世界遺産[登録基準編]
今回は、「登録基準」について取り上げたいと思います。といっても、登録基準そのものの解説が目的ではありません。世界遺産検定のテキストなどをみていて、トピックス的に強調して書かれているフレーズがいくつかありますので、それについて書いていきたいと思います(雑学的な内容で、世界遺産検定の勉強には役に立たないかもしれません)。
まず、世界遺産検定の勉強をされている方にはなじみがある登録基準ですが、全部で10項目あり、ざっくりいうと以下の通りになります。
(ⅰ)人類の創造的資質や人間の才能を示す遺産
(ⅱ)文化の価値観の相互交流を示す遺産
(ⅲ)文化的伝統や文明の存在に関する証拠を示す遺産
(ⅳ)建築様式や建築技術、科学技術の発展段階を示す遺産
(ⅴ)独自の伝統的集落や、人類と環境の交流を示す遺産
(ⅵ)人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産
(ⅶ)自然美や景観美、独特な自然現象を示す遺産
(ⅷ)地球の歴史の主要段階を示す遺産
(ⅸ)動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す遺産
(ⅹ)絶滅危惧種の生息域でもある、生物多様性を示す遺産
世界遺産に登録されるためには、この登録基準の中から1つ以上が認められなければならず、登録基準(ⅰ)~(ⅵ)が認められた遺産を「文化遺産」、登録基準(ⅶ)~(ⅹ)が認められた遺産を「自然遺産」、登録基準(ⅰ)~(ⅵ)から1つ以上かつ登録基準(ⅶ)~(ⅹ)を1つ以上の合わせて2つ以上の登録基準が認められた遺産を「複合遺産」、と呼んでいます。
こうした登録基準に関して、世界遺産検定のテキストなどでは、以下のようなフレーズがでてきます。それらについて、順にみていきたいと思います。
①「登録基準(ⅰ)のみで登録されているのは3遺産のみ」
この3遺産は、『タージ・マハル』(インド)、『シドニーのオペラハウス』(オーストラリア連邦)、『プレア・ビヒア寺院』(カンボジア王国)になります。
他の登録基準について、「~遺産のみ」というフレーズをみかけないので、(ⅰ)だけ特殊なのかと思って他の基準を調べてみると、以下の通りになりました。
(ⅱ)のみ:12遺産
(ⅲ)のみ:53遺産
(ⅳ)のみ:63遺産
(ⅴ)のみ:17遺産
(ⅵ)のみ:15遺産
(ⅶ)のみ: 8遺産
(ⅷ)のみ:23遺産
(ⅸ)のみ: 8遺産
(ⅹ)のみ:23遺産
「(ⅰ)のみ」の次に少ないのが、「(ⅶ)のみ」と「(ⅸ)のみ」の8遺産でしたので、まあ「(ⅰ)のみ」だけ強調されているのも納得できるかなと思いました。
一方で、「(ⅳ)のみ」が63遺産、「(ⅲ)のみ」が53遺産もありますが、確かに「技術の発展段階」や「文明の存在」には多様なものがあるので、こういう結果になるのもむべなるかなとも思いました。
②「登録基準(ⅰ)から(ⅶ)までの全てを認められている唯一の世界遺産」「文化遺産としての全ての登録基準が認められている」
①とは反対に多くの登録基準が認められている遺産ですが、登録基準数が最も多いのは7個で2遺産、次いで6個で4遺産ありました。それらの遺産は以下の通りです。
7個:2遺産
・『泰山』(中華人民共和国)(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅴ)(ⅵ)(ⅶ)(上記②の1番目のフレーズはこの遺産のことです)
・『タスマニア原生地帯』(オーストラリア連邦)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)(ⅶ)(ⅷ)(ⅸ)(ⅹ)
6個:4遺産
・『敦煌の莫高窟』(中華人民共和国) (ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅴ)(ⅵ)(上記②の2番目のフレーズはこの遺産と次の遺産のことです)
・『ヴェネツィアとその潟』(イタリア共和国)(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅴ)(ⅵ)(上記②の2番目のフレーズはこの遺産と前の遺産のことです)
・『聖山アトス』(ギリシャ共和国)(ⅰ)(ⅱ)(ⅳ)(ⅴ)(ⅵ)(ⅶ)
・『カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群』(メキシコ合衆国 )(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅸ)(ⅹ)
