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文章が書けない悩み

私は必要に迫られないと文章が書けない。

こういったnoteやブログを続けてみたい憧れはあるものの、結局昨年、重い腰を上げて挑戦してみたものの、結局2記事しか出せなかった。

日記も手帳も続かない。リモートワークになってからとにかく手書きをしなくなった。毎日日記や手帳を書く人に憧れるものの、私の周りで毎日書き物をしているにも関わらず、精神が安定していない人が増えてきたこともあり、徐々に書くことへの憧れが薄れてきたのも事実だ。

ただ、私の場合、業務では書くことが多めだ。
リモートワークという仕事の仕方は、とにかくテキストメッセージが多い。コミュニケーションの8割は文章や写真で相手に説明をすることがあるためだ。もちろんオンライン通話を使って会話をすることもある。
リモートワークを始めた5年前までは、テキストメッセージを使ったコミュニケーションはうまくできていなかったと思う。
ただ、業務効率を上げる、契約率を上げるためには絶対的に文章力が問われるようになり、書く機会が圧倒的に増えた。

この延長で、noteなどもサクサクっと更新できるだろうと安易に考えていたが、いざ、真っ白のフォーマットに自分の思っていることを書こうとすると書けない。書けない。

そう、恐らく私は文章を上手く書こう、と考えすぎている可能性があることに気づいたのだ。

理由は業務で文章を書きすぎている可能性がある。
業務では外部に出す文章もあるため、ミスが許されない。許されないは言い過ぎかもしれないが、数字入力に関しては、間違えは絶対に許されない。
もし提示した価格が間違えて本来の価格より安くなっていると、訂正できないからだ。
資料においても完璧を求めている自分がいる。
表や図は一ミリも曲がっていることが自分で自分が許せなくなるので、提出する前にはかなり念入りにチェックする。
他者の資料を最終チェックする時もあるが、かなり修正を入れてしまうのも完璧を求めているからだ。

文章に関してそうだ。
誰が読んでも分かりやすく、見やすいように心がけて書くことを最優先にしている。だからこそ句読点までも細かく気にしてしまう。

こういった間違えられないようなことを仕事で文章や資料を日頃から作ってきてしまっているからこそ、
自由に文字で自分の考えを表現しようとすると、途端と書けなくなるのだろう。
間違えてもいいじゃないか、商品じゃないんだから。って自分で自分に対して伝えているが、
結局私は完璧を目指してしまっているから文章が自由に書けないのだ。
そんな自分がなんとなく悔しいので、少しずつ書くことを進めてみようと思う。