小山清『落穂拾い・犬の生活』ちくま文庫
太宰治の弟子だった作家らしい。太宰ほどのうまさはないが(全体に長すぎ)、太宰のようなややこしい自己愛もない。甘えん坊で、素直な男だ。気持ちのいいユーモアもある。そばに母のような女性がいてくれて、やさしく見守られて執筆に勤しむイメージの作家。彼は生まれが吉原の近くで、そのため自分の環境を樋口一葉の作品と比べたりもする。昭和の吉原近辺で暮らす人たちの生活ぶりも描かれていて、興味深い。
この短編集ではタイトルにもなっている「落穂拾い」と「犬の生活」がよかった。「落穂拾い」は全然売れていない作家が小さい古本屋を営む少女とのやりとりがほのぼのとして明るい。てきぱきと働く少女が、客である売れない作家に対して「わたし、おじさんを声援するわ」と言う。誕生祝に「ちょっと待って」と店番をしてもらい、近所で爪切りと耳かきを買ってプレゼントしてくれる。
「犬の生活」は自分についてきてしまった犬を飼うことになった話。犬はすでに妊娠していた。犬好きな大家のおばあさんや、健康診断のため動物病院に連れていったときの獣医との会話も暖かい。動物が出る短編だと、最後は悲しい話なのかと身構えて読んでしまうが、最後までのどかな調子だった。呑み屋のおかみとの会話。「じゃあ、あんた、この頃犬といるの?」「犬といるなんて同棲しているようなことを云うなよ。もっとも、同棲にはちがいないが。そのうち仔どもが生まれるよ」「なに云ってんのよ、あんた。しっかりしなくちゃ駄目よ」
そう、「しっかりしなくちゃ駄目よ」と言いたくなるような男なのだ。
最後の「メフィスト」は津軽に疎開した太宰の代わりに家で留守番をしている小山が、訪ねてきた若い女性客に「自分が太宰である」と言って嘘の会話をする話。フィクションだろうけれど、おかしい。客に「写真で見るよりずっとお綺麗ですわ」と言われて悦に入ったりするのだ。
貧乏だし、作家としてもなかなか芽が出ないのだが、それでも生まれつきやさしくてのんびりした人だと感じられる作品ばかりだ。しかし現実の人生は厳しいもので、彼は脳血栓から失語症になり、ものを書くことができなくなる。妻(「落穂拾い」の少女のような)は生活苦から自殺。彼も53歳で亡くなってしまう。