メタバースはダイバーシティに寄り添える?
前提
最初に書いておきます。私はおおよそ、差別に反対です。
ですが同時に、現実に差別があることを知っています。そして、差別は反対すれば解決するような、簡単な問題でないと考えています。
むしろ、解決の前段階として、差別があること、その弊害への理解が必要だと考えています。
つまり、差別があることや、差別について語ることをタブー視することは、差別を助長することこそあれ、差別の解消には向かわないと考えています。
メタバースと、メタバースプラットフォーム
「メタバース」という言葉や概念そのものは、今も細かい部分で変容していると思いますが、全体的には、仮想空間で、交流や、何かしらの体験ができる空間、という認識でよいと思っています。
そして、「メタバース」という概念の中に、「メタバースプラットフォーム」というサービスが存在します。具体的には、Horizon Worlds、VRChat、Clusterなどです。これらは、環境としてのメタバースを提供するサービス、と言えるでしょう。
また、「メタバースプラットフォームを使わないメタバース」も存在し得ます。たとえば、オンラインショップが単体で、バーチャルショップを作成した場合、といったケースです。
これから書く文章は、主に「メタバースプラットフォームが孕む、潜在的な危険性」の話です。つまり、複数のメタバースを結合する、メタバースプラットフォームならではの問題、とも言い換えられます。
ここまでが、前提です。
アバター
メタバースプラットフォーム上で、必ず存在するのが、アバター、すなわち個々のユーザーの分身です。
どんな形であれ、アバターが存在しないことは、そのユーザーが透明人間になっているような状態で、他のユーザーから認識できない(または極端に認識され辛い)状態になります。
で、問題はここからなのですが。「このアバターの外見の扱い、どうするの?」って話です。
#1 人種の話
現実的な問題として、人種という概念は存在します。肌の色、髪の色、瞳の色、顔つき、etcによって、区分けされます。
そして、全世界で、と言っても過言でないほどに、人種による差別は存在します。「何が優遇され、何が冷遇されるか」の尺度や、程度は様々ですが、人種による差別が存在しない場所というのは、まだ存在しないでしょう。
そして人種は、良くも悪くも生まれつきのモノなので、そうそう変えられません。髪の色なんかは染色できるし、実際、優位に立つために染色する、なんて話もありますが。
ところが、メタバースプラットフォームで使用するアバターを、ユーザーが作成する、というプロセスの中で、今のところシステム的に、ユーザーとアバターの人種(による外見的特徴)を強制的に紐付けるサービス、というのは、一般的ではありません。というか、おそらく無いでしょう。
言い換えれば、メタバースプラットフォームでは、誰でも、好きな人種的特徴を持ったアバターを使用できるのです。少なくともシステム的には。
さて、少し話を単純化しますが、人種に関して、ざっくりと、メタバースプラットフォーム上で、以下のような5パターンが発生し得ます。
人種的に優遇されているユーザーが、優遇されている人種的外見のアバターを使う
人種的に冷遇されているユーザーが、優遇されている人種的外見のアバターを使う
人種的に優遇されているユーザーが、冷遇されている人種的外見のアバターを使う
人種的に冷遇されているユーザーが、冷遇されている人種的外見のアバターを使う
そもそも人種的特徴を持たない(無機物とか)をアバターにする
で、5番目はちょっと例外として、1~4番目については、「それは人種差別という問題がある社会において、倫理的にどうなのか」という観点が、絶対にどこかで発生します。
なぜなら、いかにメタバースといえど、完全に独立の価値観を作ることはできないし、ユーザーにそれを求めることも不可能だからです。
もっと直球で言えば、人種差別的なバイアスがあるユーザーに、それをメタバースに持ち込ませないことは不可能です。ま、人種差別の度が過ぎれば、メタバースプラットフォームから蹴り出すことは可能でしょうけど。
この問題は、たとえば現実社会で、冷遇されている人種の人が、メタバースの中では優遇されたくて、優遇される人種的特徴をアバターとして選択することを、倫理的にどう捉えるか、という部分で要約しやすいと思います。
