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第五話 これはデートではありません

日曜日の昼下がり、北九重(きたここのえ)駅。
白を基調とした服装で、風でふわりと広がりそうなゆったりしたスカート姿、Tシャツだが白い服ゆえにかなり淑やかな感じを受けさせるような夏らしい装いで、斑鳩(いかるが)さんは現れた。
「おはよう。お待たせ。待ったかな?」
「おはよう。ほんの数分だから待ったとは言えない程度かな。」
「なら良かった。」
「じゃあ、電車に乗ろう。」
昨日とは打って変わってご機嫌な態度だったのが少し安心した。

「次は西堀口(にしほりぐち)、西堀口です。」
「昨日はごめんね。不機嫌な態度をしてしまって。」
「別に構わないよ。なにかあったのかい?」
「いや。前にも言ったかもしれないけど彼に悪いなあと思って。ちょっと冷たい態度をしてしまったの。」
「そっか。別に気にしなくて良いよ。わざわざこちらの誘いに乗ってくれたんだから。むしろ付き合ってくれてありがとう。」
この会話の流れは少し分かりにくいかもしれないので、メールをもらった場面から少し振り返ってみよう。

to: 氷見明煇(ひみひろき)
from:斑鳩光里(いかるがひかり)
subject: 博物館の件について
― ― ― ― ―
チケットありがとう^o^

すぐに行ける日だと次の日曜日かな

ただ、博物館に行く習慣とかないから、当日は解説してもらうことになると思うけど、よろしくね(^-^)/


to: 斑鳩光里
from:氷見明煇
subject: re: 博物館の件について
― ― ― ― ―
メールありがとう。
日曜日なら問題なく、行けるよ。
前日にバイトのシフトも被っているからそのときに詳細を伝えるけど、北九重集合で、博物館のある上池(かみいけ)に電車で一緒に向かうようにしよう(^_^)
それじゃあ、土曜日に。


そして、土曜日のバイト終了後の休憩室。
「斑鳩さん、ところで明日の件だけど、13時くらいで良いかな?」
そのセリフに対して、眉間に皺を寄せて次のように言ってきた。
「わざわざ一緒に行かなくても良くない? 現地集合で良いでしょ?」
「えっ、あっ、うん。斑鳩さんがそっちの方が良いなら別に良い。それなら13:30に上池(かみのいけ)で。それじゃあ。」
いつもとは異なる斑鳩さんの態度に困惑し、なにか怒らせることをしたかと思いながら、そそくさと帰路についた。
その道中、懸案の人からメールが来た。


to: 氷見明煇
from:斑鳩光里
subject: re re博物館の件について
― ― ― ― ―
ごめん、やっぱり北九重に集合にしよう
今回行く、展示の解説とかをしてくれるつもりだったんでしょ?
なら、ちゃんと受けた方が良いと思って



to: 斑鳩光里
from:氷見明煇
subject: re:
― ― ― ― ―
いや、別に構わないよ。
そもそも、それくらいの時間に電車に乗るつもりだったから変わらないし。
それじゃあ、13時で。
解説は車内で軽く伝えるからそのつもりで(^-^)/


