5番テーブル、ご家族4名様 ~門脇優人の事情~
「いやー、暑かった!俺とりあえずビールね。あと、このやわらかポークリブのオーブン焼きってやつにしようかな。」
「ママ、ドリンクバー頼んでいいよね!」
「あっ、ぼくもー!!」
「ママは白ワイン頼んじゃおっかなー。」
今日は地元のお祭りで、いつもなら昼まで寝ているパパが珍しく「おう、なんか賑やかだな。ちょっと見に行くかー。」って起きてきたので、みんなで出かけることになった。
うちの近所のお祭りは、たまにテレビで見かける芸人さんや、地元出身の人気バンドが出てたりするので、結構遠いところからも見に来る人が多いらしい。昨日隣のクラスの原田が、「今年の夏祭りにうちのいとこの兄ちゃんが出るんだぜ!」ってわざわざ自慢しにきていたけど、ステージの後ろの方から見ただけじゃ、どのバンドなのか結局全然わからなかった。
いつもは中学の野球部が練習している区民広場のグラウンドに、今日はたこ焼きや焼きそば、フランクフルトにタピオカミルクティーなどの出店がたくさん並んでいる。僕たちはお店を回りながら、片っぱしから「あれ食いたい!」「あれ買ってもいい?」と、パパとママに代わる代わるお願いしてみた。
今日のママはなんだか機嫌が良い。いつもなら「さっきもおんなじようなの食べたでしょ!」って怒られるところなのに。
パパが一緒に来てくれたからかなぁ。それか、和人がくじ引きで2等のアロマポットを当てたから?
なんにしても、僕たちは射的も宝探しゲームもスーパーボールくじも光るヨーヨーつりも、やりたいものはほとんど制覇できたのでラッキーだった。
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「優人、お前は何にするんだ?」
パパに聞かれて僕は迷わず「たらこスパゲッティ!」と答えた。サイゼに来たら頼むものは、たらこスパゲッティと決まっている。
ママだったらいちいち僕たちに注文を聞いたりしない。僕はたらこスパゲッティ、和人はたっぷりコーンのピザ。それにドリンクバー。まあ、ドリンクバーはママのおゆるしが出たら、なんだけど。今日みたいな日はたぶん大丈夫だろう。
「それで、夏休みの旅行はどうするの?」
ママがパパに話しかける声を遠くで聞きながら、僕たちはキッズメニューのまちがい探しに夢中になっていた。料理がくるのを待っている間に、だいたい5~6個くらいはすぐ見つかる。
「おっ、ここ!旗の棒がちょっとこっちのが短い!」
「お兄ちゃん、それさっき僕が言ったやつだよ!」
サイゼのまちがい探しは、のこり2つくらいから急に難しくなる。さっきから右、左と、はしからはしまでずっと見てるのに、全然見つからない。
「おい、お前ら、料理来てるぞ!早くメシ食え!」
あれ?なんかパパちょっと機嫌悪い?
僕らがまちがい探しをしている間に、なにかあったのかな?
そっとママの方を見ると、だまって運ばれてきたシーフードパエリアを食べ始めた。いつもなら僕の好きなエビをフォークにさして見せびらかしながら、「ほら優人ー、エビひとつあげよっか?」ってニヤニヤするはずなのに。
大きな貝がらを目の前のお皿にポイッと置く手つきがなんとなく、いつもより乱暴な感じに見えた。
やっぱり2人ともなんか、変だ。
「ねーねー、夏休みおじいちゃんちに行くの?海でおよげる?」
和人が急に大きい声で聞いた。
「口にいっぱい入ったままおしゃべりしないの!お行儀が悪いわよ。ちゃんと噛んで、飲みこんでからお話しなさい!」
ママはやっぱり怒っている。
もしかしたら、おじいちゃんちには行けないのかな。
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この前のお正月、おじいちゃんちから帰る時のママはなんだかこわい顔をしていた。僕たちが帰るとき、いつもは庭まで出て手を振ってくれるのに、おばあちゃんはなぜか出てこなかった。
あとでパパに聞いたら、「ばあちゃんはお前たちとみんなでここで一緒に暮らしたいんだってさ。でも、そしたらママは仕事があるから困るだろ?ママのお客さんはみんなあっちにいるからなぁ。」って言ってた。
僕はじいちゃんちの目の前のきれいな海が好きだ。
ゴーグルをつけてもぐれば、沖の方までずっと見渡せて、たくさんの魚が泳いでいる。毎年通っているから最初は泳げなかった僕も、魚をモリでついてつかまえたり、深いところまでもぐって海藻を取ってきたりできるようになった。
漁師のトシおじさんは、僕のことを弟子にしてもいいって言ってくれてる。
もしじいちゃんちに住むことになったら、夏休みは毎日海に泳ぎに行ける。じいちゃんと魚釣りに行ったり、トシおじさんちのトオルやマコトたちと一緒に船に乗せてもらって、みんなでおじさんの手伝いをしたり、考えただけでもワクワクする。
でも、ママはきっとじいちゃんちよりも、ここがいいんだろうなぁ。ママは日焼けするのが嫌いだし、髪がベタベタになるって言って、海で泳ぐのもきらいだ。
