おはなしのはじまり。
森の入り口にある小さな木の家。煙突からは煙がもうもうと立ち昇っている。
また暖炉に湿った木を入れたんだな…
火事に間違えられても知らないよ、とため息をつきながらギィ…と音を立てて古びた木のドアを押し開ける。
「また来たのか。たまには友達と外で遊びなさいな。」
煙の原因となっている暖炉の方を向いたまま、ロッキングチェアーに深々と腰を掛けた老人が言う。
「煙突の煙がすごいから見に来てあげたんだよ。じーちゃんの家が火事になったら俺の遊び場が減っちゃうでしょう。」
じーちゃんは僕、間違った、俺の血の繋がったじーちゃんではない。ただ、見た目がじーちゃんっぽいからじーちゃんって呼んでいる。
「それはご苦労なことで。それはそうと、自分のこと俺なんて言うようになったんだな、お前。また何か、友達に言われたのかい?」
じーちゃんは少し馬鹿にしたような、でもってちょっぴり心配そうな顔で俺を見る。
「まぁ、いつもの事だよ。いつまでも僕ちゃんじゃいられないのさ。」
少々口うるさい家庭に産まれたせいで、一人称が僕だということをずっと気にしていた僕の秘密をじーちゃんは知っている。そのせいで友達に馬鹿にされていたことも。
「お前いつまで自分のこと僕って言ってんだよ、だっせーの!そんなんだからいつまでも弱っちい僕ちゃんなんだぜ、いや、赤ちゃんの間違いかな?」
泣き虫で体が弱くてやせっぽちだから、僕は同級生によくからかわれた。今日も学校で同級生に言われたことをふと思い出し、じわっと涙がこみ上げてきたから慌てて目にゴミが入ったふりをして目を擦る。その姿をじーちゃんに見られた気がして、何となくばつが悪くなった僕は、顔を下げたまま暖炉の横の木箱を漁る。
木箱からふわふわの毛布と、いつだかの食べかけのメープル味の少しお高いクッキーを取り出してじーちゃんのロッキングチェアーの真横、僕の定位置に足を投げ出すようにして座る。
「さて、今日はどんな国の話をしてやろうか。」
目を瞑ってゆらゆらと揺れていたじーちゃんが僕を見て微笑む。じーちゃん曰く、昔は旅人をしていたらしい。相棒の馬、ミルクに乗っていろんな国を回ったという。何で馬の名前がミルクかっていうのは、いつだか聞いたのだけれど忘れてしまった。
ふと気になったので僕はじーちゃんに、
「ミルクと会った国の話を聞きたい」
と言った。すると、
「前も話した気がするんだがなぁ。まぁいいだろう。その前に、そのクッキーを1枚おくれ。あと、お前は目を擦り過ぎだ。涙を抑えるときは暖炉の方を見るといいぞ、あっという間に涙が乾く。」
…じーちゃんには一生かかってもかないそうにないな。