デジタル・ラストワード(第三話)

 かぼちゃと名乗った女性は、突然のことに驚いているフィロに爽やかな笑顔を向けた。
 身長差があることを考えてか、片膝を床に着くようにして視線を合わせてじっとフィロの瞳を見つめる。

「ベルさんは時間切れだから、あとは私が引き継ぐね」
「時間切れ……?」
「そう、ベルさんみたいな普通の人は、この空間に長時間いられないの。試験やったでしょ? あれは、量子接続の耐性を測るテストでもあったわけ」
「量子……耐性テスト……?」

 よくわかっていないような顔をするフィロを無視して、かぼちゃは立ち上がりながら蕩々と説明を続けた。

「私たちの仕事は、主にこの空間でいろいろすることなんだけど……何はともあれ戦闘力を鍛えないとだね。目標は、一週間以内に、自分の身を守れるぐらいの……」
「……戦闘力? 俺達の仕事は、誰かと闘うことなのか?」
 話を遮ったフィロに対して、かぼちゃはウインクしながら指を鳴らす。
「そう! とも言えるし、違うとも言える。私たちの仕事は情報の密林から、一粒のダイヤを探し出すような。って表現されることが多いよ」
「情報の……密林……?」
「もう少し具体的に話すと、量子コピーされた依頼者の記憶から、特定の情報を見つけ出すんだけど……専門的なことは私も知らない。でも知ってることはある。人は誰しも、大なり小なり『悪意』を持っていること」
「悪意」
 オウム返しをするフィロにかぼちゃは深く、思い出すようにしみじみと頷いた。

「この世界では、人の持つあらゆる感情が何らかの形を持つの。例えば悪意は、他人を傷つける『獣』として。私たちはそういう意思の獣から、自分自身を守らなければいけないの」
「……? つまり、どういうことだ?」
「そのうちわかるから、今は『そういうもの』と思っておいて。ということでフィロちゃんには、まずは『武想』を出来るようになってもらいたいんだけど……困ったね」
「困ったのか……(何が?)」
「そう、困りました。私の時代は手探りだったから、実践から入ったけど、それだと半分が駄目になったから……」
「駄目になった!?」
「この世界で他人の悪意に傷ついて、現実でも病んだりとか。どこかに程よい相手がいると良いんだけど……私じゃ、勝負にならないし」

 かぼちゃは、さらっと怖いことを言いながら、ああでもない、こうでもないと真っ白な空間をうろうろとさまよった。
 そしてふと、何かに思いついたように指を鳴らした。

「そうだ、他の新人と闘わせれば、良いんだね!」
 そう言って、かぼちゃは手の平を床にむける。
 かぼちゃの動作に反応したのか、白い床が盛り上がる。
 氷柱を逆さにしたような白い突起の先端には0〜9のボタンがついていて、かぼちゃは慣れた手つきで四桁の数字を入力した。
 ぷるるるる……と、呼び出し音が鳴る。

「はい。こちら、ヌルメラですわ?」
「こっちはかぼちゃ。ところで、困ってない? 決闘らせない?」
「困って……ますわね。それは良い考えですわ! ナタリア、行きますわよ!」
 電話先から「えっ? どこへ……」という、女性の声が聞こえたと思ったら、通話はそこで切断された。
 役目を終えた電話機が、ズズッと静かに床に沈んでいく。

「かぼちゃ先輩、今のは?」
「ヌルメラ……私の同期。あいつも新人の教育を任されたから。フィロにはあいつの妹子(でし?)と闘って……ヌルメラの鼻を明かしてもらうから!」
「そんな無茶な……まあ、俺もやれるだけやるが、期待はしないでくれよ」

 そんなやりとりをしていると、白い空間に裂け目が入り、金髪碧眼、真っ白な肌を持つ女性が顔を覗かせた。
 彼女に手を引かれてバランスを崩しながら入室した女性は、フィロを見るなり「あっ」と声を上げた。

「フィロ、あの子と知り合い?」
「ああ、あいつは試験の時に会った、熊殺しの美女……」
「まあいいや。ちょっと待ってて……」
 かぼちゃは入室してきた女性達の元へと向かう。
「久しぶり、元気してた?」
「ぼちぼちですわ。かぼちゃは調子よさそうですね」
「まあね。しかも優秀な後輩が出来た。ヌルメラとは、更に差がついちゃうね」
「ふざけんな、ですわ! 後輩の優秀さでは、私の方が勝ってますわ!」