ママのお客さんはみんなうちの近くに住んでいて、商店街を通ると必ず誰かに会って長話がはじまる。たいくつだから僕はなるべくおばさんたちに会いたくないけど、もし僕たちが引っ越ししてしまったら、みんなママのサロンにもう来れなくなってしまうもんな。
田舎で何にもなくて、ママの大嫌いな虫がいっぱい入ってくるじいちゃんちよりも、お気に入りのネイル屋さんやカフェが入ってる駅前のビルにすぐ行ける、今のマンションの方がママはいいに決まってる。
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「ねーねー、ママはデザート食べないの?」
和人のやつ、さっきかき氷食ってたくせに、ちゃっかりデザートにミルクジェラート頼んでるし。
僕はドリンクバーにおかわりを入れに行くことにした。
そうだ、ママに特製ジュースを作ってあげよう。
こないだ僕が作った山ぶどうとオレンジジュースを混ぜたやつを味見して「あら意外とおいしいわね、これ」って言ってたよな。ママは甘すぎるのは好きじゃないから、ちょっと炭酸水も入れてみよう。
ママの分のオレンジぶどうソーダをいったん横に置いて、僕の分のコップを持ってトニック以外のボタンをはしから全部、押していく。これまでいろいろ試してみたけど、全種類ちょっとずつ混ぜたのが一番おいしいと思う。トニックだけは何と混ぜてもなんか苦くなっておいしくないから、僕は入れないようにしてる。
ママはいつも顔をしかめて「やめなさいよ、それー!」って言うけど、なんでもはしから全部混ぜていったら、最後には甘くて何味かわからなくなるけど、なんか安心できる味になる気がするんだ。
コップを両手に持って席に戻ったら、いきなり「なにやってんの!アンタは!そうやっていっつも食べ物で遊ばないの!!」ってママに怒られた。
せっかくママに作ってあげたやつなのに。
どうやらパパとママのケンカは本格的にヒートアップしてきたらしい。
「もう帰るわよ!さっさと来なさい!!」
伝票を持ってママはレジに行ってしまった。上着を持ってパパも店を出て行く。
僕はあわてて全部混ぜジュースをひとくちだけ、飲んだ。
「おい、和人行くぞ!」
とけかけたジェラートを急いで飲みこんで、和人も僕のあとを追いかけてきた。
大人はいつも勝手なんだ。
食べ物は残しちゃダメだって言うくせに。こういう時はぜんぜん待ってくれないし。
僕のジュース、ママに飲んでもらいたかったのに。
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外に出たら広場の方から大きな音が聞こえた。
「あっ、花火だー!ほら、お兄ちゃん、花火があがってるよ!!」
和人の声に空を見上げると、ビルとビルのあいだにちょっとだけ花火が見えた。
じいちゃんちの近くの花火大会、みんなで見に行けるかな。
河原にでっかいゴザをしいて、枝豆とか、ゆでたとうもろこしとか、ばあちゃんがギッシリつめたお弁当箱を持って、パパはビール、僕たちはカルピスを飲みながら、暗くなるのを待つんだ。
ドーン!って音が鳴ったら、目の前にいきなり花火が連発で上がる。じいちゃんちのへんには高いビルがないから、でっかい花火がまるごと全部、キラキラ落ちていく最後の最後まで、ちゃんと見えるんだ。
ママも、いつも「ここの花火は本当にきれいねー!」って感激してる。
どうか、今年も花火大会に行けますように。
流れ星じゃないけど、ビルの向こうにちらっと見える花火のかけらに、僕はそっと祈ってみた。
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本日のBGM
『Go my way』 矢井田瞳
★あとがき★
ほぼ満席に近いサイゼリヤの店内で、隣のテーブルを見て娘がささやいた。
「ママ、見てあの家族。もったいない!あんなにジュースいっぱい持ってきて、残してるよ。残しちゃいけないのにねー。」
「ほんとだね。ちゃんと飲んでから帰らないとね。」
答えながらも私の中で「あの人たちにもなにか事情があったのかもしれない」と、もうひとりの私がささやいた。
家に帰ってnoteを開いたら、私の書いた拙い投稿にあたたかいコメントがいくつも寄せられていた。それを読んでいたら、私の中であの時のテーブルのいくつもの会話がふとよみがえってきて、そうだ、これをひとつずつお話にしてみたらどうだろう、とひらめいた。
そして、優人とこの家族が、生まれた。
これから少しずつ、私がこれまでに出逢ったいろんなテーブルのお話を書いていきたいと思う。ファミレスやレストラン、カフェにはテーブルの数だけ、それぞれの事情がある。そんなそれぞれの事情や感情やできごとをさらっと受け止めながら、だまって飲食店は今日も営業している。当たり前に。
そう、自分で考えていたよりもっと、サイゼという場所は私の人生の中で結構大きな存在だったみたいだ。メニューから、出逢った人から、聞こえた言葉から、たくさんのインスピレーションを受けて、これからも小さなお話を綴っていけたらいいなと思う。