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村上春樹『東京奇譚集』オーディブル(朗読:イッセイ尾形)

そろそろオーディブルはやめようと思っている(ほんと?)。この本は以前に読んだことがあって、わりと好きだったもの。それをイッセイ尾形の朗読で聴くとどうなるか。結果はとても良かった。必ずしもぴったりの組み合わせではないが、そのズレが面白かったのだ。

これまで聴いたオーディブルは、ナレーターがかなりきちんと準備して、練習して録音したと感じたが、イッセイ尾形はそれほど練習してないんじゃないか。文中の息継ぎの場所が変だったり、単語のアクセントも標準的でなかったりする。でもその代わりに即興性があるのだ。村上の世界をどんどん自分の世界に引っ張っていってしまう。特に人物のセリフの言い方が個性的で、「この人はそんなしゃべり方はしないでしょ」と抗議したくなったりする。でも、面白い。本として読むとき読者は村上流の世界観におとなしく取り込まれてしまうが、このオーディブルは<競作>のようなもので、二人の世界観が競い合っているのだ。

以前、本として読んだとき一番印象に残ったのは、高層マンションの26階と24階の間で消えてしまう男の話だった。読み終わって何年かたって、結末がどうなったか、詳細がどうだったかなどきれいに忘れてしまっていたのに、「26階と24階の間で消えた」ことが記憶にずっと残っていた。そんなふうに読者の頭に決定的に残るアイディアが出ること自体がすごいと思う。たしかこの本は、村上がいくつかのキーワードをまず決めて、それから物語を作っていったものじゃなかったっけ(対談でそんな話をしていたと思うが自信なし)。そんな彼の<物語産出能力>に感心してしまう本だ。

PS オーディブルはこのあと宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を聴いた。面白かった。(いつやめるんだろう、オーディブル)


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