ちなみに、現在登録されている全1,223遺産を登録基準数で分類すると、上記以外では以下の通りとなりました。
5個:35遺産
4個:102遺産
3個:320遺産
2個:535遺産
1個:225遺産
登録基準2個の遺産が全体の約44%で最も多いという結果になりましたが、各遺産について「顕著な普遍的価値」(人類全体にとって現在だけでなく将来世代にも共通した重要性を持つような、傑出した文化的な意義や自然的な価値のこと)を持つ評価基準にあてはまるものがどれだけあるかと考えたときに、これくらいが妥当なような気もします。
また、文化遺産の登録基準(ⅰ)から(ⅵ)を全て満たしている遺産(複合遺産を含む)は上記の3遺産(『泰山』『敦煌の莫高窟』『ヴェネツィアとその潟』)に対し、自然遺産の登録基準(ⅶ)から(ⅹ)を全て満たしている遺産(複合遺産を含む)は21遺産ありました。上述した『タスマニア原生地帯』以外の遺産は以下の通りです。
・『ンゴロンゴロ自然保護区』(タンザニア連合共和国)
・『グヌン・ムル国立公園』(マレーシア)
・『雲南保護地域の三江併流群』(中華人民共和国)
・『ナミブ砂漠』(ナミビア共和国)
・『メ渓谷自然保護区』(セーシェル共和国)
・『アラスカ・カナダ国境地帯の山岳国立公園群:クルアニ、ランゲル・セント・エライアス、グレイシャー・ベイ、タッシェンシニ・アルセク』(アメリカ合衆国及びカナダ)
・『グランド・キャニオン国立公園』(アメリカ合衆国)
・『カナイマ国立公園』(ベネズエラ・ボリバル共和国)
・『イエローストーン国立公園』(アメリカ合衆国)
・『グレート・スモーキー山脈国立公園』(アメリカ合衆国)
・『タラマンカ山脈地帯:ラ・アミスタ自然保護区群とラ・アミスタ国立公園』(コスタリカ共和国及びパナマ共和国)
・『サンガイ国立公園』(エクアドル共和国)
・『リオ・プラタノ生物圏保存地域』(ホンジュラス共和国)
・『ガラパゴス諸島』(エクアドル共和国)
・『カムチャツカ火山群』(ロシア連邦)
・『バイカル湖』(ロシア連邦)
・『グレート・バリア・リーフ』(オーストラリア連邦)
・『テ・ワヒポウナム』(ニュージーランド)
・『シャーク湾』(オーストラリア連邦)
・『クイーンズランドの湿潤熱帯地域』(オーストラリア連邦)
文化遺産は登録基準が6個あるのに対し、自然遺産は4個しかないので、確率的にも自然遺産の方がすべての登録基準を満たすケースが多いとうのはその通りなのですが、自然遺産の場合、地球の歴史の発展段階を示すような遺産(登録基準(ⅷ))は、その長い歴史の中で独特な景観を有することとなり(登録基準(ⅶ))、長い歴史の中で動植物の進化や発展を示すこととなり(登録基準(ⅸ))、その中においては絶滅危惧種を始めとする生物多様性が見られる(登録基準(ⅹ))、という風なストーリーが作りやすいというのがあるのかもしれません。
なお、世界遺産検定4級のテキストにも書かれていますが、「認められている登録基準の数によって世界遺産としての価値に差が出るわけではありません」ので、ご留意ください。
③「登録基準(ⅵ)は、他の基準とあわせて用いられることが望ましい」「登録基準(ⅵ)のみで登録されている遺産は「負の遺産」と考えられるものが多い」
これらが登録基準に関して一番有名なフレーズかもしれません。現在、登録基準(ⅵ)のみで登録されている遺産は以下の15遺産です。
・『ゴレ島』(セネガル共和国)(登録年:1978年)
・『ランス・オー・メドー国立歴史公園』(カナダ)(登録年:1978年)
・『ガーナのベナン湾沿いの城塞群』(ガーナ共和国)(1979年)
・『アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)』(ポーランド共和国)(1979年)
・『独立記念館』(アメリカ合衆国)(1979年)
・『バッファロー狩りの断崖』(カナダ)(1981年)
・『プエルト・リコの要塞とサン・フアン国立歴史地区』(アメリカ合衆国)(1983年)
・『リラの修道院』(ブルガリア共和国)(1983年)
・『広島平和記念碑(原爆ドーム)』(日本国)(1996年)
・『モスタル旧市街の石橋と周辺』(ボスニア・ヘルツェゴビナ)(2005年)
・『アープラヴァシ・ガート』(モーリシャス共和国)(2006年)
・『ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡』(ブラジル連邦共和国)(2017年)