そして、今に至る。
「はい、これが今日の展示のやつだよ。古代展だから、ちょっと難しいかもしれないけど、なんとなくつかんでくれたら良いかな。」
便覧をカバンから取り出して、今日見るものを指差した。
「そっか。ああ、懐かしい〜 高校で勉強したことを思い出してきた。何を見たら良いのかな?」
「今回は神話との関連がメインだから、予習しておくべきはギリシア神話と関係する品かな。例えばこの甕には、ヘラクレスとヒュドラが描かれているでしょ? ヘラクレスの十二功業の様子だとわかるね。」
「うん、うん」
「こんな日常的なものにまでギリシア神話の一部のシーンが描かれていることから、神話と生活の繋がりを感じられると良いわけだね。」
「なるほど。」
その後はギリシア神話と補足的に日本神話を話しながら、その共通性などを話し続けまくってしまった。彼女はずっと頷いてくれ、ときには気になったことを質問してくれた。
まさに、饒舌と言わんばかりの速度に負けず、しっかり聞いてくれた姿はとても好印象に映った。
そんなこんなで上池に到着したが、斑鳩さんは目的地に向かってズンズン進んで行った。女性にしてはというよりも明らかに通常の歩行速度よりもかなり速く、追いつくのがやっとだった。そして、そんなハイペースが落ち着いたのは目的地の建物に到着し、会場に向かうエレベーターの前だった。
女性の方がゆっくり歩くのでそのペースに合わせて歩くのが普通だが、合わせるの方向性が正反対になるとは思わなかった。しかしながら、少し速く歩かれたくらいで、へこたれていては紳士として廃るので、めげることなく歩みを速めることを決意した。
とはいったが、その決意はすぐに不必要なものになった。エレベーターから降り、周りにほとんど人がいない博物館エリアに到ると彼女の歩みはゆっくりになった。平均的な女性の速度になり、エスコートするのが容易になったので、安心しながら、1つ1つの展示を見てまわった。
「あれ?」
「うん?どうしたの?」
「そっか、アジアもあるから日本や中国の展示もあるのか。」
「あっでも、これくらいならわかるよ。志賀島で見つかった金印のレプリカでしょ?」
「そうそう。漢倭奴国王って書いてあるからね。」
「五文字だよね? 一瞬、六文字に見えるからちょっとわかりづらい。」
「確かに、実印とかにしか使わないような字体だから、なおさらわかりづらいよね。」

少し進んで。
「さっきから何で龍が多いの?」
「日本とかだと龍で正しいけど、西洋とかはドラゴンが正しいかな。」
「何が違うの?」
「龍は水神としての性格も持つから、雨乞いとかとの関連も深い。少しずれるけど、例えば浅草寺の門の提灯に龍が描かれているのは火災にならないようにという願いが込められている。それに対して、ドラゴンは悪と力の権化に近く、日本だと鬼に近い存在かな。とはいえ、物欲の守護者という側面もあるから、宝物とセットというイメージもあるみたい。」
「へぇーそうなんだ。初めて知った。」

電車の中でした会話の復習を実物を見てしているような雰囲気が漂っていたが、中には初めて見る人にとっては難しいものもいくつかあり、少し窮するところもあったようだが、最後まで諦めずに相手をしてくれた。
ちなみに、彼女にとって印象的だったのはフラスコのような形をした石器だったみたいで、こんなところでリケジョアピールがあるとは思わなかった。
思ったよりも時間が掛からなかったので、彼女の目的の一つであった新しい靴を買うために、商業エリアへの歩みを進めていったときに事件は起きた。
「上池なんてほとんど来たことないんだよね。」
「そうなんだ。若者の街としての側面が強いから、大学生なら数度は来ていると思う。そう考えると、ちょっと珍しいかもね。」
「うん。…!?」
「どうかした?」
「何でもない。」
博物館からの帰り道にエスカレーターを使っていた折、倉庫階として利用されているエスカレーターホールの角を見つめて、何か思い出したように、見つめていた。
何となくそれ以上触れてはいけないような気がしたので、さらに進んでいくと、今度はいわゆるオタクたち向けのイベントが開催されているフロアについてしまった。

