
『OD!i』第65話「髪型②」
清夜花に引かれて、
清夜花もあたしも、
持っていた傘を、傘立てに置かせていただきました。
決して広いとは言えない店内へ入ります。
店内全体は直角三角形の様な造りで、
壁面全体は様々な配色や動物が描かれていて芸術的。
音楽は主張の少ないイージーリスニング。
お客さんが既に一人いらっしゃって、
二人の店員さんの内の一人は、
そのお客さんに接客。
もう一人のレジに座っていた女性店員さんが、
清夜花に声を掛けてきてくれました。
「あら貴女? また来てくれたのね? うちの店を気に入ってくれて、どうも♪」
店員さんの言葉から推測するに、
清夜花もまだ多分二度目なんだ。
何処かしらの嬉しさと安心感。
「でも貴女なら分かってると思うけれど。美容なら、今日は予約で一杯よ? なんとなく貴女に何かあったのは、霊格で察するけれどね、そういった相談かしら?」
「あたくしを憶えて下さっていて、有難う御座居ます。失礼ながらも、まずはあたくしの友人を紹介させて下さい」
清夜花に友人と呼ばれ、
感動と誇らしい気持ちになる。
でもおかしな疑問も生ずる。
今まで当たり前に友だちという言葉を受け入れてきたけど、
友だちの定義って、
特にあたしの友だちの境界線とはどこにあるんでしょう。
多分これは、きちんと把握しておかないといけない。
そういう類の疑問だと思いました。
「彼女は普通学園の同級生、早水 捧華です。捧華? こちらの方は理容師の響 麗子(ひびき りこ)さん。あちらで接客中の方が、麗子さんのお姉さんで美容師の響 魅子(ひびき みこ)さん」
向こうで背を向けて接客中の響 魅子さんのハサミだけが、
不意にこちらに向いて、軽妙にシャキシャキする。
美容師共通の挨拶でもあるのでしょうか?
真偽はともかく、あたしの存在は知ってもらえたみたいです。
そこに麗子さんの驚きとも喜びともとれる声音。
「あらあら貴女? 清夜花ちゃんだったわね? この髪どうしちゃったの? 以前の髪質と明らかに変化してるじゃない?」
「はい。あたくしにはどうしたら良いのか分からず。教えをいただきたく参りました」
それから麗子さんは、
清夜花の美しく長く、
どこか赤っぽさのある髪と、
向かい合い、
様々な書籍を出して来て、
時刻はすでに午後五時を回りました。
………………
…………
……
「……ひとつ安心しても良い事は、誰にでもあるその国や風土などから起こる、普通の髪質の変化だって事ね。あと、貴女自身がそうしたいと思えるのなら、アーユルヴェーダを学びなさい。悪いけれど最善は教えてはあげられないわ。いやらしい話になっちゃうけれど、今はうちに置いてある、このココナッツオイルや、ハーブなら、ペパーミントあたりが用途も幅広いから、初心者ならお薦めね。クリームトリートメントも調べて試してごらんなさいな」
麗子さんの言葉からは、
お仕着せるものは感じられない。
清夜花もすぐに、
「それではココナッツ油をひとつ下さい。ハーブは多少集めていますので大丈夫です。親身になって下さって、本当に、有難う御座居ます」
「あらお買い上げ? ありがとうございます♪ 貴女大分良い風に変わったわね? そのお友だちのお陰かしら?」
ええ、と清夜花は清々しく、
「彼女の所為でもあったのですけど」
あたしは笑っていいのか困ってしまいましたが、
清夜花の声音からは、
あたしを責める様な音色は出ていませんし、
こちらを一目見て、
くす♪
と、微笑みすらしたので一安心です。
すぐさまに麗子さんは、
「そ? じゃあ捧華ちゃんに移りましょう。その子も門限あるんでしょう?理容をご利用なら、この麗子さんにお任せ♪ なんてねっ♪」
そして、
清夜花が教えてくれた事。
今度魅子さんにお世話になりたければ、
きちんと予約をしなさい。
あとは、
捧華は髪を切ってもらいたいのでしょう?
それなら、
理容室の方が、本来は正しい選択だったのよ。
と言う事でした。
つまり……、
本日のあたしには理容室しか選べなかった訳です。
………………
…………
……
同日午後九時半頃、早水 捧華自室にて。
あたしは今日も日記を書いています。
麗子さんのカットは、
お母さん以上で、やはりプロだと感動しました。
カットの際は、あたしの大切な鉢巻の話が持ち上がり、
麗子さんは仰いました。
「凄くいい鉢巻だって力は伝わってくるけれど、洋装だと浮いちゃわない?」
あたしもそれは承知の上でしたから、
「仰る通りだと思います。それでもいいんです。もしもどんなお洋服にも合わなくても、あたしはあたしの身につけているもので、この日の丸鉢巻がなによりも大切なものですから」
そうあたしが言い切ると麗子さんは、
「ふふ♪ 好い答えね。それじゃあ仕方ないわね、そうね……みんなが通った足跡だらけの道には、もう何も落ちていないわ。捧華ちゃん、新しい価値を創造して行きましょう」
「はい♪」
門限の所為もあり、
麗子さんとは思う程ゆっくりお話はできませんでした。
それでも多少のヘアケアのお話を伺ったりして、
あたしももっと女の子しなくてはと、
情熱を燃やしたのです。
しかし……あたしは比較的背が低いから髪質を向上しても、
髪型の種類は、豊富には選べません。
自然に短髪になっちゃう。
そんな悩める思考の最中にも、
今でも悦に入る。
顔剃りの前のふわふわあったか♡
蒸しタオル♡
あーわかるわかる♪
……あれ? わかっちゃってあたしって、
所謂女子力が低いのでしょうか……。
男性的な思考の傾向が強めとか……。
しかし……、
これは……、
癖になるほど気持ちがいい♡
全ての理容を終えて、
お金を支払い、
レシートと特典がもらえるスタンプカードを押して戴き。
お仕舞いの、
今夜のあたしの日記。
おやすみなさいです。
ひとはじぶんのみたいものをみたがる。
それはげいじゅつ? それはあい?
たぶんそうなんだろう。