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第四話 曖昧な一人称の少女

長い夏休み。まだまだ手では数えられないほど豊富にあるからこそ、バイトや旅行やサークル活動など大学生らしい生活を謳歌できるわけだが、俺について言えばバイトが主な夏休みの使い道となっているわけである。
今日もバイトの日であるが、いつもとは違うのが今日のバイトだ。今日は新人研修があるため、いつもより早く出なければならないし、フォローもおこなっていかなければならないから、気を使う日とも言える。
そろそろ行くとするか。朝食を軽く食べて家を出ると、涼しげな風が吹いてきた。昨日の夜の豪雨の影響であちらこちらに水たまりがあり、涼風を与えてくれる。生垣の椿の葉には雨粒が残っており、朝露のように葉を麗しいものへと変じさせていた。
雨は嫌いではない。なぜなら、雨上がりの清涼感漂う道は歩くのにもってこいと言えるからだ。足音の中に微かに混じる、湿り気を含んだ靴の音はさらにそんな清い雰囲気に盛り上げを加えてくれる。小学生が勢いよく、大きな水たまりに足を踏み入れて鳴る轟音ですら、楽しませてくれるものだ。そんな心地の良い気持ちで、バイト先に到着し、いつものように裏口に向かっていると、開店前にも関わらず既に車が二台止まっていた。珍しい日もあるものだと思いながら、見慣れない赤色のオープンカーの脇を通り、裏口を開けようとすると、中から女性の大きな声が聞こえた。
 あまりの大きさに驚いたが、その特徴的な甲高く通る声であるにも関わらず、バカでかい声を上げる人物は一人しかいない。
 店長の同期にして、現エリアマネージャーであらせられる椿野泉(つばきのいずみ)さんだ。彼女と店長は、大学も同じで学部も学科も同じで、さらには所属していたゼミも同じという典型的な腐れ縁というやつで、二人とも二十九歳であることを考えると、十年以上の付き合いということになる。本当かどうかは定かではないが、情報通の斑鳩(いかるが)さんによれば大学時代に付き合っていたらしい。
 そんなこともあってか、エリアマネージャーの店長への態度はどこかとげとげしさの中にも愛嬌というか、照れというか、そんな類のものが感じられるわけだが。

「ゼミの発表のとき、私たちの班よりも良い発表をして先生に褒められていたじゃない!あのときみたいに、あなたが手腕を振ればエリアマネージャーどころか、部長にすらなれるはず!どうして、本気を出さないの!?」
「また、その話か。お前の意見も一理あるかもしれないが、俺は現場から離れたくないんだ。」
「部長だって、店長業務を行うこともできるじゃない!?そもそも、エリアマネージャーへの昇進の件を断ったそうね。」
「情報が早いな。お前の耳には入らないようにしていたのに。向田(むこうだ)のやつ、しゃべりやがったなあ。」

ちなみに、この向田という人物も店長で隣駅の南九重(みなみここのえ)で働く二人の同期だ。ってか、店長たちの世代ってまだ会社全体から考えたら若いのに、出世が早い!

「向田くんに聞かなかったらどうせ黙っていたままだったんでしょ!いっつもそう。大学三年生のときも急に留学して。いなくなって心配したんだから!」
「そんな古い話をするなよ。あのときのことは悪いと思っている。そんなことをわざわざ言いに来たわけではないだろう?」