カオスすぎるだろ、このビル…
実際の関係性は別として、はたからみればカップルにも見えなくはないので、そのような場所に近づくことはオタクの方々に強い敵対心を抱かせることを知っていたので、避けたかった。
「変なとこ来ちゃったね。とはいえ、エスカレーターを降りて右に向かえば商業エリアに入れるし、近寄らないで済むと思う。」
「ちょっと見てみたいから、少し寄っていい?」
「? 少しだけなら良いよ。」
先に言っておくが、斑鳩さんは腐女子ではない。むしろ、かなりオタク文化を嫌悪している。しかも、今回イベント内容は客と遠目から見える商品から判断して、男性オタク向けなので、腐女子であったとしても興味をわくことはないように思えた。
「ふーん」
二人して、興味を持っているのか、持っていないのかわからない反応をしながら見ていると、アダルト向けの商品と思われるような、数カ所マル秘と書かれたキャラクターが描かれた枕カバーを目にした。どうやら斑鳩さんもその枕カバーを目にしたらしく、同時に踵を返していた。
その後は靴選びに付き合った。今度、大学の友人たちと、富士山ハイランドに行くらしく歩きやすい靴が必要になったらしい。そこで、商業エリアにあった、大手チェーンの靴屋XYZストアに訪れた。女性用だけでもかなりあったが、せっかくなので人気作や新作を見ることにした。付き合いで来ているので、少し探して提案すべきだろうと思い、探したがあまりピンと来るものがなかった。斑鳩さんの様子を見てみると、1つの靴を凝視していた。
「それ、気になるの?」
「うん。でも、このピンクで縁取られている部分がちょっと気に入らなくて。」
靴底のパーツと側面の繋ぎ目部分が蛍光ピンク色に縁取られた黒い靴を手にしていた。
「確かに。ちょっと気になるね。でも、他に目ぼしいのがないなら履いてみたら良いと思う。」
「そうだよね。でも縁取りが…」
「そこまで気になるなら、黒く塗れば?」
少し冗談を言ったところ、ツボだったらしく斑鳩さんは吹き出した。
「ww そうだねww 塗れば良いよねww とりあえず、履いてみるww サイズあるかな?」
斑鳩さんは店員を探し、見つけると店員に近付いた。
「すみません、試したい靴があるんですが。」
「はい、どちらの商品ですか?」
「こっちです。」
斑鳩さんと店員がこちらに近付いてきた。
「この黒い靴で、サイズは23.5なんですが、ありますか。」
「少々お待ちください。」
店員がバックヤードに向かってかけて行った。
「あると良いね。」
「うん。」
「ここに腰掛けていたら、店員さんも手でジェスチャーしていたし。」
「そうね。座ってる。」
そこに先ほどの店員が現れた。
「23.5ですね。最後の1点になります。」
ガサガサ コトッ
斑鳩さんの目の前に靴が並べられた。
「どうぞ。」
「はい。」
元々履いていた、ミュールを脱いで、黒いスニーカーを履いて立ち上がり、軽く足踏みした。
斑鳩さんは足元を見たので、俺を足元をみた。
なるほど、ピンクの縁取りは気にならない。どころか、良いアクセントを効かせており、見栄えが良い。それに斑鳩さんが履くということを考えると、このアクセントのピンクは一層重要かもしれない。斑鳩さんの顔を見てみると、どうやら彼女も同意見らしく、気にいったようだ。
「全然気にならなかったね。かなり良いと思うけど、どうかな?」
「そうだね。確かに、良いと思う。これ、買おう。ちょっと行ってくるね。」
