本日は、件名にありますように、資格制度に関する資料が完成しましたのでお送りします。
何か、気になる点や追記が必要な部分などがありましたら、ご連絡ください。
氷見明煇

to: 氷見明煇
from: 白河直子
subject: RE 資格制度について
― ― ― ― ―
氷見 明煇 様
メール拝受。
資格制度の資料確認いたしました。
内容は申し分ないです。
ところで、資格制度について案内を学生向けに配布することになったのですが、学生の意見を聞きたいと会議で上がりました。
そこで、氷見さんに見て欲しいのですが、研究室に来ることはできますか。
9月の第1・2週であれば会議の時間以外は用事はないので時間は割けると思います。
白河直子


to: 白河直子
from: 氷見明煇
subject: RE 資格制度について
― ― ― ― ―
白河先生

返信ありがとうございます。
研究室への訪問は火曜日の12時以降であればいつでも伺うことができます。
先生のご都合はいかがでしょうか。
氷見明煇

to: 氷見明煇
from: 白河直子
subject: RE 資格制度について
― ― ― ― ―
氷見 明煇 様

メール拝読。
火曜日は12:50まで会議なので、13時からにしましょう。
それでは火曜日にお待ちしています。
白河直子

このようなメールのやり取りをしていたで、先の推測が成り立つわけである。
「まあ、掛かっても30分くらいだろうし、問題はないだろう。」

そんなことを考えていると、遠くから声が聞こえた。
「ああ、ごめんなさい。今、開けますね。」
紙袋を手に持ち、サングラスを頭に乗せた白河さんがこちらに向かって歩いてきた。
ガチャ
キュー、パタン
ドサッ
キュッキュッ

「はい、これが案内です。」
「ありがとうございます。」
「少し目を通してください。」
まだ草稿段階と見えるが完成形が分かるようなものだった。後は配置や細かい表現というレベルであった。読み終わり、少し息を吐くと白河さんはすかさずに聞いてきた。
「どうでした?」
「はい、とてもわかりやすくて良いと思います。ただ、もう少し簡単に取れるというか、文学部の学生なら少し授業を増やせば良いということを強調すると良いと思います。そうすれば自分も取ろうと思う学生が増えるでしょう。」
「なるほど。それは確かに大事な指摘と言えますね。その他に気になることとかはありますか?」
「あとは特にないですね。むしろ、視覚的に分かりやすいので、誤解は生じにくいと思います。」
「後は、あなたの作ってくださった資料を参考に、いかに学生にアピールするかという問題だったのですが、答えはもう出ていますね。」
「そのようですね。他大学に比べて学部内の授業で取れるという点はやはり強いと言えるでしょう。」
「確かに、そのようですね。氷見くん、あなたに頼んで良かったと思っています。とても参考になりました。良かったらこれをどうぞ。」
白河さんはバナナをくれた。
「これは?どうしたんですか。」
「ああ、これは知り合いからのもらいものだったのですが、あまりにも多くてこうして配っているんです。」
「そうですか、ありがたくいただきます。それでは失礼します。」
「はい、また何かあったときにはよろしくお願いします。」
「バナナを入れた袋を持って帰ることになるとはなあ。」
とはいえ、あまり油断もしていられない。深鈴との約束の時間まで後、15分だが、早めに待つのが男子の鉄則と考えると、ギリギリと言える。
「少し駆け足で行くか。」
まだ暑さが残っている分、走るのは厳しいが、選択肢はない。
辛さを感じながら、慌ててかけて行った。
ハア、少し汗ばんでしまったが、まだ深鈴は来ていなかった。
「良かったあ。」
安堵した束の間、すぐに声をかけられた。
「お疲れ。どうしたの、そんなに汗かいて?タオル貸そうか?」
深鈴が現れた。どうやら、日陰で涼んでいたようだ。ということは遅刻なのは確定だったわけか。
「いや、早めに来ようと思ってかけてきたんだ。だけど、残念、先に越されてしまったね。」
「良いよ。サークルが13時半までだったからむしろかなり余裕があったし。」
「そうなんだ。じゃあ、とりあえずバスに乗りますか。」
ピピッピピッ
シュッガタン
コンコンコンコ
バスの最後尾に座り、お互いの近況を話した。とはいえ、メールで確認していたから、むしろ知らないことを聞くというよりは、詳しく聞くに近かったわけだ。
「そういえば、新作のタイヤキはどうなったの?」
「ああ、あの焼きづらいやつね。まあ何とかなっているよ。私は良いんだけど、後輩君とかがまだ身についていないんだよね。」
「そうなんだ。さすが、深鈴だね。ベテランさんだ(笑)」
「店長には負けるよ。それにまだまだ上達できると思う。」
「そっか。あっ、駅に着いたね、降りよう。」
駅に到着し、駅近くのカラオケ店に着いた。
「何歌う?」
「そうだなあ、これで!」
深鈴はいきなり初見だと読み方が難しいボーカロイドの最もメジャーな曲を入れたので、対抗してイケメンアイドルがたくさんでるアニメの曲を入れた。
そんな感じで、カオスな出だしをし、その後もカオスな曲で盛り上がった。