 バチバチと火花を散らすかぼちゃとヌルメラの様子を、フィロと、ヌルメラに連れられてきた女性は呆然と眺めていた。
 そして不意に、二人の先輩の視線は、それぞれの後輩の元へ向けられる。

「ナタリア! このパンプキンガールを驚かせてやりなさい!」
「フィロ、来て。残念美女に、思い知らせてやろう!」

 それぞれの先輩に呼ばれた二人は、苦笑いしながら近づいた。
 ヌルメラが手を思い切り振ると、二人の横の大地が盛り上がる。
 標高一メートルほどの台地が生成され、その上には直径数十メートルはある巨大な正円が描かれている。
 それは、見方によっては巨大な土俵のようだった。

「ルールは、どちらかが線の外に出されるか、私たちが『負け』と判断したら負けですわ!」
「怪我しそうになったら止めるから、安心して全力でぶつかって」
「さあナタリア! 土俵の上へ!」
「フィロはあっち側ね。目印の線が引いてあるから、その上で待ってて……頑張って」

 フィロとナタリアは、言われるがままに土俵に上がる。

「二度目ましてだな、俺はフィロ。あの時は、熊を倒してくれてありがとう」
「お気になさらず、私はナタリア。手加減しませんので、どうぞよろしく!」
「もちろん俺も、闘うからには、負けるつもりはないぜ」

 並んで歩いていた二人は拳を合わせてから、それぞれの開始場所へと向かう。
 いつの間にか、それぞれサイドの応援席に移動していたかぼちゃとナタリアから、それぞれに声援が飛ぶ。
「フィロの闘志を、武器として形に! ……でもとりあえず、まずはそいつをぶっ飛ばせ!」
「ナタリア! やっちゃいなさい! あなたなら出来ますわ! とにかく目の前の相手を倒すことだけ考えるのですわ!」
 二人の目の前に、3……2……1……と数字が切り替わり、最後にFight!!と大きく文字が表示された。

 同時に、フィロとナタリアが地を蹴って前に出る。
 一歩だけ前に踏み出したナタリアは、フィロの速度を見て少し驚いた顔を見せ、その場で迎撃するように腕を構える。
 フィロは、立ち止まったナタリアに更に踏み込んで、拳を後ろに引いて構えながら加速する。
 ナタリアはタイミングを合わせながら手刀を振るい、フィロは横薙ぎに振るわれたそれを、身を屈めて躱しながらナタリアの足元に蹴りを放つ。
 ナタリアは、蹴りの勢いに身を任せて真横に吹き飛ばされながら、とっさに何かを掴む動作を見せた。

 急停止したフィロの目の前を、鋭い刃物が通り過ぎる。
 フィロは直進の勢いを上方向に変換し、ナタリアを大きく飛び越えるようにして土俵の線の、ギリギリ内側に着地した。
「そうだ、ナタリアさん、それですわ! そのままやっちゃいなさい!」
 すぐ真後ろで、ヌルメラがナタリアに声をかけている。
 かぼちゃ先輩は、土俵の対角線でフィロに何か叫んでいるようだが、悲鳴と助言が混ざったそれは、まともな言葉になっていなかった。

(あれは……まずいな……)

 ナタリアの手には、刃渡り30センチほどの、短い剣が握られていた。
 熊を相手にしても平然としていたフィロの背筋に冷たいものが走る。
 軽くその場で剣を振ったナタリアは、クスッと笑いながらフィロの元へと駆けだした。
 遠くでかぼちゃが身構えるのが目に入る。

 フィロは、無意識のうちに片腕を天に向かってあげていた。

 負けたくないという気持ち。単純に、ナタリアの剣に対して抱いた恐怖。
 本気で心配するようなかぼちゃの表情。かぼちゃ先輩に失望されたくないという想い。
 それらを小さな手の平で……掴む。

 フィロの手に、確かな感触が伝わる。
 小さなフィロの全身に、莫大な重量がのしかかる。
 固い地面が軋む音がする。まるで最初からそこにあったかのように、フィロの片手は剣の柄を掴んでいた。
 それは巨大な剣だった。
 刃渡り二メートル以上、片側二十センチほどの厚さを持つ諸刃の剣。
 柄の長さだけでも四十センチほどある大剣を、フィロは身体の一部のように振り回して上段に構えた。

よろしくお願いします。