明日はよろこびを
11/22(金)、心斎橋5th Streetで行われた、Agape単独ライブ。
あれから、あっという間に一週間が過ぎた。
私はこの日坂爪圭吾さんからいただいたレアチケットを握りしめて、予定通りライブに行くことができた。
ライブレポを書こうとしたけど、なんだかなんにもことばが浮かばなくて、ただあの日あの空間でAgapeの音を感じられたこと、確かなことはそれだけしかなくて、もうなにも言わなくていいやと思った。
そうして、普段の生活に戻り、徒然と日々を過ごしていた私に、その知らせは突然飛び込んできた。
Agape、電撃解散発表!?
不思議と、驚きとか悲しさとか淋しさとかは一切、感じなかった。
ただただ、ああこれが『坂爪圭吾』だなぁ。
やってくれるなぁ。
という感想しか浮かばなかった。
数日前、彼がハワイの『Worm Ponnds』について書いていた。
それを読んだ時から、なんとなく感じていたなにか、の答えがそこにあった。
在りし日、在りし物にとらわれない、そういう彼なりの次の歩みへ。
自分で書いた首里城のこと。
いろんなことが、つながった気がした。
大事なことは、その瞬間をこの目で確かめられたこと。それさえあればいい。
目に見える形や物はいつか無くなったり、絶えず変わったりする。
でも、それを感じる心は自分の中にあって、たとえ見えなくなったとしても、それまでを失うことはない。
悔やまないためには、行動するしかなくて、それはすべて自分次第。
吉祥寺も、心斎橋も、この瞳で見届けることが、できた。この身体で音の波を受け止めることが、できた。その瞬間に立ちあえたことが、すべてだった。
私はそれを胸に、また明日のよろこびを探しに行こう。
Agapeのはじまりとも言える、記念すべき1曲目を思い出した。
この時、この曲からはじまった坂爪圭吾そしてAgapeの音楽活動がこんな形になるなんて、きっと誰も想像できなかった。
この先も、いったいどんな展開になるのか予想もつかないし、彼にしか見えない道があるのだろう。
音楽をやめることはないだろうとは思うけど、彼がまったく違う形でなにかを始めるといってもきっと驚かないし、私がそれを追いかけてみたいと思うかどうかもわからない。
とにかく、ここまでAgapeの音楽に魅せられて、大切な瞬間を見逃さずにいられたこと、それだけが私にとっての真実で、喪うことのない記憶になる。
音楽の素晴らしいところは、たとえそれを産み出したひとがいなくなっても、曲はずっと歌い継がれて残ることだと思う。
Agapeというバンドがなくなったとしても、大好きな曲は変わらずにたくさんあって、これからもきっと私はそれらをずっと唄い続けるし、同じように心の中にそれを持ち続けているひとはたくさんいるのだろう。
私は、おわりはじまりおわり、がやっぱり好きだ。
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