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アニー・エルノー『嫉妬』堀茂樹、菊池よしみ訳、早川書房

ノーベル賞受賞が決まった直後に図書館で予約した。順番は2番目だった。今見たら35人。名前も聞いたことがなく、どんな作家かまったく知らなかった。この本には「嫉妬」と「事件」という中編が2篇入っている。「嫉妬」はまぁ、普通に読んだが、「事件」はかなりショッキングだった。

2篇とも小説だと思っていたが、できるだけ事実をそのまま書こうとしていることが感じられた。どうやら自伝らしい。こんなに露骨なほど赤裸々に書こうとする心情はどのようなものなのか。

「嫉妬」はいったん別れた年下の恋人が、新しい女性と暮らし始めたと聞いてその女性のことを調べようとしたり、想像したりする話。これはまぁ、そういう人がいるのは理解できた。最後はそんな思いがある夜にピークに達し、そうして憑きものが落ちたように落ち着く話。その夜のことを「ワルプルギスの夜」だったと自分で思うのだが、「ワルプルギスの夜」が何のことかは知らないけれど、というのが妙に面白い。

「事件」は主人公の女子大学生が望まぬ妊娠をしてしまい、中絶したいと思う。中絶が法律で禁止されているフランスで、親にも知られないように、知人をつてに情報を集めるが、なかなか難しい。ついには病院で働く女が陰でその仕事をしていると聞き、施術(「ゾンデ」を挿入する。ゾンデって何)を受けるが、その後もなかなか流産しない。ある夜、自室でそれが起き、友人の女性と二人で始末する。このときのリアルな描写が強烈。出てきた胎児の描写もある。へその緒をはさみで切ってしまい、出血が止まらず、結局病院に送られてしばらく入院した。

そういう顛末をドライにリアルに綴っていくのだが、妊娠した彼女の焦りやまわりの人間の反応、特に男子の同情するようで好奇心に満ちた反応などがしっかり書かれている。当時の大学や学生の様子もわかる。(この女子大生は大学近くで暮らしているが、ほぼ毎週末、両親の家に帰っている。洗濯してもらう汚れた下着を持って。甘えすぎじゃないの?)

調べると、フランスでは1975年に人工中絶が合法化されたようだ。それまでいかに女性たちが絶望的な状況で危険を冒して違法な中絶を試みていたかがよくわかる。この女子大生は一度などは編み物の編み棒を子宮に突っ込もうとして、痛くてやめたのだ。

あくまでも事実を記録しようとする作者の姿勢が怖い。ドライすぎる書き方はたとえばデュラスにも似ているかもしれない。デュラスのような詩情がもっとあればと思った。

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