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私が愛した世界一のチョコレート

私が死ぬほど愛していたチョコレートのブランドについて語りたいと思います。

DOMORI(ドモーリ)というイタリアのブランドです。カカオマニアやチョコレートを生業としている方はご存知かと思いますが、今でもほとんど知られていないブランドです。
あの革新的なチョコレート作りと、香りへの狂気と執念が忘れられないので、こういう商品がかつて存在したのだ……ということを記しておきたいと思います。

まず、私が初めて食べたドモーリは上の2つの小さなボックスでした。10年前、ご縁があり知り合った方に勧められ「そんなに美味しいチョコレートがあるなら食べてみたい!」と試すことに。

クリオロ品種別アソート6種

金色のボックスはクリオロ種と呼ばれる稀少品種(世界で栽培されているカカオの約0.01%)の中でもさらに、遺伝子の異なる6品種の違いが比較できるセットです。薄く小さな正方形が6つ入っていました。

産地別アソート6種

白色のボックスはトリニタリオ種と呼ばれる、これまた稀少な品種(フレーバーの優れたクリオロ種と、病害に強いフォラステロ種を交配させた種の総称で、世界栽培の約7.99%)で6産地の違いが楽しめるセットでした。

巷に溢れている「売るための商品」とは明らかに違います。なんでこんなに凄さが分かりにくいものを作ったのか……
説明を受ければ「確かに何かが凄いのだろう」ことは誰にでも察しが付くのですが、実際にどのような過程を経てこれを作るに至ったのか想像できるようになると、あまりの狂気にひれ伏すようになりました(それは後ほど解説します)

高級なスイーツ(ケーキ・パフェ中心)と、ジャンクフード(ポテチとヌードル)が主食だった私は内心「違いが分からなかったらどうしよう」と不安に思い、食べ比べ用にコンビニで買える板チョコレートも準備してましたが、その存在を忘れるほどにドモーリのチョコレートに魅せられました。

美味し〜い♡というより、異質というか衝撃……ナンダコレ、という状態でした。美味しいは美味しいが、これまでの人生で体験したことのない香りと味わい。これは私の知ってるチョコレートとは違う……とにかく、自分の理解を範疇を超えていることは、ハッキリと分かりました。そこで、次に大箱(と言っても1つ25gで、400-800円ほど)を全種類買い、ひとつひとつじっくり味わってみることに。

金額的に、二度目を買えるかは分からない。コンディションを整えて、どう食べれば失敗しないのか必死に調べ(常温に戻す、お湯でリセットしつつ、16等分し、時間をかけて食べるなど)満を持して封を開けました。
ちなみに、セレクションボックスは包み紙で、箱はアルミコートのプラ袋に入ってました。私は包み紙より袋派です。なぜなら袋は、閉じ込めていた香りが開封時にブワッと広がって、天国気分を味わえるからです。

パッケージはどれもオシャレなんですが、なぜクリオロ種だけカカオポッドの絵があるのかなと疑問に思っていました。
カカオポッド、みんな違う色と形と肌ざわり……そこに愛おしさを感じている人間でなければ、あえてコストをかけてまでこのデザインにはしないよな……とは感じていたのですが、ノンナアンドシディ(当時の輸入者)の店舗で話を聞いているうちに、創業者であるジャンルーカ・フランゾーニという人が、このクリオロ種に並々ならぬパッションを抱いていることを知りました。

カカオを愛するあまり、自らを「カカオカルト」と称していたジャンルーカですが、我々の想像のナナメ上をいく行動力と発想力で、チョコレートを作るにあたっては、さまざまな実験研究を重ねていました。
まずジャンルーカはクリオロ種という希少種を探すところから始めました。カカオ栽培地を回り、その希少種を譲り受けると、協定したベネズエラの農園の使用+管理の権利を得て、接ぎ木で増やしていきました。
『カカオはテロワール(土地)の影響をほとんど受けない』
研究と実験の結果、この自説を打ち出した彼は、それを証明するために、クリオロ種(種が白い品種)の中でもさらに品種別に分類し、純粋なその品種のみのチョコレートを生み出すために、他品種との交配を防ぐ品種隔離栽培を始めたというのです。マッドサイエンティスト……?

