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川上未映子、村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社

川上未映子による村上春樹への、非常に気合いの入ったロングインタビュー。図書館で借りて読み始めたらあまりに面白いので買い直してつづきを読んだ。村上作品を10冊以上読んでいる人なら楽しめること請け合います。ほんと、面白かった。

何より良かったのは、インタビューする川上未映子の態度だと思う。わたしは知らなかったけど彼女はたいへんな村上ファンらしくて、もちろんこのインタビューの仕事のために徹底して復習したのだろうけど、それにしても過去のあらゆる村上本に精通している。「過去の作品は読まない。すぐ忘れる」と言う村上本人に代わって何でも答えられるぐらいの筋金入りだ。もちろん自分も作家だから単なるファン以上の鋭い質問ができる。そして村上が何と答えようと、自分が納得するまで質問しつづけるのがよい。

以下、面白いと思ったことをいくつか書いておく。

・タイトルのこと。タイトルだけまずふっと頭に浮かんで、しばらく時間を置いて、それから小説を書き始めることが多い。『海辺のカフカ』とか『騎士団長殺し』とか。

・作家の心理を建物にたとえると、地下1階は私小説などで書ける段階。いわゆる近代的自我もここ。しかし地下2階には何があるか、本人にもわからない。こわいぞ。

・村上は大昔の人間が夜に洞窟で火を囲んで物語を話したり聞いたりしたような、そういう語り方をしている。だから「わかりやすい文体」と言われる。「洞窟スタイル」。

・海外の書店で村上小説はなぜか万引きが多い。

・『騎士団長殺し』は第1部が「イデア」第2部が「メタファー」のサブタイトルがついていて、「イデア」というと誰もがプラトンと思うが(川上はプラトン哲学についてすごく勉強して準備してきた)、村上はプラトンなど読んだことがなく、この本の「イデア」はプラトンには全然関係ない。

・川上が村上作品における「悪」が変化していると感じている(鋭い視点だ)が、村上は「そうかなぁ、そういえばそうかも」ぐらいの反応。自分の小説のテーマなどについて考えて書かない。しかし二人で話すうちに、『騎士団長殺し』の免色さんがまりえが隠れているクロゼットの前でじっと立っている、あのシーンは何らかの悪と関係するのではという話になる。面白い流れ。すごくいい感じの読書会みたい。

・30代の主人公が多い。まだ完全に固まってはおらず、かといって幼くもない。しかし同じ30代の男でも、最近の主人公は贅沢を感じると川上の鋭い指摘。たとえば外車に詳しかったり、「古伊万里の皿があった」とさらりと言うなど。

・後半はとにかく「文体が大事。文体こそすべて」と村上が力説。いつも書いて書いて書き直す。毎日10枚は書く習慣である。『ノルウェイの森』で完全なリアリズム文体で書いて成功したから、次からはまた別の文体にした。文体さえ変化していけば、作家はマンネリにはならない。川上も『乳と卵』で女性の文体だとさんざん言われ、次の『へヴン』が第3作で、文体を変えようと思って書いたとのこと。

・中編小説がなぜかあまり評判が良くない。

・村上作品の女性の描き方はとかく評判が悪い。巫女のように描かれることが多い。それを指摘しても村上は「そうかなぁ」と。自分はただの作家だから、イズム的におかしいと言われても「すみません」と謝るしかないとのこと。彼は中学のときにある女子から手を取られてどこかに導かれた経験があり、それが影響しているのかも、と。(しかし最近では村上はミソジニーだとまで言われてるんですけどね。やっぱりなんとかしてほしい。)

・締切などなく、時間をかけて長編小説を書き、モニター上で推敲を繰り返し、ある日編集者に「はい」とUSBを渡す。編集者がプリントアウトしてくれたものをまた推敲する。(自分でプリントアウトすればいいのに...。)

・批評を嫌いながら、『短編小説案内』では自分も批評してるではないかという指摘に、「小説を読むときには『こんな読み方もある』という読み方を示しているだけ」との答え。(でも批評だってそういうものだよねぇ。それに、最近では自分の資料を早稲田に寄付することにした。研究者のために、ということだけど、それも矛盾してないか。)

・「開かれた物語」「善き物語」を書きたい。『アンダーグラウンド』の取材をしながら特にそう思った。

・その時期に翻訳していたものと、自身の文体との関係。

きっとインタビュー前の条件として、家族関係のことは訊くなと言われていたのかなと思う。父親のこともぎりぎり最低限しか出なかったし、妻のことは全く出なかった。

わたしは最近はもうあまり村上を読まなくなったのだけど、また気を取り直して読んでみようかなという気になった。読者と作家の関係は「信用取引」と彼は言う。わたしはもういい顧客ではなくなりかけてるかな。でもまたちょっと読んでもいいかも。



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