第三話 伏線は張って、フラグは立てるもの
to: 氷見明煇(ひみひろき)
from:斑鳩光里(いかるがひかり)
subject:
― ― ― ― ―
今日は相手をしてくれてありがとう。
とても楽しかった(^_^)
まさか、こんなに面白い人だとは思わなかったww
また、機会があれば、お話をしましょう(^o^)/
to: 斑鳩光里
from:氷見明煇
subject: re:
― ― ― ― ―
こちらこそありがとう。
とても楽しかったよ。
ぜひ今度お話をしよう。
斑鳩さんはどうやらマメな人なようであった。別れ際にあれほど感謝の言葉を積み重ねていたのに、さらにメールをしてくるなんて。
次のバイトまで少し空くからなあ。しばらくはのんびり仕事を片付けながら生活していくとするか。
またメールが来た。
今日はやけにメールが多い日だ。
平日ならいさ知らず休日だし。
ああ、店長か、メールをしてくるなんて珍しい。
なるほど。どうやら斑鳩さんと一緒に働く日が随分早まったようだ。プルプル、プルプル。「はい、氷見です。店長、大丈夫ですよ。明日の朝一からですね、はい、問題ありません。では、失礼します。」そもそも店長、慌てすぎでしょ。メールを送った後に電話って、順序逆だし。
次の日。
ファミレス クイーンズキッチン。北九重(きたここのえ)において、いくつかあるファミレスの中で、高校の最寄りという少し変わった立地であり、一方で住宅地にも近く、また駅からもそこまで遠くないので、客入りが適度に良いレストランである。このファミレスから西に30分程度行くと、我が家がある。ちなみに、東に数歩で東の住宅地ということを考えると、東側の住民にとってのファミレスなのかもしれないが。
そんなどうでも良いファミレスの紹介をしながら、いつもより少し重い荷物を手に下げて、通勤路を歩く。
「高校生若いなあ。」
最寄りの高校から聞こえる、部活動の声に反応してそんなことを言う。
とはいえ、八月末というこの暑い日にあれほど元気に声を出して活動できる彼ら、彼女らのエネルギーとはすさまじいものだ。
「お疲れ様です、店長。」
「お疲れ様。氷見さん。」
「店長、ちょっと慌てすぎですよ。メールして、電話なんて。」
「いや、もともと今度のシフトの話でメールしようと思っていたら、急に休みますとか電話してきたやつがいてなあ。参ったよ。だから、メール書きかけで送り、電話をしたという形になった。悪い。」
「別に良いですよ。本来は入る予定の日だったので。」
「休みにしたのって、確か、何か用事があったんじゃなかったっけ?」
「この前まではあったんですけど、昨日なくなったんですよ。だから問題ありません。」
「お疲れ様です。店長!ヒミヒミ!」
昨日より明らかに高いトーンの挨拶が聞こえてきた。
「お疲れ様。」
「お疲れ。今日も斑鳩さんは元気そうで。そうそう、今日は昼までホールは二人だからよろしく。昼になったら、越谷(こしがや)さんも来るから大丈夫かな。とはいえ、今日は多分暇だからのんびりね。」
「いや、土曜日だから多いですよ。手が足りなくなったら、店長もお願いしますね。」
「氷見さんは、厳しいなあ」
カランコロン
「いらっしゃいませ。あっ、中川さん、今日も来てくれたんですね。土曜日に来るなんて珍しい。」
「中本さんに聞いたら、斑鳩ちゃんは土曜日にもいるって聞いて。今週は来られなかったから、今日来たよ。」
「ありがとうございます。窓際の十一番卓にご案内しますね。」
カランコロン
「いらっしゃいませ。あら、噂をすれば中本さん。」
「あれ?ああ、中川さんもいたのかい。」
「斑鳩ちゃん。中本さんと相席にしてもらって良いかな。」
「ええ構いませんよ。十一番と十二番をくっつけるだけで良いので。」
「悪いね。中川さんもわしもちょっと肥えているから、2人掛けの小さなテーブルとイスでは辛くてね。」
「いえいえ。ご新規二名様、禁煙席です。」
これこそまさに斑鳩さんの接客術である。中川さんと中本さんはどちらも町内会役員のおじさんだが、彼女は、そのようなおじさんたちに加え、平日の昼間にやってくる有閑マダムたちも得意としている。
わかりやすく言えば、中年以上の男女の常連を生み出す達人で、自分のシフトの日をハッキリと示し、安定した客入りを生み出している。まさに住宅地に隣接するという立地条件を上手に活用していると言える。
おっと、こうしては居られない。常連さん以外のオーダーは俺が取らなければならないなあ。とはいえ、今やってきた常連1組と、少し前からいた常連の生け花教室の師範以外は、高校生が数名と、家族連れが1組いるだけで、大したことはない。
バイト終わりの休憩室。
「お疲れ。ヒミヒミ。今日は元気そうだね。」
「まあね、昨日は良いことがあったから。」