少し静寂を挟んだ。
椿野マネージャーのほうが息を整えて、改めて話し始めた。
「もちろんよ。この書類を届けに来たの。社外秘の今後の店舗拡張戦略とかの話よ。」
「それならわざわざ来なくてもメールで送れば良かっただろう?しかもこんな早い時間に。」
「良いじゃない。たまには。それに昨日さっきの話を聞いたばかりだから来たのよ。どうせメールしても無視するのはわかっていたし。」
「そっか。そろそろ行くだろう?もうすぐ氷見(ひみ)さんも来るだろうし、ちょうど良いタイミングだと思うぞ。」
「ああ、彼ね。バイトとは思えないくらい、良く働いてくれてるわよね。ただ、あなた、社外秘とか彼に見せすぎ。それに書類の作成とかも任せているんでしょ?それでは、新人社員の渡邊(わたなべ)さんの顔が立たないわよ。」
「渡邊か。あいつ、そんなに使えないから仕方ないだろう。というより、お前の方があいつへの評価低いだろう?」
「当然よ!新人社員研修の振り返りノートに、『自分はこの仕事に向いていない』とか、『私は何もできない』とか、自分が病んでいるということしか書いていないのに提出する馬鹿どこにいるの?研修の成果とかを書くのが普通でしょ?こっちはそれを見て評価とか、コメントとかをしなければいけないのに。」
「まあ、研修でこの仕事に向いていないかもと思っているのだから、まだ殊勝な心がけじゃないか。」
「なら、もう少し善処するような内容が欲しかったわ。とにかくあの子もよろしくね。」
「ああ、うまくやるさ。」

カランコロン

エリアマネージャーはどうやら表の入口から出て行ったようだ。裏で着替えて準備している方の身にもなって欲しい。
準備が終わり、更衣室から休憩室に移動し、さらに事務室へと向かった。

「お疲れ様です。」
「お疲れ様。今日もよろしく。新人の子が一人来るから、優しく指導してあげて。」
「わかりました。ちなみに、面接したときの様子とかわかりますか。」
「はい、これ。」
A4の資料1枚が渡された。
何を渡されたかは分かったので、素早く見るべきところに目を通した。
「ああ、面接結果ですね。なるほど。まあまあ、使えるかなといったところですか。」
「そう。だからよろしく。この前、バックれたあいつよりはましじゃない?」
「まだ根に持っているんですね。わかりました。今日は、厨房が白石(しらいし)くんと…ああ、あと安川(やすかわ)くんか。ホールがこの前入った二人と、氷見と、今日からの新人の四人。人数は多いですが、ホールは厳しそうですね。」
「ピンチになったら渡邊を呼べばいいよ。」
「いや、渡邊さんの家はここから遠いじゃないですか。何十分かかると思ってるんですか(笑)」
「まあ、社員だし、それくらいの意気込みが欲しいよね。ああ、そうそう忙しい時間にいつものパートさんが来るから実際はもう少し余裕があるかな。とはいえ、氷見さん以外は朝番か夜番だから、結局常時いるのは三人ってとこか。」
「なお、危機じゃないですか!」
「まあ、氷見さんは三人分の労働力だから大丈夫。それじゃあ、よろしく。」

いつもよりも忙しいバイト先だが、少し面白いことがあった。
高校の後輩が来店したのだった。

カランコロン

「いらっしゃいませ!二名様でよろしいでしょうか… あっ、田中か久しぶり! 元気にしていたか。」
「先輩、お久しぶりです。」
「ってことは、その清陵(せいりょう)の子は生徒会長か。田中がお世話になっています。」
「いえ、こちらこそ田中くんにはお世話になってばかりです。」
「それでは、席に案内します。ご新規二名様、ご来店です。」

 清陵高校はこのクイーズキッチン最寄りの公立の高校で、旧学区において学区内トップの高校であり、なかなかの進学校だ。そして、俺が通っていた九重(ここのえ)高校は中高一貫校の私立で、こちらもなかなかの進学校というわけだが、なぜ俺は後輩だけでなく、赤の他人の清陵の子が生徒会長であるとわかったと言えば、夏休みという時期と田中が生徒会長であることを知っていたからだ。
 もっと正確に言えば、秋に行なう、合同文化祭の準備のために、生徒会長同士が話し合いを持つ時期だからだ。合同とは言っているが、実際同じ敷地でやるようなものではなく、開催時期を同じにし、例えば清陵の吹奏楽部が九重の吹奏楽部と一緒に一日目は清陵で二日目は九重で演奏するような協力できることは協力していくといった程度の合同ではある。しかしながら、そんな伝統はすでに五年目に突入しているので、これからも継承されていくだろう。