クリオロのパッケージにあえてカカオポッドの絵を描いたのは、カカオへの偏愛だけではなかったのです。どこ産のどんな品種のカカオを食べているのかも分かっていない……そもそもチョコレートがどうやって作られていて、原料が何であるかも知らない人類への挑戦状であり、カカオを研究し尽くした上での主張でもあったのです。

そもそも、企業や研究機関に属していない個人が、絶滅しかけてる品種のカカオを求めて奔走することはないし、栽培から製造を一貫して手がけることも稀です(当時はチョコレート原料大手、製菓メーカ大手、海外老舗のショコラティエのほんの一部しかカカオ豆を輸入していなかった)

香りに大きく影響を与える最適な発酵方法を農園の人達と共有し、カカオ豆本来の香りのポテンシャルを極限まで高めるために、焙煎温度・コンチング時間などあらゆる製造工程を見直し、原材料もカカオマスと砂糖のみと決めて、最適の配合を考え抜きます。全てが、美味しい!のために徹底的に作り込まれ、ロジカルに真理を追求した結果、ドモーリは誕生したのです。

そして、ジャンルーカは品種や製造のみならず、他社を研究しチョコレートの歴史を学びながら、自分なりの販売方法を編み出していきます。趣味でのチョコ作りではなく、商業に乗せることにもこだわり、徹底的にマーケティングもしています。

上記はドモーリが扱っているカカオのいくつかの品種をブレンドした「イルブレンド」と、塩や唐辛子やミントなど別の素材と合わせた「D-FUSION」です。
私は最初から品種や産地別のブッ飛んだ方を食べてしまったのですが、凝り性でない一般消費者のための入門編として、比較的手に取りやすい価格で親しみやすさのあるフレーバー系も存在していました。

自分の生み出したこだわりのチョコレートはどんな場所でどのように売れば手に取ってもらえるのか。どうすれば広まるか、彼自身も模索していたのだと思います。一時はワインを扱う日本の酒屋でも取り扱いがありました。

もう何というか、作り方も売り方もすべてがクラシックを踏襲しつつのオリジナルというか、端々から『私の考えた最強のチョコレート』感が滲み出ているし、小難しいことなど分からなくても、商品のパッケージや味がそれを力強く物語っていました。
紐解けば紐解くほど、ドモーリに夢中になりました。良心的な価格で、愛情と共に、ドモーリを日本に輸入することを決意して下さったノンナアンドシディの岡崎さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、このチョコを少しづつ理解していく中で、あまりの同志の少なさに驚愕しました。私の中では唯一神と呼んでも過言ではないほどに絶対的な存在であったし、ここまで煌めきを隠し切れないチョコ、全人類大好きに決まっている、知っている人はたくさんいると思っていたのですが、そうではなかった。でも、そこで不安になることはありませんでした。なぜなら、あらゆるジャンルのチョコレートを買い込んで食べ比べても、彼のチョコ以上に心揺さぶられる味に、出会えなかったからです。

こんなに素晴らしい食べ物があるのに、どうして?皆、このチョコレートの存在を知らないだけなんだ……この感動を伝えるためにはどうしたらいい?と必死で考え始めました。

●綺麗な写真があればネット上で目に留まりやすいかも?(映えではなく、サイズや色が正確に伝わる方法を考えた)

●食べたくなるような表現や文章力も必要だ!(ドモーリの尊厳のためにも、嘘や誇張表現は絶対にしない。だが、伝えるためには、説明や感想の羅列だけではパワーが足りない。誤解が少なく正確性があり、共感性のあるワードを使いこなせるようになる必要がある)

●表現力を磨くためには、もっと世界を知らなければならない。とにかく修行あるのみ(フルーツやナッツの食べ比べをしたり、酢や醤油など調味料の製法による味の違いを体験したり、パンや麺やスイーツを粉から作ったり、カカオポッドを解体して発酵や焙煎をしてみたり、発酵による香りと人為的に付けた香りの違いはどこにあるか実験したり、アルコールにニブをつけ込んでエキスを抽出したり、カカオと相性の良い食べ物を探すなど……)

などとアレコレ試行錯誤しているうちに、ドモーリとチョコレートを探求するために費やすお金は惜しくなくなりました。趣味は貯金、人生は楽しさより安定、イージーモードが正義と思って生きていたのですが、その価値観すら一遍して、のめり込んでいきました。

ここまでカカオを追求し、個性を生かしたチョコを作り上げるまでにかかった労力と費用を勘案すると、当時のドモーリは破格だったと思います。「他のチョコレートと比べてどうか」などという、ミクロなスケールの話ではないのです。
とてつもなく芳醇な香りで、神がかった聖水のごときテクスチャのチョコレートがどのように作られているのか……ベネズエラの農園で品種ごとに栽培され、適切に発酵・乾燥され、パッキングされたカカオ豆が麻袋に詰められ、船で海を超え、最強のチョコレートを製造するために機器や設備がカスタマイズされたイタリアの工場で焙煎し練り上げる工程と期間と費用に思いをめぐらせたら、気が遠くなって、もはや感謝の気持ちしか込み上げなくなりました。
(他者がどう考えるかはさておき)私にとっては、生まれて初めて触れた、これこそが世界一と自信を持って叫べるクオリティの食物だったのです。