少し微笑んだように見えた。
「なるほど。でも今日休みじゃなかったっけ?」
「ああ、予定がなくなったんだ。それはそうと、昨日話していたオススメの本、二冊だけ持ってきた。」
「わざわざありがとう。『緋色の研究』と『旅をする木』か。推理小説と星野さんの随筆ね。確かに知ってはいるけど、読んだことはない。ありがとう、どちらも借りさせてもらうわ。」
「あと、そうそう、良かったら博物館のチケットをもらったんだけど、良かったら見に行かない?」
「いつまで?」
「十月中かな。」
「まあ、日曜日なら大丈夫だと思う。」
「そっか、それなら良かった。また今度メールする。」
「お疲れ。それじゃあ、また今度。」
「お疲れ。それじゃあ、また。」
彼女は東の住宅地の住んでいるから東に向かい、俺は西に向かう。
これでは色々話せないままではないか。
とはいえ、そんなに色々話すかと言えばそんなには話さないか。
とりあえず、帰ろう。メールだ。
to: 氷見明煇(ひみひろき)
from:鈴木深鈴(すずきみすず)
subject:
― ― ― ― ―
今、バイトが終わったんだけど、電話しても良いかな。
ちょっとタイミングが悪いなあ。
これから、三十分歩くわけだから、少し厳しい。歩きながら電話するのもなあ。
仕方ない。少し待ってもらうか。
to: 鈴木深鈴
from:氷見明煇
subject: re:
― ― ― ― ―
お疲れ。
悪い、今ちょっと出先だからすぐには話せないんだ。
少し待っていてもらって良いかな。
数秒後、携帯がなる
早い、もう返信が来たのか?
どんだけ待っていたんだ??
to: 氷見明煇
from:斑鳩光里
subject: 本のお礼
― ― ― ― ―
お疲れ(*^_^*)
今日、本ありがとう。
まさか、昨日の今日で持ってきてくれるとは思わなかったからちょっと驚いた∑(゚Д゚)
なるべく、早く読んで返すね。
なるほど、ここでも彼女の丁寧な態度に驚かされる。バイト先のファミレスの前の通りが見通しの良い直線の道路であったならば、お互いの姿が確実に確認できる距離と言えるくらいの時間で送信してきたわけである。とはいえ残念ながら現実は見通しの悪い道で、電車の路線に沿って曲がっている。しかも、彼女は早々に大通りを曲がって小道に入ることも後輩の越谷さんから聞いていたから今振り返ったところで無意味であることは分かっていたが、彼女の丁寧な対応に心動かされ、後ろを振り返らずにはいられなかった。
だから、無駄と分かりながらせめて気持ちを態度で示そうと思い、振り返ると、ファミレスの前に見慣れた人が居た。そう、彼女は別れて帰路についたように見せて、立ち止まってメールしていたのだ。
顔は遠くて見えないが、彼女の顔に笑みがこぼれたのは推測に容易い。
こちらが振り向いた瞬間、ちょっとビクンと動いたのが見えたからきっと嬉しかったのだろう。
すぐに彼女は首を少し傾けて、胸の辺りで小さく手を振っていたので、軽く手を振り返した。すると、彼女は満足したようで、少しずつ身体を帰路へと向け直していった。
声が届くか分からないが、大きな声で叫んだ。
「慌てなくて良いから!感想楽しみにしてる!」
彼女は振り返るのを止めてこちらに向き直し、大きく頷いた。
それを見て、大きく手を振って、彼女と別れた。
気付いていなかったが、メールが二通来ていた。
1通目
to: 氷見明煇
from:鈴木深鈴
subject:
― ― ― ― ―
待ってる
でも、慌てなくて良いよ
いつも待ってくれるから、全然待つ
2通目
to: 氷見明煇
from:鈴木深鈴
subject:
― ― ― ― ―
ごめん…>_<…
急にパパがご飯に行くって言い出したから今日は電話できないかも
わざわざ時間を作ってくれようとしたのにごめん
ほんと、謝ってばっかりだね
ごめん……
ちょっとカンに触る部分もあったが、彼女の家庭ではよくあることなので、そこまで気分を害することもなく、特に何も悪い感情は湧いてこなかった。これは諦めによるところなのだろうか。考えても仕方がない。とにかく返信しなくては。
to:鈴木深鈴
from:氷見明煇
subject: Re
― ― ― ― ―
事情は分かったから大丈夫。
それにこの前も謝ってくれたんだから、気にしなくて良い。
そんなに気にしていたらなんでも気になってきてしまうから、物事上手くいかなくなるよ。
まあ、また今度話さそう。のんびりたわいもない話とかして。
家族とゆっくりご飯を食べておいで。
歩きながらメールを送った。まだ家までは遠いが例のレンタルショップは通過した。中で会長と店長が仲良さげに話をしていたようだから、今日も売り上げが良かったのだろう。
まさに、安定した夫婦の様子を見ている気になって、こちらも喜ばしく思えてしまう。