2時間後
「はあ、楽しかった。また来ようね。」
「良いよ。そうだ、ご飯食べに行こ かない。」
「うん、行く。」
ということで場所を変えて、原野の森(はらののもり)で降りた。原野の森は、大型ショッピングモールがあることで有名で飲食店もかなりあり、夕食にはもってこいと言える。ちなみに、高校がそばにあるため、いかがわしい店もなく、ある意味健全なカップルにはオススメと言える。
ということで、今日はチェーンのパスタ屋に行った。
「メニューは決まった?」
「一応、決めたよ。」
「カルボナーラかな?」
「当たり! よく分かったね。」
「すみません!」
「はい、承ります。」
「カルボナーラとトマトのクリームソースパスタで。」
「畏まりました。カルボナーラとトマトのクリームソースパスタですね。お飲み物はどうなさいますか。」
「お水で。」
「畏まりました。それではメニューを下げさせていただきます。」
ウェイターさんが下がった。

「ねぇねぇ、あのウェイターさん、カッコ良くなかった?」
「俺よりも?」
「そんなことないけど。ねぇ、一般論として…」
「いや、分かってるよ。わざとだよ。もう、よしよし。」
言葉に合わせて軽く頭を撫でたら少し喜んでくれた。

「悪いと思って言っていなかったんだけど。」
「何?」
「先輩に告白されたのを断ったんだ。」
「サークルの先輩?」
「うん、今は彼氏がいるのでって断った。」
「そっか。ありがとう。」
「でも、悩んじゃったんだ。先輩はかっこいいし、尊敬しているし。それに、明煇との関係も微妙だったし。」
「うん、悪かったね。」
再び、頭を撫でた。
「これからは気をつけるよ。深鈴の理想の彼氏になれるように。」
「うっ、うん。」
どこかためらいがちなようにも見えたが、あまり詮索しても追い詰めてしまうだけなので、今日はやめておこう。
その後来た料理は美味しかった。お互い、交換して楽しんだ。
その後、彼女と近くの公園に行った。とはいえ、ただの広い空間に近い場所だが。しかしながら、案外景色は良いところではある。
「展望台に行く?」
「うん。」
展望台と言っても少し小高い丘の見晴らしの良いところではあるが、なかなか良い場所ではある。
「あれ、自転車が止まってるね。」
「なんでだろう?」
あまりに気にせずに階段を登り始めると、深鈴が急に足を止めて、強く引っ張った。あまりにも急なので、何かあったと思い、小声で聞いた。
「どうした?」
「良いからこっち。」
深鈴に連れられて階段から少し離れたベンチに腰掛けた。
「見えなかった?」
「えっ、何が?」
「見えなかったら良い。」
塞ぎ込んでしまったのが心配だったので、追求した。
「何が見えた?」
「高校生のカップルらしき人がいて… 男の子が下に寝転んでいて…女の子が上に跨って見つめ合っていた。」
「えっ?」
あまりにも驚いたが、どうやら少しハレンチな行為をした高校生がいたらしい。それを見て動揺してしまったようだ。
「落ち着いて。」