もっとドモーリやジャンルーカを知りたい。しかしマイナー過ぎてネットに情報がほとんど存在しない。自分でどうにかしなければならない。東京に行く機会を見つけてはノンナアンドシディ(当時の販売店)やイベントを訪ねる日々が約3年続きました。

DOMORIのチョコレートのこだわりが詰まった本。ジャンルーカのインタビューや製造工程・販売戦略が綴られています。当時はカカオ豆ってなんぞ?コーヒー豆の仲間???くらいの認識だったので、世界の秘密を覗き見ているような感覚で夢中で読みました。
ジャンルーカにサロショで会った時、持参した本に書いてもらったサイン。

●ジャンルーカのインタビュー本が存在する?日本語版は……ない?それならば翻訳しなくては!
(英語版を取り寄せ、グーグル翻訳に文章を打ち込みまくり、約1年かけて読了。その記念にイタリア語版も買った。コレクター。)

●どんな新作も食べたい、ジャンルーカがやることにはすべて理由も意味があるはずだ、何を考えてそれを作ったのか知りたい。
(クリオロ新種の商品化!?激アツ……ハート型のチョコ←ちょっと解釈違いだけど可愛いし美味しいから正義(激甘判定)……親会社illyのコーヒーのボンボンショコラ←当然美味しいがドモーリの魅力はそこじゃない……)

などなど、何でも知り尽くしたくて、飽きることなくドモーリを追い続けました。懐かしい商品達のパッケージ、ほんの一部ですが、ご覧下さい。

ロバ・ヤギ・ヒツジ・ラクダのミルク違い。「需要など関係ない。どうなるか気になるから作った」という心の声が聞こえた。
こちらは100%、90%、80%というカカオのパーセンテージ違い。ちなみに通常販売している品種・産地別のチョコレートはすべて70%。ジャンルーカ曰く70%が黄金比なんだそう。おそらくそのことを理解してもらうために作ったパーセンテージ違い(狂気)
産地別の大箱がリニューアルして現地で生息する動物のイラストに。可愛い!
まるまるの砕かれていないカカオ豆にチョコレートがコーティングされたお菓子も当時としては斬新だった(同一価格帯でこれを超えるクオリティはもう世界には出回らないと断言できる)
事業を始めた頃は金の箱だったそう(写真は持っていて欲しいと譲り受けたもの)イメージは臙脂色と金!!サロショで買った当時の新商品にはサインも!(オクマーレ77というクリオロ種・ハシエンダビクトリアという農園のアリバ種カカオのチョコなど)

今思えばこれらが商品として売られていたことが奇跡だと思います。
斬新すぎるラインナップはトレンドを超越しすぎて、もはや商品というよりもクリエイト!

私がドモーリを知ってから、クラフトチョコレートがちょっとしたブームになり、クリオロ種が尊ばれる風潮もありましたが、品種が宣伝に利用されるのは違う……というか「分かる味で勝負して欲しい」と、ドモーリを目の当たりにすると思わざるを得ませんでした。それくらい、作り手の知識量も熱量も具現化力も明らかに差がありました。
その違和感を突き詰めていくうちに「作り手」にも意図があり目的があり、完璧な事業など存在しないのだと理解しました。

●規模の大きな企業は生産販売技術もルートも安定しているが、カカオ本来の香りを引き出すという点に関しては積極的にはなれない(馴染みのない香りや味は消費者に選ばれにくいから)(その点で明治のザ・チョコは革新であり、ジャンルーカもプロジェクトの一部に参画していたことに感激した)

●マイクロバッチ(少量生産)の個人店だからこそ出せる味はあるが、職人によって知識や技術の差が激しく、どうしても割高で、消費者は気軽に手が出しにくい。

そのような「業界のままならなさ」も含めて、幼い頃からずっと身近に感じていた「チョコレート」という存在そのものが今も成長途上であり、多様性が担保されているからこそ、面白いのだと考えるに至りました。それぞれが好きなチョコを選べる。日本人は最高に贅沢な世界で生きています。

また現在では、品種よりもローカルカカオ(その地域一帯で収穫されるカカオ)という概念が主流になりつつあります。その考え方が優先される方が、生産者にも消費者にもメリットがあるし(品種は無数にあり交配するものなので、逐一厳密な特定をしていると費用も労力もかかる)そもそものカカオを取り巻く現状がそう甘いわけではありません。実際、ジャンルーカの行っていた品種隔離栽培も、自然の摂理に逆行するので危うさを感じます。むしろ、そこまでしても自身の理想を追い求めようとしたジャンルーカの狂気的な香りへのこだわりと、徹底的な分析と行動と情熱に、私は強く惹かれたのだと思います。