ピンポーン

「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします。」
「ランチのAセットを二つで、どっちもライスで、飲み物はアイスティーとアイスコーヒーで、後デザートはどっちも季節のアイスで。」
「畏まりました。ご注文を確認させていただきます。ランチメニューのAセットを二つ、どちらもライスで、飲み物はアイスティーとアイスコーヒー、デザートは季節のアイスでよろしいでしょうか。」
「はい、合ってます、先輩!ところで…」

田中が急に近づいてきて耳うちをした。

「いつもいる巨乳のお姉さんはいないんですか? あのお姉さんを見るためもあってここに来たのに。」
「はいはい。今日はいない。後、清陵の生徒会長が女の子だから耳打ちにしたんだろうけど、耳打ちでしてもダメな内容だから。」
「先輩は手厳しいなあ。」

思ったよりも来店者数は伸びなかったので、田中と話す時間が持てたわけだが、ずっと斑鳩(いかるが)さんの話をされ続けた。
とはいえ、好きとかそういう感情ではなく、ただ単純に男子高校生特有の高揚した感情を話したかったような感じである。田中が言うには、スタイルが良いし、ちょっと軽そうな感じで、デートの相手を簡単にしてくれそうとのことだった。田中の話は長かったので、一つだけ例を挙げる。

「例えば別れ際に両手で大きく手を振りそうなタイプですよね?」

先の話から読んでいる人ならお気づきだと思うが、彼女はそういうタイプではない。つまり、田中の見立ては間違っているわけだ。だが、田中が見当はずれなことを言っているわけではない。やつだって生徒会長を務めるだけの器はある。そう、彼女の外見や行動から内面や本質を捉えるのが難しいことを物語っているわけだ。
 そんなこともあり、懐かしいことを思い出させるというか、あちらこちらで懐古主義を刺激してくる日であった。そんな懐古主義に浸りながら思い起こせば、深鈴(みすず)との出会いも特徴的だったなあと感慨深いものがあった。

――――
あれはちょうど大学一年生の今ぐらいの時期だったか。文芸サークルの先輩に劇団サークルの脚本の手伝いをしてこいと言われ、初めて劇団サークルの練習を見に行ったときだった。

ガラガラ

「失礼します。ここは劇団サークル向日葵(ひまわり)の練習場所であっていますか。」
すると、一人の女の子が近づいてきた。
「あっ、初めまして。君がもしかして氷見くんかい?先輩から話は聞いているよ。僕は君と同じ一年生で工学部に所属している、鈴木深鈴(すずきみすず)って言うんだ。よろしくね。」

「僕?」と不思議に思いながら返答した。
「こちらこそよろしく。どうやら名前は知っているようだけど、自己紹介をしておこう。氷見明煇(ひみひろき)、文学部の一年で、文芸サークルに所属している。」
「ああ、そうそう、もう少ししたら他の一年生も、先輩も来ると思うよ。うちは小規模な劇団だから、先輩も五人しかいないし、同輩も三人しかいないんだ。それに今日は座長と副座長と、同輩の半ちゃんと飯田くん、そして僕の五人しかいないんだ。だから、みんなが小道具を取りに行っている間、君が来るかもしれないってことで、僕がお留守番をしていたわけさあ。」

なかなか上手に僕と言ってくる子だ。役に入り込むのが得意なのかもしれない。そんなことを思っていると、さらに続けてきた。
「ところで、君はどんな勉強をしているから教えてよ。君はどうやら賢いと聞いているから、僕はとても楽しみにしていたんだ。」
「専門はイギリス文学で、時代はエリザベス朝、ここまで言えばわかると思うけど、シェイクスピアについて勉強しようと思っている。」
「王道だね。それに悲劇のイメージが強いシェイクスピアを選ぶなんて、病んでるのかい?」
「大学に入ったばかりだから、イギリス文学をやりたいってやつでも精々シェイクスピア、ディケンズ、スウィフト、デフォー、メアリー・シェリー、良くてワイルド。その程度くらいしか知識なく入るものだから誰しもが王道になるだろう。他の外国文学に比べればまだ学校で扱われるから記憶に残りやすいだろうし。」
「確かに、まあそれにシェイクスピア研究をしたいなら今回の脚本には向いているね。シェイクスピアと劇は切り離せないものだし、古典の利用とかを楽しみにしているよ。」
「鈴木さん、君はなかなか詳しいね。シェイクスピアが古典を利用しているなんて専門でないのによく知っている。」
「常識さ。ところで、僕のことは苗字で呼ばないで。これからは『ライラ』と読んで。」
「どこから由来しているんだい?」
「豪放磊落な性格が僕のモットーなのさ。らいらくから、ライラック、略してライラさ。」
「わかった。ところで、ライラ、君は何を勉強しているんだい?」
「情報工学だよ。」
「あまり詳しくないけど、人物を挙げるならばノイマンとかだよね?」
「さっすが!!君は賢いね。今日から君は僕のお友達さ。アドレスを交換しよう。」
「了解。」