「だって…」
「どうしたの?」
「だって、もし自分たちがあちらだったら見られたらとても嫌でしょ。それを思うと…」
「いや、確かに、嫌だけど、見えるような場所で度を過ぎだことをしてはいけないでしょ?」
「そうだけど。そうなんだけど、やっぱり…」
なんとなく気持ちはわかるが、深鈴は気にしすぎな気がした。そこでゆっくり後ろから抱きしめて、落ち着くまでその姿勢でいた。ラッキーなことにその高校生カップルたちに気づかれていなかったようだし、さらに他のカップルもこなかったので、落ち着くまでの時間をしっかり取ることができた。
「大丈夫?」
「ありがとう。」
「お礼だよ。」
そう言うと、深鈴は口づけをしてきた。
「もう少しムードを盛り上げられたら良かったんだけど、まあ落ち着いてくれて良かった。」
「ごめん。やっぱり、私が悪いよね。急に発作を起こしちゃったわけだし。」
「気にしなくて良いよ。それに深鈴は悪くない。」
「だって、だって、明煇が楽しそうじゃないと嫌だ。」
「よしよし、でも、楽しむ雰囲気じゃないでしょ?」
「そうだとしても。………私じゃ、満足できないんでしょ?」
「そんなことないよ。」
「だって、最近冷たいもん。どうして冷たいの…?」
発作がぶり返してしまった。こうなると、深鈴は止まらない。最悪な事態だ。
「ごめん。ごめん。」
「ねぇ、私が一番大事?」
「大事だよ。」
「じゃあ、なんであんまり構ってくれないの?」
「だって、この前それで怒ったじゃん。」
「この前はこの前。そんなこと、忘れた! 今は構って欲しいの!なんで先輩は構ってくれるのに、明煇は構ってくれないの。この前だって、本当はバイトじゃなくて、先輩たちと遊びに行ったんだ。」
「それは聞き捨てならない。なんで嘘ついた。」
「聞くかと思って、興味持つかと思って。」
「悪かった、ごめん。これからは気をつける。」
「うん、ごめん、急に怒ってしまって。」
せっかく上手く行っていたのにという気持ちでお互いがお互いに対して悪いと思ってしまっていた。
お互いがお互いの距離を取りすぎているのかもしれない。近くて遠い、そんな距離感に悩まされていたのであった。まさにハリネズミのジレンマなのだ。
そんな後悔をしながら、口数少なく、歩いて行った。
「バイバイ、またね…」
「バイバイ。」

家に着くまでもずっと考えていた。なぜこんな風になってしまったのかと。彼女が多忙になりはじめて話す回数が減ってきたのもあるかもしれない。だからこそ、一層一回一回の会話が大切だったのかもしれない。しかし、彼女の期待には応えられなかった。それにこれからも応えられるのだろうか。もっと積極的に近づいた方が良いのか、それとも消極的に離れた方が良いのか。距離感と対応の仕方がわからない。わかるべきなのか。無理に合わせ過ぎているのか。いや、合わせるように努力しているのは彼女の方か。どうしたら良いのだろうか。
そんなことを思いながら帰宅すると、メールが来ていたことにきづいた。

