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おもしろい人と、おもしろくない人について勝手に考察してみた。
世の中にはおもしろい人とおもしろくない人がいるなと感じることがある。
人生経験や恋愛経験豊富な人はやはり話を聞いていておもしろいなと感じる。
一方で、お嬢、お坊ちゃん育ちはなかなかつまらなかったりする。
拗らせている人も多く知っているが、拗らせ方をもっとおもしろく話せばいいのに悲観してしまっておもしろくならない。勿体なさすぎる。
特に私の周りで女子校出身者でおもしろい人には未だかつてまだ出会えてない。
性格の悪い女はたくさんみてきてるけどね。でもこれは今回とは別の話になるのでまた別の機会で。
話は戻って、おもしろい人ってセンスや才能はもちろんあるが、一定の仕組みみたいなものがあるんじゃないかととも思ったりもする。
全く答えが出ないのだが、とりあえず、私がおもしろいと思う人とおもしろくないと思う人、勝手に書き出してみた。
おもしろいと思う人
話がわかりやすい。
聞き手が何を話せばおもしろいと感じるか一定理解ができている状態。
話し手の話が、聞き手の頭の中で描写ができる。イメージがつきやすい。
笑えるワードチョイスができる人。
元々人に何かを伝えるという部分においてセンスや才能がある。
間の取り方が絶妙。
物事を様々な角度から捉えている。
おもしろくないと思う人
話がわかりにくい
話し手の話が、聞き手の頭の中で描写ができる。イメージがつきづらい。
自分の自慢が多い。
肩書きにこだわる話し方。
聞き手、読み手を軽視。
難しいワードを多く出す。(例えばカタカナが多いなど)
話を聞いて聞き手読み手が頭の中で描写できない
自分しか話せないことが何かを理解できていない。
今、パッと思い浮かぶのはこんなところかな。
読み手、聞き手をいかに意識できるか。
例え素人だとしても読み手、聞き手をいかに意識できるかが重要なんじゃないかと思う。
私がおもしろいと思ったことが他者がおもしろいと感じるとは限らない。
だからこそ、物事を様々な角度から俯瞰してみて、感じたことを表現する必要があるのかもしれない。
読み手に関して
私はnoteの再開にあたり、いろんな文章を今研究中だ。読みやすいものもあれば、驚くほど文字だけ詰め詰めで書いていて、パッとみてわかりずらいが、根気よく読むとおもしろい、でも文章の出し方がおしかったりする文章も見かけた。
また、書き慣れている人、書き慣れていない人、読むだけで一瞬で分かってしまったりもする。私も書き慣れていない人として読まれるんだろうなと思うがそこはあまり気にしないで書いていこうと思う。
聞き手に関して
音声配信やpodcastの場合は、文章とは異なる点もあると思っていて、
おもしろい人に加えて、声が通る人通らない人、ハキハキ話す人ボソボソ話す人、マイクや音質の良し悪しで聴き続けられる続けられないがある気がする。
せっかくおもしろい話をしていても、音質がとても悪かったりすると途端と停止ボタンを押してしまう。
聞き手を意識していたらこういった惜しいことにならない。
でも、話すペースはあんまり関係ない気がする。ゆっくり話す人は聞き手が倍速にするのみで聞くことができるからだ。
物事を様々な角度から見たり聞いたりする癖をつけるといいのかも。
おもしろい人になれるかわからないが、柔軟な心を持つことがもしかしたらおもしろい人になれる近道なのかもしれない。
柔軟であればいろんな意見があってもそれを否定することなく、価値観の違いだと冷静に判断することもできるし、物事を様々な角度から見たり聞いたりしやすいからだ。
おもしろい人になれなくても、おもしろくない人って言われないように今後も色々考えたり表現したりしていけるといいな。
以前stand.fmでも話したので一応載せておきます。