短編小説「世界にひとつだけの」


「ねぇ、せんせ。送られてくる小説は全部保管してるの?」

今日も送られてきた小説を読みおわり机の上に放るときみが問いかけてくる。今は小説家をやっているが、昔編集の仕事をしていたので、それを知っているファンからはときどき小説が送られてくる。

「まさか。読んだら捨てるよ。」

「捨てちゃうんだ……」

きみは少し眉を落とす。

「小説は一点ものじゃない。再現可能性が高いからね。これを送ってきた人だって、保管してもらえるなんて思ってないよ。」

そう言うと、きみは、ふぅんとなにか納得いかなそうにゴミ箱にはいった原稿を見つめた。

「新しいお話が思いついたから帰るね。」

きみはそう言うと、僕の部屋からでていった。


次にきみが僕の部屋にきたとき、新しく書いた原稿を持ってきた。

封筒から出すと、小説は原稿用紙に手書きで書かれていた。
驚いて僕はきみの方を見遣る。
きみはごきげんそうに持ってきたケーキを頬張っていた。

女の子らしい整った字を、目で追っていく。
読みおわると、きみは待ってましたとばかりに口を開く。

「ね、せんせ。これも捨てるの?」

きみはいたずらに口角を上げて僕をのぞきこむ。
僕は、ふ、と笑みを零し、コーヒーをいれに立ち上がった。



おわり。

#小説 #短編小説

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