ドモーリを食べ続ける日が、永遠に続くと思っていました。
でも、ある時期を境に、味が変わり(製造方法を変更したという告知や情報はありませんでしたが、友人達と意見交換していく中で、やはり変わったよね?となり、私個人としては天地が揺らぐ大事件だった)輸入販売店も変わり……廉価ブランドが現れ……どうしてなんで……調べてみたら、ドモーリがジャンルーカの手を離れてしまったことを知り、ハッと目が覚めるような感覚になりました(今はクーベルチュール販売が中心のようです)
個人向けのマニアックな新商品を出すことは、もうないでしょう。品質が高いことは既に一部で知れ渡っているので、企業として危ない経営をする必要はなくなったのです。

生涯かけて全身全霊で推そうと心に決めたアイドルが知らぬ間に引退してた時ってこんな気持ちなんだろうと思います。圧倒的虚無。
買えていたものが同じクオリティで買えなくなる。それどころかパッション溢れる新作に触れることが二度とできなくなってしまった。カカオ愛の詰まったパッケージがこの世から消えるかも知れない。私はこれからどこを向いて歩いていけばいいのか。

それでも、人生は続いていくし、ジャンルーカにはジャンルーカの幸せを求める自由がある(最近では日本で梅酒を作ってました)彼だってチョコレートの為だけに生きてるわけじゃない。そして、BTB(bean to bar=豆からチョコレートを手作りするスタイル)は日本で定着し年々チャレンジする人も増え、素晴らしいブランドが続々と現れ、たくさんの人々が、今この瞬間も、カカオやチョコレートを取り巻く現状を打開しようと日々前進しています。

世界が変わっていく、その只中に生きている幸せ、その黎明期をドモーリを通じて知り合えた友人達と過ごせた楽しい時間を、今でも時々思い出しては噛み締めています。

・カカオは濃い方が強い!とか、BTB板しか勝たん!!と、本気で思ってたし、当然のように話してた(10年経ったので懺悔)
・カカオの木って日本にもあるの!?と見に行ったり、ダブルターンって何事!?(新しい製法にすぐ食いつくマニア)とか……
・知らないブランドを紹介しあったり、友達にクリオロのオブジェを作ってもらってジャンルーカとお世話になったチョコ仲間に贈呈したり、ドモーリしか出てこないテイスティング会をしたり……
・サロショに神(ジャンルーカ)降臨してセミナーしてることが発覚……神が実在するってこと……?(混乱)東京に飛ばないと……イタリア語で感謝のお手紙を書きたい……!

など、まぁ、もう、とにかく、若気の至りというか、今思うと恥ずかしいくらい、はっちゃけてました(カカオやクラフトチョコに馴染みのない方には分かりずらい走馬灯のようなハイライトですみません)

こちらがジャンルーカにプレゼントしたDOMORIクリオロ8種のオブジェ。ハンドメイドの得意な友人にパッケージを見せて細かく解説し、制作してもらいました。みんな違って、みんな凄い!!

そして、ありきたりな結論になってしまいますが、やはり人間と人間の繋がりは財産だと思います。ドモーリのことばかり考えていたら、少しずつ人に会う機会が増えて、長く応援し続けたいなと思える人達にもお店にも出会えたし、別の沼を覗いてみれば、同じように凄い人達がいて、そして沼も数限りなくあり、変革者が存在することも知りました。

ドモーリに出会うまでずっと、頑張っても世界は変わらないと思っていたし、ただ楽しく生きておけばいいか……と自分の生き方に疑問を持ったこともありませんでした。でもこの世の中には、人気や売上など関係ない世界で生きる、想像を絶するような凄い人達がいて、確固たる狂気や理想を胸に常識を変え続けている。素晴らしい商品に携わる素敵な人達が、たくさんたくさん存在する。世界はつまらなくなんてなかった。とても色鮮やかだった。そのことに目を向けていなかった、知ろうとしていなかっただけだった。

食べ物との向き合い方が変われば、情報との接し方もおのずと変わっていきます。信頼できる人にめぐりあう機会も増えました。カカオやチョコレートを取り巻く現実はとても厳しいけれど、未来は明るいと信じています。

ドモーリの日本での栄枯盛衰をそばで感じられたことに心から感謝しています。なくなってしまったから美しく感じるのかもしれませんし、逆にもう世界に存在しないものを体験できて、非常にラッキーだったとも思います。きっとどんな時代を生きていても、その時にしか煌めかないものがあるから、いつを生きてもきっと世界は楽しいのだろう、と思えるようにもなりました。

活発化しているクラフトチョコレート市場。これからも、どんどん新たなカカオ・チョコレートの英雄が生まれてくると思います。そんな人達を勇気付ける消費者でありたい。命ある限りチョコレートを食べ続け、作る人達と向き合っていけたらと思います。

ご覧下さりありがとうございました!

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