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『OD!i』第50話~マラニック先頭~「献身」
世陽緑地(ぜひりょくち)に、
先頭で走った、
俺、恵喜烏帽子 御門は、
ちっと、
イラついてる。
………………
…………
……
「神守森さん? あんたはなんで、俺に全力で応えてくれなかったんですか?」
俺はやや息を切らしながら、
俺すら兎(ペースメーカー)にする者へ問い詰める。
「われが人として在りたいが為だ。恵喜烏帽子をおとしめるつもりは無かった、許せ」
揺らぎのない強く厳かな声音が返ってくる。
相手が上位だと分かっていても、
だからこそ、俺は臨みたい。
「初めて名前読んでくれましたね。貴方が普通の人間じゃないとは、常に感じていましたが、貴方は……?」
「恵喜烏帽子はここまでの走りで、われを観察し洞察し、われとここまで走り抜いた者だからな。われなりの礼儀だ。だからこそ、その問いにも答えよう。われは魔人だ」
その言葉で瞬時に、
俺の感情の興奮(ボルテージ)が上がるが、
そこで、
ひと呼吸……、
遣り場の無い想いは……切り離して、
声音は冷えたものになる。
「学園も和歌市も明らかにおかしいですよね。俺はここに来るまで、こんなに穏やかな奴じゃなかった。ここに来るまでの俺なら、即、あんたから逃げるか闘うかしかの判断しかありえねぇ」
氷刃の鋭利さを込めた俺の声音にも、
神守森は、全く動じない。
「恵喜烏帽子よ。考えてもみよ。一万年前の生物が、門の外の日本現代社会でどう生きる。一万年後の生物が、確か不確かもわからぬ歴史をどう見る。おかしいと言ってしまえば、何処にでもその異常は入り込む。われらは皆特別な普通の異常者だ。故にこそ、普通学園に喚ばれたのだよ」
「特別」な「普通」の「異常者」?
神守森の言っている意味が、よく……分からない……。
「俺は特別な異能を持ち、異常な面も持ち合わせているかもしれないが、俺自身を普通の人間だとは思ってない」
「それは恵喜烏帽子自身を、他の者より、上位に置いているという事か?」
「あんたが今俺にしている様にな。動物の本能のひとつの作用じゃねぇの?」
「うむ。われも自然と他を威圧してしまう。ありながら、われと恵喜烏帽子の明確に異なる点は、われはわれを普通の存在である事を弁えておる事だ」
「っ!? ……あんたが「普通」だと……?」
「われは夢降る森を、わずかだが知っておるから、恵喜烏帽子の身を案じて、分かりやすく伝えておこう。われごときに圧倒され敬意を払っている様では、万が一、森の奥に入らねばならなくなった時、おまえは、確実に自己を保てなくなるぞ」
われ…………ごとき、だと……?
ふと……、
三尾との会話が思い浮かぶ。
……なんのなんの。みなさん「普通」だぜ?……
……わいさも、もちろん恵喜烏帽子もな?……
様々な疑問が錯綜して、
俺の心が徐々に押し潰されそうになる。
はたと気付くと全身が小刻みに震えてさえいる……。
根源はかつて抱いた事のない種類の、
動揺だ。
………………
…………
……
われは恵喜烏帽子が落ち着くまで待つ。
それから緩やかに言葉を紡ぐ事を努める。
「恵喜烏帽子よ、おまえは本当は、普通である事を直視せぬ様にしておるだけなのだろう? 永遠払いに異を挟まなかったのだからな」
「俺達……人類が無限の住人であると仮定したら、俺は普通にもなれる事は分かっていますよ。だが現実は違う。だから俺はその普通を認めない」
「普通の椅子は、今の恵喜烏帽子には座り心地が悪いか」
「平たく言えばそうですね」
「良ければ恵喜烏帽子に答えて欲しい」
「神守森の俺への礼儀と、それに適う範囲でなら」
「そうだ。それで好い。われらは同級生なのだからな。恵喜烏帽子よ……、おまえには、好いておる者、愛する者がおるか?」
われの問いには恵喜烏帽子の、
微かに赤らめた顔と逸らす視線が、
答えてくれた。
………………
…………
……
神守森が俺に本当に聴きたかった事は、
俺の想う「人の幸せ」について。
「……まず、俺には好きな女性がいる。彼女が居たからこそ、俺は女性全体を泣かせたくないと思える様になれた。だが、俺は彼女をある時裏切っちまった。本当なら、彼女の傍に居たい。ずっと、ずっと俺の傍で笑っていてもらいたい」
「われにも恵喜烏帽子の言いたい事は伝わるが、眠って見る夢ならともかく、理想だけでは現実の夢は叶わぬぞ」
「だろぉな」
「われの考えでは、種があり、萌芽し、花が咲く。花はやがて衰えて枯れてゆき、その過程でまた種ができる」
神守森の、
自分自身にさえ言い聞かせるような語りの抑揚に、
神守森が何処に、
「人の幸せ」を尋ねているのか俺には分かる気がする。
「……惚れたからにゃあ、惚れて惚れて惚れ抜いて、枯れて潰えるその日まで、愛する事を傍らに、寄り添い抜きてぇもんだ」
「ああ、全くその通りだな」
会話はそこに着地し、
俺達は世陽緑地の集合場所へと、
歩き始め……、
……たが、
神守森が俺の背後から、
俺の左肩を掴んでいて、俺は前に進めなかった。
「神守森……?」
「恵喜烏帽子よ、下を見てみよ」
世陽緑地の集合場所までの、
緑豊かな地面には、
ところどころに白い小さな花が、
いくつか咲いていて、
俺の進もうとする足下にも、
その白く小さな花が咲き、大きな影を落としていた。
「神守森? 言いたい事は分かるが、俺は、今日も明日もメシを食って生きていく。潰した相手をいちいち思ってちゃ進めねぇだろ?」
「その花が誰かの大切な者だとしてもか?」
またイラついちまうが、
認めている相手だからこそ、
今は耳を傾けてみる。
「有難う。恵喜烏帽子の走りも歩みもわれは心が痛む。他者を思いやるのは、己を思いやってからでもいい。しかし、他者を思いやれれば、己も愛される。花には花の、人には人の“道”がある。遠回りでもよい。舗装された、人の道をゆこう」
……魔人から人の“道”を説かれるたぁな……。
それがあんたに近付く『Legare(きずな)』なら、
今は従おうじゃねぇか。
全体を見渡す、
ゴールキーパーの指示なんだからよ?
………………
…………
……
神守森と舗装された道すがら、
こんな事を聴いた。
俺の踏み潰してしまいそうになった、
白く小さな花の話だ。
花の名は、「シロツメクサ」。
花言葉は…………、
「私を思って」「約束」
嗚呼……、
そりゃあ、
護らなけりゃぁな。
守らなけりゃぁな。
おれがそんざいしている、
そのゆいいつのいみは、
きみ、ひいてはじんるいにほうしするためです。