・『ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ』(ルワンダ共和国)(2023年)
・『ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点』(アルゼンチン共和国)(2023年)
・『人権と自由、和解:ネルソン・マンデラの遺産』(南アフリカ共和国)(2024年)
「負の遺産」とは、「戦争や紛争、人種差別など、人類が犯した過ちを記憶にとどめ将来への教訓とする遺産」とされますが、これに関しては、世界遺産条約で正式に定義されているものではないので、具体的にこの世界遺産が該当するというのを明記できるものではありません。そうした中で、上記のラインナップをみると、必ずしも「負の遺産」と考えられるものだけではありませんが(伝統、宗教、芸術などと強く結びついているという観点で登録基準(ⅵ)が認められているものなど)、「負の遺産と考えられるものが多い」というのはおおむねその通りかと思います。
それから、登録基準(ⅵ)については、『広島平和記念碑(原爆ドーム)』の登録時に登録基準(ⅵ)のみで登録することの是非が議論されたことを契機に、翌1997年の作業指針の改訂で、一旦登録基準(ⅵ)のみでの登録ができなくなった後、2005年の作業指針の改訂で「他の基準とあわせて用いられることが望ましい」というようにあらためて柔軟な運用が可能になったという経緯があります。
上記の遺産名紹介の際に登録年を付記しておきましたが、これをみると、1997年から2004年までは登録基準(ⅵ)のみで登録された遺産はなく、あらためて、作業指針をもとにして運用がされていたことを確認することができました。
④「文化的景観の価値で登録される遺産には登録基準(ⅴ)が認められるものも多い」
「文化的景観」は、「人間社会が自然環境による制約の中で、社会的、経済的、文化的に影響を受けながら進化してきたことを示す遺産」に認められます。
文化的景観はそれ自体が登録基準として直接定められているわけではなく、文化遺産としての登録基準が認められたものに、文化的景観としての価値を付加あるいは内在する形になっています。
上記のざっくりした登録基準の紹介では省略していますが、登録基準(ⅴ)には「土地・海上利用の顕著な見本」「人類と環境との交流を示す顕著な見本」という内容が含まれており、これが文化的景観の考え方と適応することから、④のように表現されているということかと思います。
ただ、文化的景観とされる遺産の登録基準をみると、登録基準(ⅴ)が認められていないものが多いという印象を持っていまして、若干もやもやしておりましたので、今回数えてみました。
すると、2023年末現在の文化的景観121件中、登録基準(v)が認められている遺産は64件で、率にして約53%という結果になりました。「文化的景観は登録基準(ⅴ)が認めれるものも多い」という表現も間違ってはいないし、「登録基準(ⅴ)が認められていないものも多い」という感覚も間違っていないという割合でしょうか。まあまあ納得しました。
ちなみに、日本の遺産で文化的景観とされる『石見銀山遺跡とその文化的景観』と『紀伊山地の霊場と参詣道』をみると、前者には登録基準(ⅴ)が含まれていて、後者には含まれていないということで、こちらも両者に分かれる結果となりました。
⑤「科学技術の進歩を示す登録基準(ⅳ)も認められている」
これは『ビキニ環礁 - 核実験場となった海』のことですが、ここは1946~58年にかけて、23回の核実験が行われ、島自体が消滅してしまったり、残存する放射能のために、住民が帰島することができず、無人島のままになっていたり、といった状況にある地域です。
上述した「負の遺産」と考えられる遺産で、登録基準(ⅵ)が認められているのですが、それに加えて、核の時代が始まったという象徴的な意味合いから、科学技術の進歩・発展を示す登録基準(ⅳ)も認められています。
この登録基準(ⅳ)が認められているということについては、以前から何となく違和感があったのですが、科学技術の進歩・発展というのが、そのイメージから受けるプラス面だけではなくて、場合によっては負の側面も併せ持つのだということの象徴だという風にとらえています。
今回は以上です。登録基準について世界遺産検定のテキストなどでよく見かけるフレーズをいくつか挙げて、それについてだらだらと書かせていただきました。
次回は、世界遺産に関連する「~族」「~人」について取り上げたいと思います。