斑鳩さんは目の前の店員に靴を渡した。それまであまり気になっていなかったが、三十路くらいの店員はこちらを清々しく、しかも心地好さそうな心持ちで見つめていた。しかも、斑鳩さんが買おうとすると同時に、さらに微笑みが増したようだ。これは一体どんな意味があったのだろうか。
その後の彼女のご機嫌振りはかなりのものだった。半音高い話し声に、ときどき混じる鼻唄、素の笑顔のふんだんさ。しかし、それらよりも彼女の日頃とは全く異なる、清楚さや可憐さを感じさせる振る舞いが一層、その喜びの姿を好意的に捉えさせてくれた。こんな素敵な姿を見られただけでも、彼女と遊びに来た甲斐があったわけである。
しかし、そんな風情だけではお腹は満たされないので、今度は飲食店が多く立ち並ぶエリアへと移った。マップを見て、メニューがコースでのんびりできるが比較的にリーズナブルなレストランへと向かった。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか。」
「はい。」
「全席禁煙となっておりますが、よろしいでしょうか。」
「はい。」
「こちらになります。ご新規2名様来店です。」
「いらっしゃいませ!」
席につくと、ウェイターがコースメニューを紹介した後、1つしかないメニューを俺に渡して去っていった。
斑鳩さんはこのような場面に慣れているのか、興味がないのか、気になっていなかったが、1つしかないという意味はレストランにおいて大きな意味を持つ。
まあ、彼女が気にしていないなら良いのだけど。
斑鳩さんは案外メニューを決めるのが早く、コースメニューと言った瞬間に前菜とメインを指さしてきた。
俺も決まっていたので、すぐに決まり、ウェイターを呼んだ。
「すみません。」
「はい。ご注文をお伺いします。」
「ディナーコースで。前菜はシーザーサラダとサーモンのマリネ、メインは4種のキノコのハンバーグと、チキンソテーの香味野菜添え、後どちらもパンで、後ドリンクバーもお願いします。」
「かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。ディナーコースのご注文で、前菜はシーザーサラダとサーモンのマリネ、メインは4種のキノコのハンバーグと、チキンソテーの香味野菜添え、付け合わせはパン。ドリンクバーをご注文ですね。」
「はい。」
「メニューをお預かりします。」
ウェイターが席から離れると、今まで静かにしていた斑鳩さんが話し始めた。
「ねぇ、あれがオタクなんだね。」
「あっ、さっきのか。どうして見たいって言ったの?オタクでもないのに。」
「いや、オタクの実態を知りたくて。ところで、マル秘とかついていたじゃん。何あれって思ったww」
笑顔だが、強い嫌悪感を感じた。
「あれか、俺もあれには驚いた。」
「オタクキモって弟には教えていたんだけど、実態を見て本当にキモって思ってしまったわww」
「でも、世代的にちょっとオタクの文化に触れていたり、はまっていたりするくらいだよね?」
「そう。だから、ちょっと怪しいと思ったときに、『オタクキモ』って連呼してはまらないようにした。」
「そっか。それはそれで良いと思うよ。さすがに、今回目にしたやつはキツめなやつだったし。」
そんな感じで今日の思い出を共有していたところ、斑鳩さんが急に話題を変えてきた。
「ヒミヒミは、普通な顔立ちだよね。」
「いきなり、何?」
「いや、なんか今対面していて思った。イケメンではない、フツメン。後、制服姿よりも私服の方がほっそりして見えたのが新鮮だった。」