to: 氷見明煇
from: 斑鳩光里(いかるがひかり)
subject:
― ― ― ― ―
こんばんは、今時間ある?
ちょっと、話をしたいんだ

to: 斑鳩光里
from: 氷見明煇
subject: RE
― ― ― ― ―
大丈夫だよ。


ブーブー
返信から数十秒後、携帯が震えだした。
「もしもし。」
「もしもし。」
「どうかしたの?」
「大したことじゃないんだけど、ちょっと今日は疲れちゃってメール打つよりも早いかなと思って。」
「そうなんだ。ちょっとビックリした(笑)」
「ごめん、迷惑だった?」
「そんなことないよ。俺もちょっと疲れてたからむしろ、電話の方が楽かな。」
「それなら良かった。ちょっと相談なんだ。」
急にトーンが下がった。
「何について?」
「彼氏の話なんだけど。」
「うん。」
「彼が別の女の子の相談に乗っているんだ。」
「それがどうしたの?」
「相談に乗っているだけなら良いんだけど、ちょっと気があるのかなと思って。」
「なんでそう思うの?」
「ちょっとそのことについて聞いたんだけど、なんか隠し事があるような雰囲気があって。」
「それで。」
「だから、さらに聞いたら、関係ないじゃんみたいなこと言われて、ちょっとカッとなって怒っちゃったんだ。」
「うん。」
「私も悪かったと思うんだけど、なんではぐらかしたか気になって。」
「どうなんだろうね。とはいえ、可能性はゼロではないかな。」
「やっぱり! 浮気心があるよね?」
「ないとは言えないけど、完全には肯定できないかな。他には何かあった?」
「直接関係はないけど、ちょっと前に彼とデートしたんだ。」
「うん。」
「そのとき、雨が降っていて。『雨だね…』って言って、いきなり暗い感じになっちゃったんだ。しかも、その後ご飯食べているときに、彼の友だちがたまたまそのレストランに居て、ちょっと絡まれて。」
「雨は浄化してくれるから、わだかまりを取ってくれるって肯定的に捉えたら良かったんじゃないかな?」
「えっ、そうなの。さっきに知っておきたかったなあ。」
「雨もそうなんだけど、ちょっとネガティヴに捉えがちな部分があるかなとは思う。」
「うん。」
「相手のことはよく分からないけど、まあちょっとネガティヴすぎは良くないかな。」
「そうだね。気をつけてみる。」
「それが良いかな。」
「そういえば、関係ないけど、白石(しらいし)くん、どう思う?」
「良いんじゃない。ちゃんと先輩・後輩関係を大切にしているし、仕事もそれなりにできていて。最近入った子の中では優秀かな。」
「やっぱり。そうだよね。他の子が残念だったから良いかなと思って。それに松野(まつの)がうざくて。」
「ああ、彼女か。いつも話しているじゃん。」
「失礼なこと、すぐに言うんだよね。」
「そうなんだ。」
「そういう人、あんまり合わないんだよね。」
「そっか。まあ、適度に距離を取れば良いんじゃない。」
「そうだねww」
その後もバイト先の話などで、盛り上がり、気づいたときには次の日になっていた。
「ファ〜〜 もう、2時だね。」
「ちょっと話すぎたね。」
「スッキリした。時間を割いてくれてありがとう。」
「こちらこそ、楽しかったよ。」
「それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」

プツップープープーピッ
「さあ、寝るか。」
ふと、携帯の画面を見ると、メールが来ていたことに気づいた。しかもよく見たら22時ごろに来ていたようだ。


to: 氷見明煇
from: 鈴木深鈴
subject:
― ― ― ― ―
今日はごめん…
甘えすぎだよね…
もう少し、気をつけるね


「もう、遅いから返信は悪いなあ。また、明日返信しよう。」
夜更かしをしたため、頭が少し痛いなあと思いながら、時計を見ると、すでに8時だった。特に用事もなかったので、良いのだが。
携帯を見てみると、メールが来ていた。


to: 氷見明煇
from: 鈴木深鈴
subject:
― ― ― ― ―
ごめん…
そんなに怒らせちゃった…
ごめん…

メールを見て、まずい状況になっていることに気づいた。慌てて、メールした。

to: 鈴木深鈴
from: 氷見明煇
subject: RE
― ― ― ― ―
ごめん、返信遅くなった。
昨日は最近のバイトの疲れもあって、帰宅後すぐに寝てしまったんだ。
それで、さっき目を覚まして、メールに気づいたんだ。
心配させてごめん。
昨日のことはお互いさまだから、気にしなくて良い。


