今回も芥川龍之介の作品。(最近ハマっている)
コンプレックスは付きものだと思う。
だけど、実はそのコンプレックスこそが、アイデンティティなのかもしれない。
それに気づくには、時間を要するのだろう。
例えば整形。
一重を二重にしたい。
みんなと同じでありたい。
整形したら、自分を変えれる。
人生が、変わる。
そう期待してしまう。
芥川龍之介のストーリーを読んで、失って初めてその居心地の良さに気づくのだよと、教わりました。
主人公は、長い鼻がコンプレックスです。
そんな彼の思いの中で、響いた言葉がこちら。
コンプレックス自体に苦しめられているのではなく、コンプレックスによって傷つけられる自尊心のために苦しむ。
自尊心の毀損(きそん)を修復したい。
自分のような鼻のある人間を見つけて、安心したかった。
消極的な苦心をしながらも、積極的に鼻の短くなる方法を探した。
コンプレックスを解消した主人公に対して傍観者が抱く感情、利己主義に、主人公は勘づいた。
不幸を切り抜けると、なんとなく物足りない気持ちになる。もう一度その人を不幸に陥れたい気にさえなる。いつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に抱くようになる。
嫉妬に近い感情だなと思いました。
本人が困って鼻を治したかった。でも、治ったら治ったで、他人からの視線が気になり始める。
ある日、短かった鼻が元通りになった。
その居心地の悪さが故に、コンプレックスを再び持つことに安心感を覚えた。
終わり。
自分の一部を捨てるときは、如何に他人の目線を気にしないか、その覚悟が必要ですね。
そうでなければ、元に戻したいという気持ちが生まれ、今まで切望していた積極的な整形が無駄になってしまうので。