それを「ずるい」とか「悪行である」としてしまうと、それはすなわち、現実社会で被差別側にいる人を、メタバース上でも被差別側に固定する問題が発生します。
他方で「それは問題ない」ということは、現実的にそうなのかは別として、差別を肯定していると捉えられてしまう側面があります。まあ肯定はしないにせよ、そういう風潮が発生すれば、人種的な「区別」が助長される可能性は高まるでしょう。
つまり、この問題、どうやっても何かしらの問題が発生するのです。(「アバターに人種的特徴を反映させる機能を持たない」という抜け道が存在しますが、その問題点は後述します)
#2 身体的特徴の話
人種の話でも書きましたが、ちょっと別の切り口で。
「片腕がない人」が居たとします。さて、その人はどんなアバターを使うでしょうか。
と、言うだけだと、漠然としすぎて意味不明の質問になりますが。ちょっと、補助線を引いてみましょう。
先天的に片腕がなく、それが自分の姿と思っている人
後天的に(事故などで)片腕を失い、本来の自分は両腕があった!という意識の人
この2点で対比すれば、「どんなアバターを使うか」という質問は、「どちらもあり得ること」と、わかりやすいと思います。当然、これ以外の考え方も存在して、先天的・後天的の区別だけで語れる話でもありません。
別の問題点として、肌の色や髪の色などは、比較的、アバターとして選びやすい要素です。しかし、体の部位の特徴、たとえばいわゆる「奇形」や「欠損」は、それをシステム的に選択することが難しくなります。
言ってしまえばアバターはデータなので、個々の人にあわせた外見のものを作ること自体は、不可能ではありません。しかし、個別に作るとなれば、相応のコストがかかります。特に、人体の汎用的な構造から外れる場合、プログラムの設定を変更する等も必要になる可能性があります。
つまり、すべての人に「その人にあわせた」アバターを用意することは、メタバースプラットフォーム上では、ちょっと現実的ではない、というのが当面の状況でしょう。
#3 アイデンティティや同一性
もうちょっと根っこの話をします。アバターと自分の「同一性」をどこまで重視するか、という課題についてです。
前述の、人種の問題や、身体的特徴の話に限らず。もうちょっとソフトな(?)部分だと、性別や年齢でも。あるいは髪型など、現実でも比較的、低コストで変更できる要素でも。
「どこまで自分の分身と同じでありたいか」「あるいはどこまで理想の外見に近づけるか」という、ある種の価値観と。
さらに、前述のような、人種、あるいは性別のような、現実世界に存在する差別が関わる要素。これらのバランスを取ることは、現実では「無理」だと断言します。
この問題は、おそらくですが、メタバース(メタバースプラットフォーム)が、ビジネス分野への進出や、SNSとの連携を強めれば強めるほど、強く摩擦が発生すると思います。
ビジネス分野への進出は、エンターテインメントよりも強く「優位を取るための行動」が重要になります。
また、SNSとの結合は、「メタバースそのものには興味がないけれども、人付き合いで参加する」人が増えます。そういった人は「メタバースと現実の違い」には無頓着になる可能性を持ちます。
(単純に参加人数が増えることも、もちろんリスクの拡大になります)
この話にはオチがないんです
ごめんなさい。この話にはオチがありません。
だって解決のしようがない問題なんですもん。「ユーザーのアバターに対する同一性の要求」が、まずバラバラであり、何が正しいって規範を作ることができない上に、それが人権に根付いた問題になります。
さらに、人種や性別など、現実世界での差別が絡む要素も混ざった時に、ガイドラインやルールで、それを「傷つく人がいないように調節する」のは不可能です。
もっとハッキリ言えば、「ダメージを最小限に抑えるラインを模索する」ことすら、1年や2年ではできません。おそらく10年や20年かかっても難しいのではないでしょうか。
なので、ユーザーができることは、「炎上に備えて自分のスタンスを考えておく(問題が起きてから慌てない)」とか、「問題をアドホックに対応するために変なルール・仕様がいきなり追加される覚悟を持つ」ぐらいでしょうか。
ただ、まー、こういう問題があって、エンターテインメントではないメタバース、特に業務向け(会議室とか)は、あまり成功できないじゃないかな、って思っています。
投資してる会社、大丈夫なのかなー?