嘘があるが、他の人と電話していたことを言ってしまっては取り返しがつかないことは明白だった。だからこそ、方便だと思ってついたのだ。
とはいえ、時間から考えると、深鈴はバイトに行ってしまっているから、すぐには返事はこない。
そんなことを思いながら、家でのんびり本を読んでいた。しかしながら、携帯が鳴らない。休憩時間になれば確認してメールが来ると思ったが来ない。とはいえ、この前は心配になりすぎて、連続でメールしたらどうやらサークルの人と遊びに行っていたらしく、強い反感を買ってしまったから慌てないでおこう。それからものんびり読書をしていた。そうのんびりと、数時間も経つのに全くページが進まない。鳴らない携帯が気になってしょうがない。休憩時間に返信がなければ早くても19時くらいまではメールが来ないことは分かっている。それなのに、気になってしょうがない。
「はあ。走ってくるか。」
気晴らしに外に出ることにした。

外は晴天という言葉が似つかわしいほど晴れていた。なんだかんだで、もう9月の第1週目が終わり、夏休みの終わりまで後少しとなっていた。そういえば、公園の木々が少しずつ色づき始めいたことに気づいた。例の庭園エリアを小走りで抜けていると、これまたやはりというか老人たちが花を愛でていた。そんな風に、公園内をなんとなく楽しんで帰宅すると、もう随分遅くなっていた。とはいえ、汗をかいたのでシャワーを浴びることにした。シャワーから出て携帯を見ると、メールが来ていた。
「返信か。良かった。」
安堵して、内容を見た。

to: 氷見明煇
from: 図書館通信
subject: 中央図書館夏休みミニセミナー
― ― ― ― ―
夏休みだからこそ、色々なことを学びたいと思うことはありませんか。特に、夏休みは自分の専門分野ではないものについても見識を深めるチャンスです。そこで、図書館では9月の中旬〜下旬に毎日夏休みミニセミナーと題して、大学院生たちによる研究に関するプレゼンを聴く会を催したいと思っています。興味がある人は以下の案内を参考に、ぜひ参加してください。
夏休みミニセミナー
期間: 9月20日〜30日
時間:14:00〜16:00
場所:中央図書館大会議室
日程と講義担当大学院生の所属
20日〜23日 人文社会科学研究科
24日〜26日 理学研究科
27日〜29日 工学研究科
30日 教育研究科
また、医学図書館でも同様の企画を17日〜19日の同時間に行っています。医学研究科の講義を聴きたい方はそちらにも参加するようにしてください。

ーーー
中央図書館通信
メールサービス


「なんだ。これか。知ってるよ…」
それからまたカタツムリの歩みよりもゆっくりと、しかもその粘液よりもしつこくまとわりつくように時間が流れていた。いや、時間が詰まりに詰まっていた。
「こんなにゆっくりに感じたのは大学入試の合格発表の日以来だろうか。ハア〜〜。」
そんな嘆息混じりな不安を抱きながらただテレビを自室でぼーと見ていると、いつの間にか部屋の中央にある小さなテーブルに突っ伏して眠っていた。携帯を徐に見てみると、その明かりでメールが来ていることに気づいた。すぐに携帯をとり見てみると、メールが来ていた。

to: 氷見明煇
from: 鈴木深鈴
subject: RE
― ― ― ― ―
そうだったんだね
安心した
ちょっと心配になったけど、先輩に相談したら大丈夫って言われたし、とても落ち着いていた
やっぱり先輩も大好きだなあ
もちろん、明煇も大好きだけど、甲乙付けがたいほど2人が素敵すぎるよ


ちょっとしゃくにさわる部分もあったが落ち着いたなら良かったと安堵して、簡単に返事をしてベッド眠った。
それから数週間は何事も起こらなかった。深鈴との関係も悪化しなかったし、バイト先では斑鳩さんに約束した小論文の資料を渡したし、バイトもいつも通りしていた。まさに、いつも通りであった。そのため、アッという間に夏休みが終わりそうになっていた。

そんなある日急にメールがきた。
「名前がない。誰かアドレスを変えたのかな?」
ただ一瞬流れたアドレスは英単語であることはすぐに気づいた。つまり、メールアドレスで文章を作っているタイプの人であることが分かる。昔ならばいさ知らず、大学生にもなると意味を込めたアドレスにしている人が多く、このときも誰かがアドレスを変えたということを認識したに過ぎなかった、メールを開くまでは。そう、初めてメールアドレスの変更に対してこれほど心理的に揺れ動かされたことはなかったが、今回はあまりにも一行目からあまりにもショックでほとんどメールの内容が頭に入らなかった。

to: 氷見明煇
from:a.bell.wants.to.be.free.from.everything@###web.tomobank.jp
subject: メールアドレスを変えました
― ― ― ― ―
事情によりアドレス帳を全消去し、メールアドレスも変更しました
そのため、アドレスが1件もないので返信の際にはアドレスなどを合わせて送ってもらえると助かります。