「いやいや、確かにバイト中は制服だし、うちの制服はタイトなデザインだから私服の方がほっそりして見えたら確かにそう思うかもしれない。でも、帰りが同じ時間なら私服を見ているでしょ?」
「え。だって、夜だから暗いし、私疲れてるとあんまり周りの様子を見ていないんだよ。」
「それは確かに、そうかもしれない。ところで、読書の方は順調?」
「読書ね。一応、順調かな。もうすぐ読み終わる。それと関連してなんだけど、ちょっと文章の書き方を学びたいなあと思って。」
「何かあったの?」
「いや、ふと文章とかを読んでいて昔は文章を書くの得意だったのに、最近は苦手になっちゃったなあと思って。」
「そうなんだ。まあ、書かないと書けなくなってしまうものだからね。でも、意欲があることはとても良いさ。それなら、ちょっと書いてみる?」
「どういうこと?」
「昔作った、小論文の教材がいくつかあるんだけど、良かったらと思ってね。」
「そうなんだ。それならお願いしようかな。私、小論文とかが苦手。ただ小説は読むのは好きだし、読書感想文のコンクールで入選とかしたくらいには親しんでいたかな。」
「なるほどね。文系が得意な理系だったのかな?」
「そうだね。もし、医療系でなければ文系で教員を目指していたと思う。」
「そっか。そういえば前そんな話をしていたね。」
「していたかも。ところで、ヒミヒミって浪人していたよね?」
「えっ、うん、そうだけど。」
「私もしていたんだ。というより、今の進路は妥協なんだよ。」
「どういう意味?」
「私、元々医学部に入りたかったんだ。だけど、受験直前に厳しいと思って、薬学部に変更したんだ。」
「そっか。その点で言えば、俺も妥協は妥協だよ。志望校の偏差値を下げているし。」
「でも、頭良いとこじゃん。私のとこなんて、全然だよ。留年している人もいるし。」
「それはどこに行ったって感じるかもしれないから、なんとも言えないけど、妥協だと思っているからきっと満足はしていないんだなあと思った。」
「うん、満足はしていない。ただ、やっぱり所詮そんなとこに通っている私も大したことないのかなと思ったりもするよ。」
「それは難しい問題だ。俺も同じように思うこともあるし、ただその程度にもよるかな。あまりに酷いなら、少し対策を考えないといけないと思う。」
「気づいていると思うけど、私、いつもの方が声が高くてしかもちょっと頭悪そうに話しているでしょ。大学だともっとすごいんだよね。」
「それを慮ると、確かに少し対策が必要かもね。ただ、誰とも仲良くしているという点では良いことだと思うけど、それで疲れてしまうなら少し手を抜いても良いんじゃないかな。」
「でも、それだと仲悪くならない?」
「ちょっと手を抜いて嫌われてしまう相手ならそれまでとも言える。斑鳩さんにとっては初めてのことかもしれないからちょっと辛く感じることもあるよね。とはいえ、おいおいやらなければならないことだし。少しずつ慣らしていくのもありじゃない?」
「理解はできているんだ。でも、気持ちがねぇ…」
「優しい人なんだね。それにすぐ出来たなら今悩んでいないさ。ちょっと意識することから始めたら良いと思う。」
「そっか。参考にするね。」
「そういえば、今日家の用事なかったっけ?そろそろ帰らないといけないんじゃなかった?」
「あっ、帰らないと。パパが出張から帰ってくるから出迎えてあげないと。寂しがっちゃうからw」

