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武田百合子『富士日記(上)』中公文庫

年が明けて、さて、何を読もう。気がつけば未読の小説が1冊しかない。ヴォネガットの『スローターハウス5』である。たいへんに評判の高いこの小説をわたしはまだ読んだことがないのだ。しかし、これが年の初めの1冊でいいのだろうか。いや、たぶんいいと思うのだけど、実はいまちょっと気分が落ち込み気味なので、もっと明るいものを読みたい。そこで本棚から取り出したのは大好きな『富士日記』。上巻である。中巻は犬が辛いことになってしまうので読みたくない。上巻がよいのだ。

今まで何度読んだかわからない本だが、今まではとにかく元気いっぱいの百合子さんの日常を楽しく読むだけだったが、今回は「もし自分だったら」と考えてしまった。新しく建てた山荘だが、あちこちに問題がある。いちいち業者を呼んで説明し、修理してもらう。修理してもまた別のところに不具合が見つかる。また呼んで修理してもらう。毎回修理の人たちに飲み物だけでなく、食べ物も出す。修理の人たちと世間話をして、どんどん親しくなる。しまいには家でみんなで宴会だ。持っているクルマはおんぼろで、運転手である百合子さんはメンテも担当する。変な煙が出たり、タイヤがパンクしたり、トラブル続き。そのたびガソリンスタンドに持っていっては直してもらう。ガソリンスタンドの人たちとも仲良しになる。夏に山荘に来るのはわかるが、一家は真冬にも来る。あちこち水が凍りつく。不凍液も凍る。しばらく留守にしたあと東京からやってくると、家の中で死んでいる動物がいたりして、それも片づける。夫の泰淳が書いた原稿を駅まで届けて「列車便」に載せる。これ全部、百合子さんがやるのだ。こういうこと、自分なら到底できないと思うばかりだ。

面白いエピソードもいっぱいある。すれ違う自衛隊のクルマに危ない運転をされて「バカやろ、死ね」と窓から叫ぶ百合子さん。それを「男にバカなんて言うな」とたしなめる泰淳に対してさらに怒る。激怒して、クルマをむちゃくちゃに運転して泰淳を怖がらせ、ガソリンスタンドに行って、そこの人たちに「主人にこんなひどいことを言われた!」と訴えるのだ。ふだん武田先生を尊敬しているスタンドの人たちも困ってしまう...。

楽しく読んだ上巻だが、ここでストップしておこう。元気な百合子さんのおかげで新年の軽い落ち込みは少しマシになったようだ。つづいて読むのはいよいよ『スローターハウス5』...。

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