鈴木深鈴
理工学部3年次
劇団向日葵副座長
phone:0701-#123-1845
mail:a.bell.wants.to.be.free.from.everything@###web.tomobank.jp

件名を見て衝撃を受けた。付き合っているはずの彼女から急にアドレスの変更とアドレス帳を消したことが知らされた。誰かから聞いた話だが、アドレス帳を消すのはマナー違反な場合が多く、それが特に懇意にしている人やお世話になった人に対してはしてはいけないことである。理由は簡単で相手との関係を切断しているのと同じであり、言わば身勝手の典型とされるもので、20歳を超えている大人はしてはいけないことと言える。それをしてきたのだから、彼氏としては衝撃であるがそれ以上にアドレスの変更である。元のアドレスはi.need.blightness.to.live@であったことから俺の名前を冠していると言って良いし、実際そうだと昔言っていた。それを勝手に変えた上に、英文の内容は自由が欲しいと言っているのだから何が言いたいかはもう単純なはずだ。だが、こんな別れの伝え方はないだろう。別れ話をメールでするなんて最低と言われるご時世に。憤慨せずにはいられなかった。そのため、何も見ずに返信をしてしまった。

to: 鈴木深鈴
from:氷見明煇
subject:REメールアドレスを変えました
― ― ― ― ―
君の気持ちは理解したよ。
いやもともと分かっていたけど、幾ら何でも酷いやり方だね。


そんな酷い言葉を投げかけたが、もうどうでも良くなっていた。すると、返信が来た。


to: 氷見明煇
from:鈴木深鈴
subject: REメールアドレスを変えました
― ― ― ― ―
君はやっぱり身勝手なことを言うね。
まあ、誰かは理解したから良いんだけど。


なお、腹ただしくなったから思わず、電話した。
「はい、もしもし。」
「どういう意味?」
「何が?」
「身勝手とか。そもそも、どっちが身勝手だよ。」
「ちゃんとメール見てないでしょ?」
「えっ。」
「アドレスを送って書いてあったでしょ?」
「そうなのか。ごめん、見落としていた。」
「最初、誰からのメールかわからなかったけど、内容で誰か分かったよ。」
「ごめん。」
「ところで、今外に出られる?今、北九重(きたここのえ)の近くの土手にいるんだ。話したいことがあって。」
「あっ、大丈夫だよ。今行く。」

慌てて準備して向かった。
ただ一方でなぜ呼ばれたかがあまり分かっていないのが少し問題だったが、あまり気にせずに向かった。

「お待たせ。」
「いや、こちらこそいきなり呼んで悪かったね。」
「良いよ。ところで要件は。」
「…うん。ちょっと話しづらいことだから少し待って。」
「うん? わかった。」

少しといったがかなり待たされたように感じた。実際夕焼け空だったが、既に夜の帳が下りていた。
「うん… ごめん。」
「何?」
「別れ話をしたくて。」
「何で?どこがダメだった?」
「うん、君は悪くないよ。私が悪いんだ。それにやっぱり先輩の方が好きだって思えちゃったのもある。」
「いや、俺が悪いと思う。」
「ううん、君は優秀だよ。私がふさわしくないだけ。」
「ごめん。それなら別れる理由にならないから厳しく突き放して欲しい。」
「うん、わかった。」

一瞬の静寂が訪れた。

「あなたより先輩の方が好きなりました。だから、あなたとこれ以上お付き合いできません。」

「うん。」

「あたしのために、別れてください。」
「分かった、良いよ。君を満足させられなかった僕が悪い…」

風の前に1筋の明かりが消え去った。
一人称を失った瞬間だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?