モーニングコール


 俺のバイト先のおんぼろラブホには、ちょっとおかしな常連客がいる。ロングの黒髪に銀縁のメガネをかけ、濃いグレーのスーツを着たOL風なおねえさんで、週に数回夜1人でここに泊まりに来る。ここはぼろい分格安だし、男のお客さんならホテル代ケチってラブホ使うのはよく聞くからまだ分かるけど、真面目そうな成人(済みだと思われる)女性がラブホに1人で泊まりにくるとかなんかおかしくないか?1人で一体なにしてんだろって思うのがフツーだと思う。受付でそんなことをボーッと考えてると、そのおねえさんがやってきた。
「宿泊で。朝6時にモーニングコールお願いします」
 そうお決まりのセリフを淡々と言い放ち、前払いの料金を支払うと、長い艶やかな黒髪をふわりと翻し、おねえさんは部屋へと向かっていった。
「リュウジ、知ってる? あの人最近お前が入ってるシフトの日しか来てねぇの」
 受付を見ていた河野センパイがニヤつきながら話しかけてきた。そのおねえさんはスタッフ内でも噂になっていて、知らない人はいないはずだ。
「え、マジっすか?」
 金髪にしてるせいでチャラくて頭が悪そうに見られる俺だけど、それが何を意味しているかセンパイが何を思ってそんな表情をしているのか、そのくらい分かる脳ミソは持っている。
「月、水、木。お前の出勤日しか来てねぇよ」
そう言われると、途端に意識してしまう。それってやっぱりそーいうコト?俺に会いにきてるとか?いや、たまたまその曜日ってこともあるだろうし。そんな受付で一瞬話すだけのためにわざわざ泊まりにくるか?そもそも俺のことどのタイミングで知ったのかも分からないし。変な期待はしない方がいい、違った時ガッカリするし、何より恥ずかしい。ガッカリ?俺、あのおねえさんのこと好きなのか?いやいや、たしかに俺は俺と正反対な真面目で大人しそうな女性が好きだけど。それにしてもおねえさんの来てる日をチェックしてるなんてセンパイももしかして気になってるんだろうか。べつに、気にしててもいいけど。
 1組のお客さんが帰ったから部屋の清掃に向かう。途中、おねえさんの泊まってる部屋の前を通るとやっぱり少し気になって1人で何してんだろうと考えてしまう。うちのおんぼろラブホにはDVD観れる機器もないし、何して暇つぶしてんだろ。仕事持ち帰ってるとか?
 そんなこんなを考えながら部屋の清掃とベッドメイキングも終わって受付に戻ると、センパイは休憩室へと仮眠を取りに入っていった。暇な時間はお客さんにさえきちんと気づければ基本何していても怒られることはない。俺は大抵、スマホでNetflixに入っているアニメやらを観ている。2時間してセンパイが戻ってきた。次は俺の休憩の番。少し仮眠をとる。おねえさんも今ごろ寝ているのだろうか。

 いつの間にか眠っていて、起きたらセンパイがおつまみセットの準備をしていた。明日は木曜だというのにこんな時間まで飲んでいるお客さんもいるのか、と少し羨ましくなる。もうすぐ陽も昇る時間だ。

「そろそろだな」
 アニメを観ていたら、センパイに声をかけられて時計に目をやると、あと5分で朝の6時になるところだった。あのおねえさんを起こす係は、1番下っ端の俺に決まっていた。
 ピピピ。6時のアラームが鳴り、俺はおねえさんの部屋番号を押しモーニングコールをする。
「……はい」
 おねえさんが出る。寝起きなのか声が少し掠れている。
「おはようございます、6時でございます」
「おはようございます、ありがとうございます」
 いつものやり取りを終えると、7時頃におねえさんはチェックアウトしに受付へきた。
「いつも、ありがとうございます」
俺はなんのことだか分からずキョトンとしていると
「その、モーニングコール……」
 と少しもじもじとしながらおねえさんはそう言う。
「あぁ、そんなのお安い御用です」
 常連さんにはそのくらいのサービスはしないと。
「でも、1人でここにくるって、珍しいですよね」
 話しかけられたついでに気になっていたことを言ってみる。おねえさんは少し驚いた表情を見せてから言った。
「わたし、夢を買いにきてるんです」
「夢……?」
「はい、好きな人に朝起こしてもらうのが夢なんです」
え、と、それって、つまり……?
「前に、駅前でクーポン配っていたことあったでしょう。その時に聴いたあなたの声が忘れられなくて。その、笑顔もかわいいし……」
言いながらおねえさんは頬を赤く染めてゆく。
「えっと、あの、明日もよろしくお願いしますね」
 おねえさんはふわりとフローラルな香りを残して足早に帰って行った。ぽかんとしていた俺の目の前に缶コーヒーが置かれる。
「笑顔がかわいいねぇ?」
 後ろで聞いていたセンパイはわざとらしく俺の顔をマジマジと見てくる。いたたまれなくて、缶コーヒーを開けてぐびりと飲む。毎朝飲んでる眠気覚ましの微糖のコーヒーは、いつもよりすこし甘く感じた。


#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?