アドレスの交換が終わり、少し経つと残りの劇団サークルの人たちがやってきて、プロットやコンセプトを聞いた。どうやら、十九世紀のイギリスを舞台にしているようだが、とある黒い衣服をまとった執事さんが活躍するマンガの影響らしくミドルクラス以上の人々がメインで出てくるらしい。
そんなこんなで話し合いは終わり、衝撃的な出会いの一日は終わったのであった。

――――
今思えば、懐かしい限りだ。それに、「ライラ」と呼んでいた時期があまりにも短かったなあ。ってか、常時「僕」って言ってくるとはそのとき思わなかった。そんなノスタルジアに浸りながら休憩室にいると、店長が見慣れない人を連れてきた。

「氷見さん、これが新しく入った信楽(しがらき)くん。信楽くん、彼が今日の研修を担当するチーフの氷見さん。ほらご挨拶して。」
「よっ、よろしくお願いします。」
「よろしく。そんなに緊張しなくて良いですよ。」
「それじゃあ、よろしく!」

店長はそう言うとそそくさと事務室に向かった。

「じゃあ、とりあえずいろいろな配置とか覚えて欲しいから、店内を案内します。後、まだお客さんもそこそこいるから接客の仕方を見て参考にしてください。とはいえ、二人も最近入ったばかりだからまだ完璧ではないけど最低限できて欲しいレベルはわかると思います。何か質問はありますか?」
「特にありません。」
「それでは案内していきます。まず、ここは休憩室です。休憩時間に利用してください。隣が倉庫と更衣室で、着替えと荷物は更衣室に置くようにしてください。ちなみに、信楽さんのロッカーはこれです。制服も貸与のものが入っているので、とりあえず着替えましょう。後、荷物はここにいれて、鍵をかけて管理をしてください。」

その後はいつも通り、倉庫と事務室とキッチンとホールを軽く案内した。さらに、他のスタッフとも軽く挨拶し今日の研修は終わった。
今日はフルタイムという、バイトではあまりないシフトで朝から閉店までの十時間労働四時間休憩という過酷スケジュールだったが、田中も来てくれたおかげでかなりリラックスも出来たからそこそこ調子が良かった。そういえば、今日お客さんが予想よりも少なかったのは夏祭りが西エリアで行われていたかららしい。要は西エリアの近くのファミレスに取られてしまったというわけだ。
そんな総括をし、タイムカードを押して帰路についた。良く考えれば中央公園の中央広場にやぐらと屋台が組まれていたことを思い出した。西エリアというか、自宅周辺というのが正確だったかもしれない。
明日も祭りがあるらしいので、明日は少しだけ見てくるかと心に決めた頃には家に到着。さすがに十二時を超したのでお腹は空いておらず、このまま寝るかと思いながら、ふと引き出しを開けると、手紙が出てきた。

