ルシア・ベルリン『すべての月、すべての年』岸本佐知子訳、講談社
『掃除婦のための手引書』につづく2番めのルシア・ベルリン本。わたしはとてもケチなので新刊の本をすぐに買うことは滅多にないのだけれど、これは迷わず買った。前作同様に、ひとつひとつの短編が重くて、続けては読めない。一日ずつゆっくり読んでいく。
たとえば最初の「虎に噛まれて」。主人公の女性は離婚しており、妊娠しているがとても産める状況ではなく、心配した姉が手配してくれてメキシコに堕胎手術を受けに行く。そのはずなのだが、いざそのときになるとやめると言い出すのだ。呆れる医者。そして(ここがベルリンの小説に出る女性らしいのだが)自分が帰る前に具合の悪そうな少女を気づかって世話を焼いたりする。手術を受けずに帰ってきたことを知って驚く姉。今後どうなるかわからないけど、赤ん坊を産んで一緒に生きていこうとする主人公。
彼女の小説に出てくるのは、決してしっかりしていないが、かといってでたらめな生き方をしているわけではなく、それどころかそれなりに真剣に生きている女たちが多い。しかし、人生はうまくいかない。薬物依存やアルコール依存の問題が絶えず起きる。
いつも家族や親せきがわやわやと出る。ひとり静かに暮らす人間は描かれない。
また、主人公の女性たちが誰かをケアする場面がよく書かれる。気分の悪い人を気づかったり、老齢の夫婦がこれからどう暮らしていくのか心配したり、また緊急治療室で働いたりもする。彼女らには人助けをしようという大層な気持ちはなく、ただなんとなく気がついたら他人をケアしているという場面が多いのが面白い。
作者ベルリンは見てのとおりの美人だし、姉妹や従妹なども美人のようだ。小説の女性たちも外見が美しい人だから(そして、親しみやすい性格だから)まわりの人も彼女たちにそのように接していると感じる。決して人から無視されたり、いじめられたりはしないのだ。美人が生きるとはそういうものなのだろう、などと思いながら読んでいた。
強く印象に残ったのはメキシコから男を頼ってアメリカに来たのに、男が刑務所に入ってしまい、彼の家族と一緒に暮らすことになる少女の話「ミヒート」。男の赤ん坊を育てているのだが、うるさがられ、心ならずも赤ん坊を虐待してしまう。病院に行かなくてはならないのに、行く手段がなくてすっぽかす。こういう人はきっと日本にもいる。我が子を虐待してしまう若い母親は、実はそれほど苦しい環境で生きていることが多いのだとおしえてくれた。
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