その後は真っ直ぐ駅に向かい、電車の中ではたわいも無い話をした。
「ところで、上池といえば屋内テーマパークで有名なワンダタウンがあるけど、行ったことないの?」
「急だね。なんで。」
「前を通ったときに何の反応もしなかったから。うちら世代ドンピシャのテーマパークだから、多少の反応があると思っていたんだ。もう少し下の世代なら、潮海(しおみ)のジョイシティーのようにね。だから行ったことないのかなと思って。」
「うん、行ったことない。」
「せっかくだから行った方が良いよ。」
「わかった。今度、連れてってもらう。」
「うん、連れてってもらいな。」

そして、北九重につき、駅前で別れた。駅前でとは言ったが、正確にはバイト先近くの大通りまで送った。別に暗かったり危険な場所であったりはしないが、少し遅い時間だったので、長く付き合ってくれた感謝から住宅地エリアの側までは送ると思ったわけである。結果として、例の清陵高校の前まで送った形になる。
そこで感謝の意を込めて御礼を述べて別れたわけだ。

方向を変えて自宅へと向かおうと歩みだすとすぐに声を掛けられた。
「先輩〜 !!」
「えっ、ああ、田中か。今日も話し合いか。とはいえ、ちょっと遅すぎじゃないか。」
「今日が一応夏休み最後の話し合い扱いだったので。」
「そうか。高校生はもう夏休みは終わりか。」
「そうなんですよ!実際はもう夏休みは終わっているですがね。ところで、先輩、あの巨乳のお姉さんと付き合ってるんですか?」
「何でそう思った?」
「仲睦まじく話している姿を目にしたからに決まっているじゃないですか。」
「そうか、さっきの様子を見られていたのか。残念だけど、違うよ。」
「そうですか。というより、むしろかなり意外でした。」
「どうしてだい?」
「先輩って典型的な硬派じゃないですか、高校時代だってあんなに綺麗な人たちに囲まれていたのに、誰とも付き合っていなかったじゃないですか。俺だったら間違いなく誰かと付き合ってます。」
「それは前にも言ったが、あの中から彼女を作ったら生徒会業務が滞ることは目に見えていた。生徒会長ではなく総務委員会委員長として生徒会業務に携わっていたのだから、なおさら副会長、書記、会計の彼女らには手を出せるわけがないだろう。」
「そういうとこが硬派って言われる原因じゃないですか。それに、会長は手を出していたじゃないですか!」
「保健委員会委員長のことか?」
「そうです! 学園一の美人と呼ばれた、あの人ですよ!!」
「あいつらは元々付き合っていたんだ。しかもあの時点で付き合って5年目だから文句も言えないだろ。」
「えっ、中学から2人は付き合っていたんですか?」
「そうだよ。それにあいつら、まだ付き合っていて、もう少ししたら親に挨拶に行くつもりだぞ。」
「そうなんですね。美男美女カップルと言われるだけありますね。」
「そういうわけだが。っで、何がこの話と関係するんだ?」
「だから、巨乳のお姉さんと一緒にいたことが驚きなんですよ!あのお姉さんの様子を見ていると、申し訳ないですが、少し賢くなさそうですし、軽薄そうですし。それを考えると、典型的な硬派な先輩と一緒にいることが驚きなんですよ。」
「なるほどなあ。確かにお前の意見は間違っていないかもしれないが、それはお前から見た事実であって必ずしも正解ではないことはわかるだろう。」
「では、デートではないということですね。」
「そうさ。ただ、博物館に行って、買い物して、ご飯を食べてきただけだ。」
「男女がそういう行為をするのがデートっていうんじゃないですか?」
「それは見解の相違だな。まあ、お前の考えも否定できないが、俺らは少なくともそんな風には思っていないぜ。」
「なるほど。ところで先輩!先輩が高校3年生のときに彼女いましたよね? 同じクラスの方と。あの人とはどうなったんですか?」
「それは触れないで欲しかったなあ。」
「えっ、すみません。これ以上は聞かないことにします。」
「いや、せっかくだから教えておいてやるよ。あの子とは10月くらいに関係が冷え切ってきて、1月4日にもう話したくないって言われて心理状態を戻せずに、センター試験に向かい撃沈したのさ。」
「そんな理由があったんですね。先輩が浪人するわけないと思っていたのに浪人したから、後輩一同驚きでしたよ。」
「それは言えているな。まあ、確かに私立は受かっていたが、国立志望だったし、浪人したわけさ。」
「彼女のせいですね。」
「彼女は悪くないさ。俺が彼女が受験で追い込まれていることに気づかず、振る舞い方を変えなかったのが悪いんだよ。まあ、お前も気をつけろ。」
「気をつけますね。」
「じゃあ、また今度店に来いよ。」
「はい、行きます。失礼します。」

田中との会話はなんだかんだで面白い視点をくれるものだ。そんなことを思いながら、帰宅した。

「にぃ〜 お土産は。」
階段の上から麗華(れいか)が話しかけてきた。
「ねぇよ! 博物館行くだけって言っただろう!」
「えー、残念〜〜お土産話でも良いだよ(笑) どうせ、彼女と行ったんでしょう? 」
「今日は違う。バイト先の同僚。」
「男? 女?」
「女の人だけど。」
「彼女がいるのに他の女とデートするなんて、にぃもジゴロな奴になったものだ。」
「デートと呼べるほど親密な仲ではないさ。たまたま行けることになっただけだし。」
「 まあいいや、はい! にぃ、これ。」
階段の上から1枚のハガキらしきものがヒラヒラと落ちてきた。
「って、ただの広告じゃん。」
近所の紳士服店のクーポン付きの広告ハガキだった。
「今度、スーツ買いたいんだ。」
「はいはい、クーポンな。やるよ。」
「ありがとう、にぃ。大好きだよ(笑)」
「とって付けたようなセリフだなあ。」
「世のお兄ちゃんはこれで喜ぶんでしょ?」
「オタクネタは今日2回目なので、つっこまないぞ。」
「え、残念〜〜」
そんなくだらない会話をして、愚妹は自室、俺も自室へと向かい、就寝した。

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