「ああ、深鈴からの手紙か、懐かしい。今日は思い出に浸らせられるなあ。」

ちなみに、深鈴と出会って付き合うようになるまでには三ヶ月くらいと短い期間だった。学園祭で劇を成功させ、打ち上げをしたときに帰り道が同じだったこともあり、二人で二次会をした後、近くの景色の良いちょっとした丘の上で告白した。そのとき、最初は少し断られたが、それでもともう一押しして付き合い始めた。その後は誕生日、バレンタイン、クリスマスなどイベントごとにデートするだけでなく、帰りが同じ時間の日はご飯を食べに行った。そんな中で、彼女は付き合い始めた当初はボーイッシュな服を好んでいたが、デートの折にガーリーな服を試着して絶賛して以来、少しずつ女の子らしい服装が増えてきた。さらに、一人称も僕から私へと変化していき、話し方も淑やかになっていった。どこかの冴えないヒロインがたまに冴えているライトノベルに出てくる後輩ではないが、「女の子の喜びを教えた」ような形になり、今ではかわいい女の子となったと思うと、ずいぶん尽くされていたんだとしみじみと感慨にふけってしまう。そう言えば深鈴と同じ教養科目のテスト勉強もしたこともあったっけ。


―――
「深鈴、地震と建築のテスト勉強? そういえば同じ教養を取っていたね。」
「そうなの。」
「ところで、なんでテキストを逆さまにしているんだい?」
 彼女はテキストを逆さまにし、ペラペラと次々にページをめくっていた。熟読はしていないことは明らかだが、斜め読みにしてもあまりにも奇抜すぎる。だからこそ、さっきのような質問をしたのだ。
「ああ、これ? これはね、図とか表とかが正位置だと意味を持ったものとして捉えてしまうから逆位置にすることで意味を持たせずに頭に取り込めるようにしているの。」
「え? 何?」
 全く意味が分からなかった、「意味を持ってしまう?」、「逆位置?」、「取り込む?」など疑問になる個所があまりにも多かった。
「あっ、分かりづらいよね? そうだな。簡単に言えば、写真みたいに頭に教科書を取り込んでいるんだ。そうすると、一気にテキスト全部を頭に入れることができるから理解しやすいんだ」
「へええ、すごいね。」
 記憶に関してチャンクという概念があり、人が短期的に記憶できる量はそのチャンクの数で決まる。例えば、単語を一つ一つ覚えていては二十個も覚えられないが、例えばゴロ合わせにして三つを一つのゴロにまとめたり、一枚の絵にまとめたりすれば、覚えるものは集約されるため記憶できるという考え方だ。覚えるべき単語が、スイカ、ビーチ、パラソル、水着、太陽、海、イルカ、海の家だとして、一つ一つ覚えたら八チャンク必要になるが、「海に行った太郎は水着を着て太陽の下スイカ割りをしていた」、「花子はそんな太郎を脇目にビーチのパラソルの下、海の家の側でイルカを見ていた」とすれば二チャンクしか使っていない。さらに、この情景を絵にして理解すれば一チャンクで済む。つまり、深鈴はこれを利用して少ないチャンク数で記憶しているのだろう。
「あっ、でも一度に多くの情報量を頭に入れるから、頭痛が酷くなってしまうこともあるんだよね。」
「そっか、なら。」
そして、俺は頭をさすってあげた。
「もう… いきなり頭に触らないでよ。」
「頭が疲れたって言うから。嫌だった。」
「バカ… 嬉しいに決まっているでしょう。」


―――
 そんなこともあったなあ。
だけど、どうして…今みたいな関係になってしまったのか…
俺としては気遣いをしないで欲しいんだけど、それはお互い様なのか。しかし、彼女は精神疾患を患っていることもあり、言動を気にしてしまうわけで、厳しいものがある。
ちょっとイライラして愚痴をこぼしたときには泣かれてしまってかなり困ったこともあった。彼女はとても感じやすい体質で、強い感情をぶつけられると辛くなってしまうらしい。とはいえ、彼女と別れる気はない。最期まで面倒を見たいし、見てもらいたいと思っている。お互いに支えられればそれで良いと思っている。どうせ、歳をとれば見た目も、肉体も衰えて後は気持ちとか精神的なものしか残らないのだから、彼女の心に恋すればきっといつまでも愛せるはずだ。
そんな固い決意をしながら、風呂に入った。
風呂から出て、携帯を見ると、メールが来ていた。
あっ、そういえばそんな約束をしていたなあ。来週の日曜日か、なら大丈夫か。

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