家まで後数分というところで、話し声が聞こえてきた。
「はあ、ルートを変えよう」
少し遠回りになるが、大通り沿いのコンビニに寄ってから帰ることにした。
地元住民で、今みたいな完全に夜とは言えない中途半端に暗い時間に帰宅する人であれば、その話し声が何であるかはすぐに気付く。若い高校生か大学生のアベックたちに決まっている。バイト先から、そして駅から、さらにはレンタルショップから、最短ルートで行くとぶつかるのが、中央公園である。この公園は中央と冠するだけあってなかなか大きな公園で、夜でもグラウンドが使えるほど設備が整っており、また遊具も充実していて子どもとその親が良く遊んでいる。ただ広い分、そのような施設が充実している場所もあれば、俺が通るルートの側のように、植物によって彩られた遊歩道や休憩所があるエリアもある。昼であれば老人たちがのんびり会話をしながら、木々や花壇の花々を愛でているし、遊歩道もあるので、散歩する人も多い。ただし、イヌを連れている人はいない。それは単純でこのエリアの花壇が、むかし暴走した飼いイヌによって荒らされたことがあり、このエリアは終日イヌなどの動物の同伴を禁じている。その代わりに、このエリアとは正反対の端に位置するエリアのグラウンドの側にはドッグランがあり、そちらで飼い主たちは散歩をしている。
その結果、閉園時間を迎えた植物園のような静けさを誇る、遊歩道エリアは高校生カップル時に大学生カップルが会話を交わすのに最適な場所となっている。だからこそ、夜になりきっていない中途半端な時間のイベントというよりも、その時間帯でなければならないというのが正確だ。高校生であればあまりにも遅い時間には外に出かけられないし、早すぎては流石に植物がガードしてくれるとはいえ外から見える可能性が高い。
「全く。俺みたいにプラトニックな恋愛を突き通せよ!」と思いながらルートを変え、コンビニで大好きな無糖の紅茶を買って帰宅した。
この時間では家族は夕食を終えて部屋にいるか、まだ帰宅していないかのどちらかであるため、リビングはガランとしたものだ。父親は後一時間後くらいに帰宅するので、先にご飯を食べておくのが早番シフトの時の日課となっている。待てるほど食欲がない大学生ではないので。とはいえ、遅番では遅すぎて一人で食べるからバイトの日は広いリビングの椅子に腰掛けて静かに夕食をとるというのが基本と言える。
「あっ、メールが来ていた。」
to: 氷見明煇
from:鈴木深鈴
subject: Re Re
― ― ― ― ―
ありがとう
時間があるときにお話しよう
いっぱい話したいことがあるんだ
だから、楽しみにしていてよ
どうやら落ち着いたようだ。彼女は変なスイッチが入ると手がつけられなくなるから、少し面倒だが、落ち着けばかわいいものだ。ボーイッシュな見た目だが、高校時代から彼氏には困らなかったようだから、なかなかのハンターと言える。
夕食を片付けて、部屋に戻った。
「さて、とりあえず仕事を片付けますかな。」
仕事とはもちろん、白河さんに頼まれたものである。早めに片付けておかないと後々辛くなるのは目に見えているからなあ。
資料を整理しながらパソコンに向かっていると廊下を走る音が聞こえてきた。すると、足音はドアの前で止まり、扉が開いた。
「にぃ、帰ってたんだ。おかえり。ところで、この問題どう解くの?」
兄が帰宅した音に反応して現れたのが、愚妹の麗華(れいか)だ。都内の超有名私大の経済学部に通っているのだが、なぜそんな大学に通えているのか不思議なほど賢くないのである。ちなみに、見た目は嬉しいことに俺と似ておらず相当かわいい部類に入る顔をしており、兄としては喜ばしいことである。そんな愚妹は数学の授業が大の苦手で経済数学の授業の課題をこなせないときには兄を頼るわけである。
「仕方ないなあ。どれどれ。」
問題に簡単に目を通して、麗華の頭を軽く小突いた。
「痛っ!なんで小突いたの!」
「これ、この間教えた、偏微分の応用だろ?ちょっと数字が変わっただけで、処理の仕方が全くもってメチャメチャなのはどうしたことか!」
「あっ、そうか。ごめん、ごめん。わかった。この前の板書を見て解くわ。じゃあね。」
ドアがパタンとしまり、廊下をかける音が聞こえたが、すぐにそよ音は愚妹の部屋の辺りで消えた。
その後は作業に耽るだけで、特に何もなかった。
ちなみにだが、斑鳩さんへの返信は帰宅途中に送っていた。ただ返信するのでは芸がないので、この前撮った土手の夕焼けの写真を添付して送ったら、またすぐに返信が来て喜ばれた。
作業も終わったし、寝よう。
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