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『OD!i』第68話「精神への旅路③」
「……は、ぁははは……」
正午を過ぎて、あたしは今、
瑞希図書館近くの喫茶店【CookPelli(クックペリ)】で、
美味しそうな春の味覚のランチを目の前にしてすら、
ただ呆然としていました。
その理由は、
瑞希図書館地下書庫の広大な本棚のジャングルにまいってしまっていた為。
……しかし、……しかし、
全ては無理でしたが必要な書籍への目星とメモはとれました。
折角の春の味覚を味わわなくては、
両親にも、お店の方にもお料理にも申し訳ない。
気持ちを入れ替えて、
「いただきます」をして、
「ごちそうさまでした」をすると、
「よー良いもん食ってんなー」
っ!?
突然小さなテーブルの前のお席に、雁野先生が座っていらっしゃいました。
菜楽荘の日々でもお面を付けて、
日中過ごしている方を見掛けた事はありません。
外套を羽織って町中を行く人間は、
身内に一人だけ心当たりがありますが。
「……か、……雁野先生? その……お面は外れないのでしょうか?」
「まーちーせー事気にすんな。オイラが仕事引き受けられる場所は、大抵こんなもんだ」
確かに店内に先生を訝しむ空気は御座居ません。
「それよりな?」
「……はい」
「今早水のご両親が和歌市に入ったぞ」
「……っ、……そう……、ですか……」
当たり前の疑問を口にします。
「森にうちの両親はいつ入るんでしょうか? 入る前に、一度会っておけますでしょうか?」
「オイラ達を……、可能なら、信じておくれ。おまえのご両親は今日中に森に入る。お会いしてみた感想だが、ご両親は大丈夫だ。特に男親は厄介な能力がある。相当な縛りのキツイ能力だとは思うがな。奥方は奥方でしっかりその手綱の扱いはご存知だし」
手綱って……、
「お父さんを悪く言っていいのは、お母さんだけです……」
「……そーか、そうだな、すまん、オイラの失言でした」
「……お父さん達がもしも傷付けられたら、あたしは進退を考えてますから!」
「おまえは保護者かよ? 例えば……な、早水よ? 聖域って分かるか?」
「……い、いえ」
「門番の役目はな? 聖域の守護だ。この場合の聖域とは犯してはならない区域の事になる。どんな存在も基本的には、それを守らなくてはならない場所なんだ」
……え、で……では?
「とても安全な場所と思っていいのでしょうか?」
「その質問じゃまだまだ足りねーなー早水。人生に安全地帯はねーぞ? どんなに安全に暮らしているつもりだろうと、死はどこにでも付きまとってくるもんだ。飛行機事故、列車事故、自動車事故、人間の作り出した文明そのものが、人間に対して牙を剥く事があるよな? この世の中には、当たり前の風景の中に、いくらでも人を殺傷しうるものが溢れている。特にそういう意味で日々の生活の中で、覚悟しておいてくれ、そう言っているんだ。早水のご両親は、おまえよりはその事を分かっていらっしゃる。だから、オイラと川瀬先生はともかく、おまえのご両親の事だけは、信じなさい」
「…………、はい」
雁野先生の「信じなさい」の声音は、
まるでお父さんお母さんの言葉の様に、
あたしの深いところまで染み込んで、
もう何も言えなくなってしまいました。
雁野先生は席をお立ちになり、
「おまえのご両親が怪我でもしたら、その頃オイラは多分生きてねーよ。じゃーな?」
先生の謝意すら覚える声音に込められた、
それでもなお前向きさを感じる声音にあたしはただ…………、
これがより人生を生きている人間の覚悟とあたしの歩む、
これからの“道”の灯される導きという灯りだと感じました。
メメントモリとはいえど、
それよりもたいせつなのは、
いきることをわすれないこと。